ポ  サ  研

─ Post-Truth Sound Lab, Vaporwave / Désir Duplication Répétition ─

Empressインターナショナル: シングルコレクション (2020) - 往きもせぬ夏 還れもせず

《Empressインターナショナル》──国際的な女帝。この方は、米ミシガン州フリントに在住と称している、ヴェイパーウェイヴのアーティストです()。

その音楽スタイルは、大まかには《スラッシュウェイヴ》と言えるものです()。
しかしけっこう特異な点があるので、そのあたりを見てまいりましょう!

さて。このエンプレさんのBandcampページを見てみると、この方の2017年から現在までのリリース品らは、次の3つとなるでしょう。

2017:アイランドホッピング/シングル, 1曲・約9分
2020:シングルコレクション/アルバム, 17曲・約81分
2020:My Pleasure Centre III: 宮殿脱出/アルバム, 6曲・約43分

……と、すれば。〈シングル〉が1コしか出ていないようなのに、いきなり次に、『シングルコレクション』というアルバムが出ています。
かつまた。『マイ・プレジャー・センター』の、“III”とは言いますけれど、しかしそのシリーズのIとIIが、どこか別の場所にあるのかどうかは分かっていません。

つまり、こういう愉しい人なのだと理解した上で……。
で、この『シングルコレクション』がまた、実に愉しいアルバムなんですよね!

このアルバムの冒頭曲が、まさに〈シングル〉としてリリースされた“アイランドホッピング!”です。ゆえに、商品名に偽りはございません。
で、そこから続く16のトラックらの曲調が、かなりバラエティ豊かだと感じられます。常に快くぼんやりしたサウンドとゆったりしたテンポ──、《方法》の部分とゆるいラウンジ臭への志向は一貫しているのですが、しかし素材が違うので、それぞれフィールが変わっています。

どういった素材らが、ここで使われているかといえば。Jポップ、古そうなソフトロックやR&B、ボサノバ、1980sポップ、ハワイアン、スムースジャズ、ニッポンのテレビのCM……。
それで少しずつ、ふんいきが違ってしまっていることもまた、実に〈シングルコレクション〉めいておりナイスなのでは? ゆえに、商品名に偽りはございません。

そして、このエンプレさんの特有のスラッシュウェイヴの作法とは?

まず、スラッシュの元祖である《t e l e p a t h テレパシー能力者》さん()。……彼は、けっこうヘビーで密室的で、快感の強迫と思いつめたペシミズムが同時進行するようなもの──として、それを創造なされたと、考えています。
それから続いて、いろいろな人がスラッシュを発展させましたが。私に対してとくに印象的だったのは、天上的な明るさを演出して見せかけの至福感に酔わせてくれる、《MindSpring Memories》さんのそれでした()。

そしていま検討している、このエンプレさんによるスラッシュは……。
何かすごく、〈軽薄〉で軽率めいたフィーリング! 深みなんかが、ぜんぜんなさそう、という印象なのです。もちろんこれは賞賛です!

つまりはさきに述べた、〈ゆるいラウンジ臭への志向〉ということ。
思えばヴェイパーウェイヴにおけるラウンジ感覚は、主として《モールソフト》へと注入されるのが、通常でした()。
そしてラウンジムードを前面に出したスラッシュというのが、いままでに絶無ではなかったでしょうけれど。しかしエンプレさんは、そこへと強く注力しているようなのです。

そして今アルバムの冒頭曲である“アイランドホッピング!”……これがまさに、エンプレさん式スラッシュの樹立宣言みたいなトラックです。
その素材は、∴髙チ里「戻れないꙄυmmԑr」(1988)みたいなJポップです。戻れもしないが、しかし往くこともできない、そのどっちつかずの感傷が、《夏》の喚び起こすエロティックなムードを匂わせながら、そして薄っぺらに軽くしつように反復され続けます。

そして私に対するこのアルバムの絶頂は、13曲めのハワイアン・スラッシュです。何だかへんなリバーブによって甘ったるくボカされた、ヴィブラフォンスチールギター。そして、トレモロの効きすぎた電気オルガン。
そのしつような反復の演出する、快い蒸し暑さです。残響音そのものの重なりは〈濃い〉のですが、しかし実に、表層的でしかない濃さ。

しかも。このハワイアンのスラッシュ曲、そのタイトルが、“Boardwalk Bender (彼は死んだ。)”、というのでニホン語の部分が意味不明です。死んで誰かが、ハワイアン・パラダイスへでも行ってしまったのでしょうか!?

──そして。このように昨2020年、ある種のスラッシュに新機軸を打ち出したエンプレさん。それから、今年の動きはどうなのかというと。

SoundCloudの方面に、彼の最新トラックがポストされています。その「沿海風」は、約5分、軽やかなハープのグリッサンドから始まる中華風スラッシュです。
そして言うまでもなく、〈ゆるいラウンジ臭への志向〉がまる出しです。
というか、バンド名の中にある〈インターナショナル〉という語は、つまりこういうエキゾチシズムの言い換えなのでしょうか。いいですね!

そして、エンプレさんと私たちの心にはいつまでも、逸楽の色に染まった追憶の──ねつ造された──1980年代の《女帝》たちが、ぼんやりと光芒を輝かせながら君臨しつづけるのでしょう。それを悦ばしく思います!

[шrαρ-υρ in ԑngłiꙅℏ]
Empressインターナショナル (Empress International) is a Vaporwave artist who purports to live in Flint, Michigan, USA.
His musical style can be broadly described as Slushwave. However, it is unique.

Slushwave, originated by t e l e p a t h テレパシー能力者, is considered to be a rather heavy music that is a combination of hedonistic compulsion and pessimism.
However, Slush music by Empress インターナショナル is very light. There is almost no sense of depth, and it seems to have a loungy looseness with comforts.

Empress's first album in 2020, 『シングルコレクション』 (Single Collection), is a good example of this characteristic.
Each song has a slightly different mood because of the diversity of the materials ... such as J-Pop, nostalgic soft rock and R&B, bossanova, 1980's pop, hawaiian, smooth jazz, TV-CM of nippon and so on.
But the pleasant vague hazy sound and methods are the same, and the Lounge-oriented lightness is consistent.

And the climax of this album for me is the 13th track, Hawaiian-Slush. The vibraphone and steel guitar are sweetly blurred by some weird reverb. And an electric organ with too much tremolo.
The persistent repetition creates a pleasantly sultry heat. The layers of reverberations themselves are “thick” and deep, but they are really only superficially thick.

And in this 2021, Empress's latest track is 「沿海風」 (Coastal Wind), posted on SoundCloud. It's a Chinese-style Slush with an exotic, loungy vibe, yet it's still very superficial, and it's exactly what we were hoping for!