ポ  サ  研

─ Post-Truth Sound Lab, Vaporwave / Désir Duplication Répétition ─

谷川ニコ等『私がモテ(…)お前らが悪い! ミステリー小説アンソロジー』 - なぞから/またナゾ

私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!〜ミステリー小説アンソロジー』(2021)、これを拝読しました。
今21世紀の初頭を飾っている傑作マンガ、私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!──通称『わたモテ』の、公式の二次創作めいた短編小説集です。

本書に収録されているものは、小説五編とイラスト六点(カバー画含む)。本の厚みは、約308ページ。

ということで以下、各小説&《あとがき》の、かんたんな感想文です。
そしてこれらもいちおうミステリーですから、いわゆる〈ネタバレ〉はきょくりょく、さけるつもりです。

では、はりきってどうぞ!

1. 谷川ニコ「朝の目撃者/昼休みの探偵」

そもそもどこの誰さまが、《ミステリー》というお題を出したのでしょう……? ということを考えさせる、原作者ご自身がずいぶん苦しんでひねり出した風の、そのような小説です。
タイトルから察せられるように、二本立てですけれど。その後半のお話が、とくにひどくって!
〈ドスケベ偵クロキ〉を名のるあのヒロインが、〈日常に潜むエロを推理〉などと称し、《田村ゆり》さんを助手として、《根本陽菜》さんのはいているパンツ──その色柄などを推理……。いや推理でもなく強引に、尋問するだけのお話なのですが。
──ミステリー、とは?

ですけれど──。
ですけれど、この本のすべてを読了したあとでは、思うんですよね。このくらいのどうでもよさ&たわいなさが、むしろ『わたモテ』らしくていいのではあるまいか、と。

2. 市川憂人「絵文字 vs. 絵文字Mk-II」

夏休み中の学園にて、白昼の怪事件が勃発……!
まずは、学園祭映画のロケハンを意図してプールに潜入していた黒木智子さん──われらの《もこっち》の制服が、更衣室からいずこかへ消失してしまいます。
そのいっぽう、ストイックなマンガ家志望少年として私に好評の《初芝くん》が、校舎裏の花壇ふきんで、失神状態で発見されます。

そしてこれらの事件の解明に挑むのが(主に)、作中で《絵文字》と呼ばれる少女らふたり、一号&二号です。
なぜかといって初芝くんが、気を失う寸前にダイイングメッセージかのように、〈エモジ……〉とつぶやいた、という情報があるからです。それで彼女らが被疑者なので、その嫌疑を晴らさねばっ!

で、ちょっと言わせていただくと。初芝くんをおそった(らしき)犯人の消失のなぞ、そもそもふたつの事件の関連性──そのあたりは実に、ふに落ちました。
ただいっぽう、死んでいませんがダイイングメッセージのほうの、なぞ要素。そちらの真相解明が、少々強引かなあ……的な?

3. 岡崎琢磨「踵〔かかと〕の下の空白」

もこっちの親友で現在は異なる高校に通う、《成瀬優》さん。彼女の語りによる、そちらの学園の物語です。
かつての優さんやもこっちらとやや似た感じで、クラスメイトらの中に溶けこめていない女の子。その彼女が孤立気味になっている原因である過去の事件の真相を、優さんが解きあかそうとします。

私の感じだと、この作品が、もっとも《小説》としてしっかりしています。よく書けているのかな、と思います。
ですがけっこう重ためなお話で、あまりパーッとした読後感にはなりません。

4. 坂上秋成「モテないし合コンに行く」

陽菜さんの誘いでもこっち一同が、花の東京の青山くんだりまで出かけ、人生初の合コンに参戦です!
そのすべり出しは──すごく意外にも──上々だったのですが。なぜかその場で奇妙なトラブルらが多発、惜しくもこの会はどういう成果もなく、早々にお開きに……っ!

さてこのお話、前半のギャグ的パートのいきおいが最高なんですよね。イェイッ
さいきん本編には描かれないような、プリティもこっちの燃えさかる性欲の大暴走が、実に小気味よい! 淫にして乱!! ウワオゥ!

……ただし。後半で明らかとなる、事件の真相と〈犯人は誰〉というところが、まったくふに落ちません。
トリックがおかしいみたいなことがあってもあまり気にしないんですが、これは心理的におかしいというのか、キャラクター的に不自然というのか……。

……ただし。もしもこの合コンが成功しすぎ、まんいち性交にまでもこっちがおよんだりしたら、原作マンガとの整合性が失われてしまいます。
そういうことを避けようという、《見えざる神の手》みたいなものが作用しましたか?

5. 円居挽「モテないし一人になる」

わたモテの主舞台のひとつである、千葉県の《幕張》──。そのあたりのネットカフェを舞台に、ニコ先生の諸作品の登場人物たちが、チン妙なる事件に巻き込まれます。

その中から、ここまでに名が出ていない人物らを列挙しておくと。
まずわたモテから、仮称《サボリーマン》とファンらから呼ばれている人物と、あとひとり。その誰かの回想内で呼び出されている人々は、もっとたくさんです。
また『クズとメガネと文学少女(偽)』からは、そのヒロインの《織川衣栞》(おーり)さん。
そして海浜秀学院のシロイハル』からは、《棗くん&叶くん》。
さらに『ライト姉妹』から、その姉妹の姉のほうである《水樹希美》さん。

という、盛りだくさんな力作なのですが──チラッと言いますが叙述のトリックなども盛り込んで──しかしこれがいいのか悪いのか、実は私には分かりません。
フラットに読んでいれば事件の真相は、すでに序盤でおのずと分かる気がするのです。ゆえに、そのあとが無用に長いようにも思えるんですよね。

とはいえその中で、シロイハルからの少年たちふたりがあまりにも変態なので、彼らのおしゃべりパートは面白い、というか……。こいつらマジでやべーな、という印象の強さは、実にあります。

それと、あとひとつ。語り手である誰かが、よその高校の男子の風貌を、《奈良重雄》そのものだ、と形容するくだりがあるのですが……(p.229)。
いや。まさかとも思ったんですが、 これがおそらく木多康昭先生ェの『幕張』に出ている、ド変態の奈良くんのことなんですよね!
……ああ、それはまあ、その《幕張》のご当地のお話ではありますけど。しかし木多『幕張』って1990年代のマンガなので──とくに名作でもないし──、いまの高校生たちは知らないでしょう!

6. 《あとがき》 by 谷川ニコ

これがまた、実にひどくも赤裸々な〈ぶっちゃけ〉を敢行しているテクストとして、すでに有名です。一部では。
まずは、〈小説自体をぜんぜん書きたくないのに、ましてやミステリーなんて無理すぎ!〉……というボヤキ。
続いては、『シロイハル』打ち切り事件の真相告白。担当編集の人がニコ先生の特有のテイストをまったく受けいれてくれなかったそうで、ゆえにそれこれの、〈受ける仕事〉はすべきでないな──と、痛感なさったとか。
そして小説のペンがぜんぜん進まないのでニコ先生ェは、〈逃避行動〉としてアダルトゲームらのプレイをがんばり、執筆中であるべき時間を消費して三本をもクリア。かつ、そのご愛用の〈エロゲー〉たちを特徴づける、〈淫魔/寝取られ/制服/孕ませ/爆乳〉……といったキーワードらを、むだにはっきりと記述されています。とは、どういった露悪でしょう。

いやはや……。仮にこのわたモテ小説アンソロジーにまたの続編があったとしても、ニコ先生ご本人は、イラストのみの参加になってしまうのでしょうか?

ではさいごにそのイラストのことを言うと、カバーにあわせて各編に一点ずつ、これらは美しい。ファンなら見ておきたいですね。

……とまあ。これはこういうものとして受けとりますが。われらのニコ先生におかれては、本編『わたモテ』のほうを掲載延期とかないように──先日の2022年6月末にも延期があったばかりで──すみませんが、ぜひつとめていただきたいです!

《rabbithole》 YouTube ch. - 理髪店ビートの栄光、またそこに落ちる陰影

《rabbithole》、ウサギさんの穴──それは、ヴェイパーウェイヴのストリーム専門のYouTubeチャンネルです。
これを運営なさっているのは、トルコに在住される方であるもよう()。そしてそのチャンネルが、現在シーンの注目の存在である、と言えそうなのです。

このウサギの穴の掘削……ラビットホール・チャンネルの創設から現在まで、ほんのわずか2〜3ヶ月の間に、そこへきわめて大量の動画が投稿されています。およそ、200本以上でしょう。短いものは少なくて、ほとんどがアルバム単位の丸揚げです。

しかも、そのセレクションに強めの特色があります。
動画らのたぶん七割くらいまでが、《バーバー・ビーツ/Barber Beats》──私たちの言う理髪店ビート、床屋系ヴェイパー作品なのです()。

ちなみにこのラビットさんからの動画で、現在までの最大のヒットは、われらがアイドル──かつヒーローにしてヴィラン《OSCOB》さんによる初の床屋系アルバム傑作、“praise the sun god”です()。
これがアップロードから約3週間で、視聴回数が7万オーバーへ! かのOSCOBさん本人も、これにはすなおに、ごマン悦であられるもよう……〈グェッヘヘッヘヘヘッ、ありがとよっ〉とばかりに。

あ、話を戻し、しかもです。
私なんかも床屋系は大好物で、わりと熱心に漁ったり掘ったり、している気がしますのですが……。
だがしかし、ラビットさんの発掘力にはきわめて舌をまき、大悦びで脱帽します!
〈いまだ現在マイナーであるこれたちを、よくまあ見つけてくるものだ!〉と、日々感服させられているのです。

たとえばの一例ですが、ペルーの人によるらしいバンド、Memoria Oculta》……()。
この床屋バンドは、今2022年の春から、あれこれとリリースを始めたばかりのようです。活動歴は、まだほんの3ヶ月弱か、と見られそう。
そうであれば、いまだ名が通っていない──まさに隠された、“オカルト”な存在であったとしても、ふしぎはありません。いやようするに、私が存じませんでした。

しかしそのレベルのものを、やすやすと掘りだして広く世にご紹介されている、ラビットさんがおられる……というわけです。

しかもです。各動画の作りも実にしっかりしていて、迷うようなところが何もありません。
きわめて大したチャンネルです! ぜひためらいなくサブし、とても愉しんでください。

──そして。

こうしてラビット穴の動画たちを次から次へ視聴したりしていると、いつしか私は、恐ろしみを少し感じてしまうんですよね。逆に。
つまり。この《穴》の中にあるものたちが《音楽》そのものであり、他には何も要らないかのような気がしてくる……そういう怖さです。

いや。もしそこに床屋しかないとしたら、少しは気分を変えたくなることも、ありそうなのですが。
けどしかし、残りの三割の他種ヴェイパーたちもまた、深く共感できるセレクションであってみれば?
たぶんラビさんと私とは、この分野での嗜好や趣味などが、近親的すぎるのかも知れませんね! イェイッ

さてここまでは、すごくいいニュースです。
そして残念ながら以下、理髪店のつながりで、ひとつ哀しいニュースをもお伝えせねばなりません。

少しでも床屋ビートに興味をお持ちである方々は、必ずや、ご存じでしょう。アーティスト《Macroblank》さんの名を、そしてそのすぐれたサウンドを()。
たびたびお伝えしていますように、バーバー・ビーツというサブジャンル名は当初、このマクロブランクさんの作品らを呼ぶために、生みだされたものです。

Macroblank: dungeon of lust (2022) - YouTube
Macroblank: dungeon of lust (2022) - YouTube
このアルバムからも1曲が削除された…

まず床屋系のスタイルの、ほぼ“すべて”──それは、かの偉大な《haircuts for men》さんによって、独自に開発されました()。2014〜18年くらいの間に。
そしてそのスタイルをマクロさんが、ただ単に踏襲したのではなく、さらに洗練させていったこと。それが、この理髪店ビートをいっこのジャンルにまで成長させました。

私なんかもそのデビュー当時から、大好きで注目していましたけれど。
しかもこの1年ほどの間に、マクロさんの評判がヴェイパーかいわいの垣根を越え、大きく拡がりつつある手ごたえあり! そこにまた、小さくはない悦びと驚きを感じています。

じっさい、ヴェイパーの姉妹&兄弟らの温かくやさしみあふれるシーンから、その外側にまで名をはせるようなアーティストらが、近年は少なくなっています。マクロブランクさんは、この3年ほどの間では、その数少ないひとりでしょう。
そしてそれが、“理髪店ビートという新ジャンルの旗手として”、です。これにより、新たな《美学》の開発という一大タスクが、どれほど重要で必須であることか──という定理がまた強く知れます。わかりみの深さ!

と、ああ、そこまでは実によかったのですが……。そのようにして、大きな栄光に近づきつつあるマクロさんから、昨日の未明(日本時間・2022年6月18日3時)、悲報がもたらされました()。

私のアルバムの3作と、あわせていくつかのトラックたちが、〔著作権関係のクレームを受けた結果、Bandcampにおいて、〕テイクダウンされました。
残念ですがおそらくこれらは、二度と陽の目を見ないでしょう。デジタルでも、フィジカルでも。

ああ、いや……。先日のサンプリング関係の記事でも述べましたが、こういうことはヴェイパーウェイヴで、常にありうると思っているのですよね()。

とくに私たちのバーバー・ビーツは、〈素材らにあまり大きく手を加えはしない〉ということが、その一大特徴です。それはもう、ヘアカッツさんがその原型を作成なされたときからの、伝統として。
であるにも、かかわらず──ちょっとスローダウンして音質をボヤかしているだけなのに──素材らよりも、ずっとすばらしい響きを実現! そのことを大きな誇りとしながら、私どもは愉しんでいます。

かくて。始祖ヘアカッツさん以来、私たちはサウンドの盗みを堂々と誇り、かつまた、略奪者らに栄光の注がれることさえを求める!
とは、まったくこのクソ床屋どもの所業らがひどめですが。しかし音がいいですから、その“すべて”が、赦され賛美されなければなりません。

──ですけれど、そういうわけなので、素材がかんたんにバレやすく、そして文句を言われやすいのです。床屋系は。
もうずいぶん過去のことになりましたけれど、ご本尊のヘアカッツさん自身が、すでに一発きついのを喰らっておられますしね!(

Maykretch: 中世のメロディー (2022) - YouTube
Maykretch: 中世のメロディー (2022) - YouTube
こちらもペルーの新進の床屋さん
独自の哀愁フィーリングを提示!

そういえば。これは、確かもう半年くらい前のことですが──。

Redditのヴェイパー板に、〈バーバー・ビーツはパクってるだけにもほどがある!〉、といった趣旨のスレッドが立って、少しくらい話題になりました。
つまんなそうと思ったので私は見ていませんが、論戦がやや、盛りあがっていたようです。
いっぽうのこちらのサイドでは、〈うっせーなヴェイパーだからそーいうもんだろうが悪ィかよ!〉くらいの強固なる信念で、評決が満場一致していたかに思えたのですが……。

しかし実は、意外とそうでもないのかも知れません。
このヴェイパーウェイヴの世界の内側にさえも、理髪師らに対する懐疑的な見方は、存在しなくもない、ということです。いかにサンプリングはなされるべきか、そこらの意見がいろいろで。

とは、考えるようなところがありますが、さいごにまた少し朗報です。

テイクダウンされたもの&されていないもの、マクロブランクさんの作品らの“すべて”は、ご本人がホストする某サーバからダウンロードが可能です()。
かつその他にも、YouTubeやarchive.orgらに、そのサウンドがあるでしょう()。まあ別に商売じゃなくて《アート》ですから、それでいいと……。

……いや、いいのでしょうか……?


“rabbithole” YouTube ch. - The Glory of Barber Beats, and the Shadows that Fall There

[sum-up in ԑngłiꙅℏ]
A YouTube channel called 𝙧𝙖𝙗𝙗𝙞𝙩𝙝𝙤𝙡𝙚 should be on your radar ().
It is a channel dedicated to vaporwave streams, and in just three months since its creation, it has uploaded a large number of videos. Probably more than 200 of them. And there are few short videos; most of the content is full albums.

Moreover, the channel's selection has a significant feature. Among the Vaporwave variety, Barber Beats account for about 70% of the videos.

Incidentally, the biggest hit of the rabbithole's videos to date is "praise the sun god," the first Barber Beats album masterpiece by our Idol - Hero - The Baddest Villain, OSCOB.
Within 3 weeks of being uploaded, it was viewed over 70,000 times! OSCOB himself seems to be very pleased with this, "Hehehehe!".

...Back to the story. rabbit's selection of Barber Beats is not only tasteful, but also unearthed a number of things that I had never heard of before.
Take Memoria Oculta, a band apparently from Peru. The band itself has only been active for about three months, but I can see that it is very promising.
And rabbithole easily discovers such fresh, but still little-known acts, and introduces them to a wide audience. It's a wonderful thing!

I believe that all lovers of Barber Beats, as well as fans of Vaporwave at large, should subscribe to this channel without hesitation, and have a great time doing so.

However, following those good news, I have to tell you some sad news about Barber Beats...

Macroblank, as we all know, is the foremost authority on Barber Beats. He is now gaining a reputation beyond the Vaporwave scene, gaining recognition from a fairly broad section of the underground music scene, Yay!
However, Blank himself announced earlier today (June 18 in Japan) that some of his works have been taken down from Bandcamp due to copyright claims ().

One of the main characteristics of Barber Beats, is that we "don't make too many changes to the material". This has been the tradition since our haircuts for men, the Barber King.
And yet, in spite of that - even though we only have slowed it down a bit and blurred the sound quality - it sounds much better than the materials! We take great pride in this and enjoy it.

But because of this, the materials are easily exposed, and it is easy for people to complain about them... On Barber Beats.

Fortunately, all of Macroblank's works are available for download from a certain storage server ().
And besides, you can find the sounds on YouTube and archive.org (). Not in business, we are involved in Art, so it's okay...

...No, is that okay...!?

J-P・サルトル『汚れた手』(1948) - ピュアである気で、だが、ときとして…

『汚れた手』──“Les mains sales”──、長きにわたったジャン=ポール・サルトルさんの執筆歴からすれば、やや初期の作でもあるような戯曲。
とうとつのようではありますが、どこかの路上でさいきんふと、それのことを思いだしたんですよね。

この戯曲『汚れた手』は1948年に初演されたものだそうで、当時としてはきわめてヴィヴィッドな題材を扱っています。
すなわち。ヨーロッパの辺境国──私の印象ではユーゴスラビアがモデル──における対ナチスレジスタンス運動……そしてその内部からの分裂と破局、というようなことを、です。

ただし、サルトルさんはさすがに《文学者》でおられまして。ゆえに、自己の政治的な信念をなまにぶつけてくるとか、または単純に情勢を絵ときしてみせるとか、そういうことはなさっていないと感じられます。
彼がちょくせつに描いているのは、あくまでも《人物》たちの造形と、それぞれの間の葛藤、というドラマです。

それにしても、まあ。人類史が認めている傑作文学のひとつではありましょうが、なぜいま、ふと『汚れた手』を思いだすのでしょうか。
そのご説明は、いたしますのですが──。

物語のときは第二次世界大戦の末期、ナチス・ドイツの敗北は時間の問題かという時期です。ところは、ナチスに侵略されている東欧の某国。
そして。このお話のいっぽうの中心に、対独左派レジスタンスの指導者であるエドレル》がいます。また一方の中心である主人公ユゴーは、左翼急進主義にかぶれたハネ上がりのお坊っちゃまです。

そのお坊っちゃんが、急進派の幹部にそそのかされ、エドレルさんを暗殺する計画の実行役として、指導部のアジトに送り込まれます。表面上は雑用係の助手として、かつ、彼の妻であるジェシカさんをともなって。

で、なぜ急進派たちが、左派勢力の身内であるエドレルさんへの反感を、暗殺しようまでにこじらせたかというと?
それはこの指導者が、国内の右派勢力との妥協をはかっていてけしからぬので──とやらのことです。
……ということ、ですが?

さてどうにかうまく、山荘みたいな指導部の拠点に潜りこんだユゴーくん。するとほどなく彼とジェシカさんは、エドレルさんの人格に惹かれるものを、とても強く感じさせられてしまいます。
常に精力的であり、その判断はすばやく的確、しかも大いなる包容力ありげ。人間としてのスケールが、ユゴーくんらの見てきたそれとは、段違いであるようです。

ことによったら、ユーゴの偉大な指導者チトーさんが、このくらい大きな人だったのかな……と、読んでいた当時、私は思ったのですが。
あるいは。政治家ではない一種の軍人ですけれど、イタリア統一の英雄ガリバルディさんが、あるいはこのようだったか……と。

あ、で、まあ。
それで少し、彼らがうちとけてきたところでユゴーくんは、エドレルさんに、つい思わず問いかけてみます。
彼が暗殺者で“しかない”とした場合には、よけいな所業がきわまる問いかけだったのですが、しかし確か、このようなことを。

あんな右派の旧政府勢力とか、まして歴史の遺物みたいな王党派とか、どうせロクなことできやしねェし、共闘みたいのする必要なくないっスか?
あんなやからはナチ公もろともブッ叩きつぶして、わが党派だけでこの国に、ピュアな左翼政権を作ったらよくないっスか?

するとエドレルさんは、ほぼこういうことを答えなさいます。

うん、いずれはそのピュアな左翼政権みたいのを作っていきたいところだが、しかしわれわれには、〈時間がない〉
とは、なおも対ナチ戦争が完全には終わってなくて、戦火はいまだ絶えず、わが祖国の同胞たちの多くが、生命の危険にさらされ続けている。というか毎日、無視しようもない数の生命らが失われている。
……こんな状況が一瞬でも長く続いてしまうことに、私はがまんがならない!
ゆえに、いっこくも一秒でも早くこの戦争を終わらせ、同胞らの生命を守るためなら、あの右派のクソったれどもと妥協をすることも、いといはしない!
とはいえ、当面の連立新政権のヘゲモニーの部分は当方がガッチリ握らせてもらう予定だがなグェッヘヘッヘヘヘ。

あっ、いやまあ。グェッヘヘヘとまでは、言ってなかった気もしますが!

そして。そういうエドレルさんの真意と熱意を知ったユゴーくんは、〈そうなのかな…?〉と思いもし、また暗殺計画への加担を、考えなおしたりもします。

ところが……! このドラマは、私ごときにはとうてい考えもつかないところから、ひどい破局にいたってしまうのです。
ちょっとその部分──いわゆるネタバレ──を、ずばり記してしまおうという気がしないので。大むかしの私の読書日記から、ややその核心に近いところを引用します。

現実主義者でありヒューマニストでもある指導者が、せっかく主人公ユゴーの尊敬を勝ちとったのに、〈もう半年間も女に触れていない〉、とかいう理由で身を誤ってしまう。これが日本や中国のお話だったら説得力に少々欠けていたところで、フランス人らがいかにスケベであるか、ということがよく知れる。

いや少し補足しますれば、フランスの大文豪であるサルトルさんが、東欧のどこかのお話として、これをお書きになったわけですが……。
それにしてもフランス人である方々の多くが、あまりにもひどいドスケベで、なくはないでしょう。その前提がなければ今作に対し、〈これは変わったお話だあ!〉という印象になってしまうでしょう。

と、いうその大展開の部分からも、この戯曲『汚れた手』を、ただの政治的寓話として読むわけにはいかないのでは──というのが、私の感じ方です。
へたをするとこれが、政治の怖さもさることながら、むしろそれを上まわる性欲の恐ろしさを感じさせる、とは……っ!?

しかし、その部分を深掘りすると、何かへんな話になりそうなので。そこは割愛し。

──いまさっきご紹介したエドレルさんの熱弁が、どこかトーキョーの路上を歩いていた私の脳裡にふと、フラッシュしたんですよね。
正義や大義らを追求するのもいいが、まずは何よりも同胞たちの生命を守ること──それが、彼の思う《政治》の第一の使命である、と。
そのご主張に私は、ユゴーくんと同様に、けっこう共感しているのかな、と確認させられながら。

で、さてなのです。そのいっぽうの、現在である2022年6月……。

多少は場所がずれますが、『汚れた手』の舞台とやや近い東ヨーロッパの一隅で──まあウクライナですが──、なおも戦争が続いています。
そして、その交戦国らの指導者の両方さまが、分かりませんけど何か高潔な正義か大義かを追求しまくるべく、けっして退くわけにはまいりませぬと、もう完ぺきに覚悟完了を、なさっているかのようです。

が、それはいかがなものか──と、私は存じます。《政治》ではない何らかのへんてこなショーを、みょうに見せつけられている気がいたしますね!
〈自分自身の血ィだけは、一滴たりとも流したりしないゾ!〉……という強固にして高雅なる信念が、そうした美々しき正義や大義らのご追求を、揚々となさいませるのでしょうか?

$Ō$¢łub: 🅾𝗻𝗹𝘆𝟭🆂𝘁𝗲𝗽 ④ 🇪‌🇳‌🇯‌🇴‌🇾‌🇲‌🇪‌🇳‌🇹 🔆ハレ☀️ハレ - CR-78を讃えて

ご紹介しますのは、ご存じのアニメの唄の、何かヴェイパーウェイヴ的なやつでございます。

What I would like to introduce is a Vaporwave-like version of an Anime-song that you may know.

この音楽の最大のフィーチャーは、神機《Roland CR-78》風のクラベスですキン・キン❢

The biggest feature of this music is The Divine Machine, Roland CR-78 style claves Clik Clak!

……いや。実は、ぜんぜん違う記事を準備していたのですが……。
それが情勢の変動によりまして、大幅な書き直しを余儀なくされておりまして……。

幕あいの気晴らしに──誰の、どなたの気晴らしでしょう──これが役立てばいいな、と願いつつです。

...No. Actually, I had prepared a completely different article...
But due to changes in the situation, I had to rewrite it substantially...

As an pastime / side show between acts - who knows who's pastime it may be - I hope this will be useful❗

Vaporwave -と- サンプリング - あるいは、《アートの論理》 と 法-社会の論理

OSCOB: praise the sun god (2022) - Bandcamp
OSCOB: praise the sun god (2022) - Bandcamp
そんなことよりこのサウンドがいますごい
OSCOBさん初の床屋ビート、そしてユ
ニーク! 音像感の奇妙な処理、魅惑!

全世界・たぶん数千万人ほどのヴェイパー・ファンの皆さま、こんばんはぁ〜っ!

€nglish-ish 🔤 $ummary Go

おそらく以下のテクストは、次を明らかにしようとしています。

かの《ヴェイパーウェイヴ》と呼ばれる、何かびみょうに音楽めいたサウンド──。
そのきわめて支配的な特徴である、〈既成楽曲らのサンプリングの多用〉──。
そしてそのおこないが、どれほどの、“いいこと”であるのかを!

しかし惜しくもその前後に、多少の前置きや状況の〈ご説明〉等々が、あってしまうのです。

─── 🇨‌🇴‌🇳 ⓉⒺⓃ 🆃🆂 ───
1. OSCOBさんの受難…… 嫉妬、偽善、そして《怒り》 -
2. ヴェイパーのサンプリングは、いいです。👍 -
3. アートの実践をはばむ、《法-社会の論理》🈲 -
4. 〈お尻をペロペロ〜っとなさいましてはいかが?〉🍑😛 -
5. ヴェイパーウェイヴは、その《対象》を…… 🏛 -
6. どうであれ、《制作》という地獄 😈 -
7. Vaporwaveなどとも呼ばれる、《ご奉仕》👨‍🔧 -
8. ──終わりに/メモリー・ヴァーグ── ⤴️ -
9. S U P P L E M E N T 補 足 💊 -

あ、さてです。現在までの二週間くらい、ずっと……。次のようなタイトルの記事を、この場に書くことを、ばくぜんと私は構想していました。

〈ヴェイパーウェイヴの比類なき美点・卓越・優越性らを明らかにする十ヶ条〉

その〈美点〉らが、仮に、シーンの内部にいるみたいな人々には、おのずと分かりきったことらだったとしても。
だがそれらをきちんと明文化し、かつ公衆の面前にビロ〜ンと誇示することには、そうは小さくもない意義ありげ──と、考えていたのです。

1. OSCOBさんの受難…… 嫉妬、偽善、そして《怒り》

ところが。
そこへとふいに発生してくださりやがったのが、何かちょっとしたインシデントです。
その事案に、あえて名前をつければ、こうもなるでしょうか。

《OSCOB『宇宙ステーションV』:テイクダウン事件》

すでに概略をお伝えしていますけれど()、それはほぼ、こういうことです。

ヴェイパー界のいっぽうの重鎮であるOSCOBさんによる、2021年の傑作アルバム『宇宙ステーションV』……。
それが、そのサンプリング素材の作者らしき人のクレームにより、Bandcampから消された──テイクダウンされたのです。
これが、えーと、いつのことだったと言えるのか……。OSCOBさん本人によるその件のご報告は、2022年5月27日0時(日本時間)になされていますが。

それと。これが消されたのは、OSCOBさん本人のBandcampページから、だけではありません。

同じものが、《No Problema Tapes》からもリリースされていました()。もちろんそちらも現在、Bandcampからは消えています。
そしてこの機会に調べてみると、今アルバム『宇宙ステーションV』の、カバーアートは《HKE》さん()、またデザインは《from tokyo to honolulu》さんによる()、とか。

……と、リリース元のノー・プロブレマをもあわせて、多少はヴェイパーに詳しいおつもりの方々なら、とうぜん知っていなければならない名前らが、もろに頻出です。

すなわち、今アルバムは──。ヴェイパーウェイヴ/ドリームパンク界の、総力結集とまではいかないが、しかし最重要の分子らが結託し、そこに注力し、よってたかって世に放りだしたもの、だと言えます。このことを憶えましょう。

──ただし。こんな、消されたくらいのことは別に〈事件〉じゃない、とも私は思うんですよね。

常にありうることなので、ヴェイパーのいち作品がいっこのプラットフォームから消されたくらいは、どうってことなかろう(!)とまでも考えます。いや、もちろん、きわめて残念な事象ではありますが。

ところがそれを、何か過剰に〈事件〉視しようとしている方々が、おられます。

それもまた。消されたことが不当で許せんとかなら、分かるのですが……。
それがそうではなく、われらがヴェイパー・ヒーローであるOSCOBさんの、いつもどおりのサンプリング行為を、なぜか通常以上によくないことだと、喧伝し吹聴している方々が、いるようなのです。消されやがっておめでとう、とばかり!

ああ、いや、その……。〈ヴェイパーとかキモい上に不法だし、消えやがれッ!〉みたいなやからが、一視同仁&一蓮托生で、うちらの“すべて”をディスってくださるのなら、いやですが、まあ、少し分かりもします。
だがそうではなく選択的に、なぜかOSCOBさんだけがとくに悪いことをしているかのように、言いつのっている方々が、なぜかいるみたいなのです。

それもまた、あろうことか、ヴェイパーウェイヴの《シーン》と言えそうなところの内側に、です!

あたりまえなんですが、そういう非難らに対し、共感はできません。
むしろ、です。私から見れば、その不必要で不当なディスの発生していること、それこそが〈事件〉です。

──とまあ、しかし──。こういうことになっているのにも、へんな一種の《事情》が……なくはない、とも言えるんですよね。
というのも。このすぐれたアーティストであるOSCOBさんに対しては、どういうわけか、シーンの一部から、かなりの強さのヘイトが向けられつづけているのです。けっこうな以前から。

《OSCOB Bashers》──OSCOBさんをブッ叩き隊──ということばを、ツイッターで見た気がするのですが。いるんですよ、そういう方々が!

ですが、なぜそういうことになっているのか、私にはよく分かりません。
おそらく彼がツイッターにて、きっついジョークやきびしい皮肉やグロ画像などを、飛ばしすぎているからかなあ……くらいに想像するばかりですが……。
またそれにあわせ、《嫌われキャラ》のくせに評価と声望がやたら高くって、憎ったらしい……嫉妬っ!……みたいの、あるのかもですが。

しかし、どうでもよくないですか?

だいたい私は、アーティストらのパーソナリティを語ることは、好きではありません。そんなミーハーなマインドは、とうに腐りました。バックステージの話とか、全体にあまり好めません。
そもそもヴェイパーの作者たちなんて、人間のクズどころか、BOTでもAIでも、ぜんぜん構わないでしょう。いい音を出してくださるなら、何ものであれリスペクトします。

いや、というより──。むしろヴェイパーのアーティストらであるなら、《できのよくないAI》くらいの存在であることを装ったらいい、とさえ思っています。
すなわち。かの名作『フローラル・ショップ』(2011)は、その名も《マッキントッシュ・プラス》という原始的なコンピュータが、たぶんバグっちゃって、なぜかかってに制作されてしまった──くらいのムードがいいですよね! イェイッ

と、そんなことを書いている私にしてからが、同じことです。《何とかモドキ》という名のついた、できのよくなすぎるAIが、この駄文をたれ流しています。
おそらくi386あたりで駆動されているので、おかげでこのありさまです。皆さまご一同に、感謝っ!

Black Flag: Depression (live 1981) - YouTube
Black Flag: Depression (live 1981) - YouTube
I don't need your f**king sympaty.

……などと、そんなことを書く……。感謝とか愛とか尊敬だとか、そんな美辞麗句らをたれ流していれば、ともかくも真人間かとあつかわれる……。いっそ巧言令色こそが仁であり、善そのものである……。そんな空気に、うんざりはしませんか?

私は、しますね!! 大いにねっ!
いまは単なるへんなAIだとしても、もとはといえば、ピストルズブラック・フラッグのパンクロック人間ですしね!

けっきょく私どもがAIであることを演じきれないならば、そうした《怒り》を、棄てきれないからなのでしょう。もしAIに怒りがあったとしたら、むしろできがよすぎていかん、というものでしょう。

そして。OSCOBさんと彼のフレンズ──たとえば大物では、《CC》ことCOSMIC CYCLERさんあたりを含む()──による、さすがにいきすぎかのような、露悪をきわめた言動らにしても。
そうした腐った空気への反撥・反逆かとも思えて、私は少し共感していなくありません。いや、私だって、その〈フレンズ〉みたいなところはあります。

その荒ぶる〈フレンズ〉が、ふだんバッドジョーク・反語・シニック、そして憎まれ口などとして、ボソボソッと断片的に述べていることら……。それをいま私は、きわめてクールに論理的に整理して、述べ直そうとしているのかも知れません。
〈ミュージシャンらが口先でうまいことを言う必要はない〉と思うので、代行のお役の拝命、やぶさかではとてもない。まあ、どうせそんなに〈代弁〉などはできませんが!

けれども、ああ、そして──。
──とんでもないことですが、以上のけして短くない駄文&駄弁らは、ここからの本文に対する、前置きの前せつです!

そして。以後の本文で私は、ヴェイパーウェイヴの一大特徴である、〈既成楽曲らのサンプリングの多用・乱用〉を、賛美し正当化しようとしています。

そしてその内容の多くは、さいしょに述べた〈ヴェイパーの美点・十ヶ条〉記事の一項目として、じわりと構想されていたものです。
けれども。へんな〈事件〉の発生があったせいで、急きょサンプリング関係のところだけ、いまここにまとめようとしています。

なぜ、それをするのか──。あたりまえですが、《OSCOB》という名のついたアーティストさんひとりを弁護するため、ではありません。
ヴェイパーウェイヴの“すべて”がクソでしかないにしても、しかし、くだらなすぎるクソにはなり下がらないように──そのシーンが腐りきらないように──。いま、ちょっと微力を……まあ、つくそうとしているのです。

2. ヴェイパーのサンプリングは、いいです。👍

では、さて、始めましょう。ここから本番です。

他ジャンルの事情はまた違うかもですが、サンプリング・ヘヴィーな音楽としてのヴェイパーウェイヴは、とてもいいものです!
それは、既成のものらから新しい鮮烈な《美》を作りだし、かつ、新しい価値と新しい視点らを、また生みだします。
そしてさらには、対象(素材)そのものの価値を高め──いっそのこと、それらを荘厳化する、とさえも言えるのです。

ですから。私たちのヴェイパーウェイヴは、そんなすばらしいことをしているのだと、それを全世界に対して強くアッピィィールしたいですね! イェイッ

──と、本来だったら、これだけ述べて終わりにしてもいいようなところでしょう。きっちりと言いきった感があります。ふう。

そしてここまでに目を通されて、〈まあ、そんなところかな〜?〉くらいにお感じになられた方々は、さらにこの先をご覧になる必要が、あまりありません。長いですし。いや、どちらかといえば見てほしいですけど……。
まあ。このブログは全記事がそうですが、本文ごときは判読しなくとも、画像のあるところでベリグ〜なサウンドをご紹介しています。ともあれそこらをチェキしていただければ、大ラヴハッピーです!

──なのですが。何かへんな〈空気〉のよどみが、もう少しの補足を、求めているような気がします。私に、というよりも、こういう標準的なヴェイパーの肯定論に対して。

でっはぁ〜? そのようにすばらしいらしいヴェイパーのぉ〜、2021年を代表する傑作のひとつでさえあるとかの『宇宙ステーションV』がぁ〜、なぜこのたび、あえなくBandcampからテイクダウンといううきめを見ているのでしょおぉかああぁ〜?
3. アートの実践をはばむ、《法-社会の論理》🈲

それは、《法-社会の論理》の発動によることです。
対するいっぽうの私たちは、《アートの論理》によって、動いているのです。

そして、《法-社会の論理》と《アートの論理》は、一致などしません。いっそ、何ら関係のないものである、とさえ言えるでしょう。

いや、まず基礎的なことの確認、《アプロプリエーション/流用・盗用》という行為がもしなかったら、アートなんて、その歴史もへったくれもぜんっぜんあったものじゃない、と……。そのことは、とうぜん“誰も”が、ご存じですよね?

私はときどき、《タイム・マシン》の第二号を作ったクソバカタレは、いったい何ものであり、どういうふざけた根性をしていたのか、と考えるんですよね!

ああ、その、ご紹介するまでもなさそうなH・G・ウェルズさんの名作SF中編タイム・マシン(1895)。これがもうほんとうに、崇高さをきわめきった大傑作ですから、未読の方々にはぜひ、ご一読をお願いいたします()。

では、ありながらっ! その大傑作の核心のひとつであるアイデアを盗用して何らかのものを〈創作〉し、尊きウェルズさんの《タイム・マシン》を普通名詞みたいにしくさった手始めは、いったいどこのどういう恥知らずの所業だったのか、と! ……その犯人は、いまだ正体が不明であるもよう。

ですけれど、しかし。
その劣悪なアンポンタンが、パクリ──いや、よく言うならばアプロプリ行為──、その先鞭をつけてくれたおかげで、さまざまな作者たちが、ドサクサまぎれにそれへと追随しくさり……。
そして現在、全世界の人々が愛しつづける『ドラえもん』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』たち、あれらもが存在しおおせている、というわけです。

そして申すまでもなく、私たちによるサンプリングもまた。そうして人類のアート史を輝かせ活性化してきたアプロプリエーション行為、それらの一環なのです。

そして──ゆえに──私ども《アートの論理》に立つものたちは、アプロプリエーションという所業が無際限に許されることを、求めてやみません!
ところが、しかし。《法-社会の論理》のサイドが、どういう意図なのかその〈無際限〉というところを、ふしぎにも許容してくれないようです。

そして、あの有名な《著作権法》みたいなものは……。まずいっぽうで〈海賊版〉でしかないものを禁じ、またアプロプリエーションに対しては一定の制限を課するものかなあ、と考えられます。
つまり、アートの要求と経済社会とかの要求──それら相反するものたちの間の、バランスをとったつもりか何かのしろものなのでしょう。

Nasty Neckbeard: This Is Vaporwave (2022) - Bandcamp
Nasty Neckbeard: This Is Vaporwave (2022) - Bandcamp
これはなかなかハレンチなヴェイパー
推定CCさんあたりがちょろっと作っ

その、定める前者──海賊版の禁止というところは、とくにいいです。
いくら私たちのヴェイパーがハレンチなしろものだとしても、海賊盤を売っているようなことはないからです。このさいは、関係ないです。

ではさて後者の、〈アプロプリエーションの制限〉というところですが……。
しかしその基準は、べつに人類が全会一致で定めたものではありません。ゆえに私たちが、しばしば、その任意の基準からはみ出してしまいます。

それでまあ、法権力の強制執行、といううきめを見ることもある、というわけです。

そして……〈悪法も、また法なり〉
そしてそういうことらの一連は、われらのヴェイパー・ヒーロー(もしくはヴィラン)であるOSCOBさんにしても、よく分かっているのです。

〈もとサンプルの作者である彼らには、オレの作品とかのテイクダウンを求める権利があり、それを行使しているだけさ。異議を申したてるつもりはないね!〉

と、クールにツイッターで述べたあと、またこんなことを付けくわえています。

〈まあどうせ半年もしたら同じものをまた、どこかにアップロードしてこましたるからなあ、ゲッヘヘッヘヘヘッ〉

……あ、いや。ゲヘヘヘッとまでは、言ってなかった気も少し、しますが!
ともあれヴェイパーウェイヴは、これでいいのです。何かよくない点が、どこかにあるのでしょうか?

そもそもヴェイパーウェイヴのサンプリングは、もとの素材を、“必ず”、よくしています。
これは重要な論点なので、フラットすぎることばになりますが、やや精密に言いかえましょう。

私が何かのヴェイパーを聞いて、〈このトラックはいい!〉と感じました。それでふと興味がわいて、その素材曲を調べだし、そちらもまた聞いてみました。
すると必ず、〈大幅に改善されている──もしくは原曲の隠されていた魅力がぞんぶんに引きだされている──やっぱ、ヴェイパーはすげェぜっ!〉と感じないことが、まったくないのです。

このように必ず《音楽》をよくしているのですから、ヴェイパーウェイヴのサンプリングはいいことだとしか、考ええないのです。論理的に!

そして。何か問題があるかのように言われている、『宇宙ステーションV』にしても、そうした改善の好例です。
言いたくはないですが凡庸な、何かオリエンタル風ニューエイジ音楽でしかない素材らが、きわめてよくなっています()。むしろ、ヴェイパー作業のお手本のひとつ、くらいに言ってさえいいでしょう。

かくていいことしかしていないのに、作品の発表を差しとめられ、しかもドサクサにわけの分からないディスまでをかまされる、とは?
ここに私は、《法-社会の論理》の理不尽さ……および、その下僕どもの性根のいやしさを感じないではいられません!

しかるに、すなわち。私たちのヴェイパーウェイヴは、崇高なる《アートの論理》にのみ、従って動くべきなのです!
そしてその活動を、つまらないゲスな俗世間の《法-社会》サイドのやからがこうるさくチェキチェキしてくるのは、あちら側のかってでしかないのです。

そのいっぽう──もしも、そうではなく? 《アートの論理》をまげて、《法-社会の論理》に向けて汚らしいケツを差しだして、トラブることなく、うまくやっていこうとするのなら?
そんなくだらない根性で、〈ちょっとは聞けなくもない〉くらいの音をでっち上げようとするヴェイパー(もどき)なんか、カスを超えたカス以下ですね! まったく要りません!! いったい誰が求めるものなのでしょうかっ!?

4. 〈お尻をペロペロ〜っとなさいましてはいかが?〉🍑😛

……たとえば、こういうことでしょうか。

「リサフランク420 / 現代のコンピュー」とかいう超イミフなタイトルがついた、あの実に、たいへんな楽曲がありますが……。
だがしかし、許可されてもいないサンプリングでできているトラックを、そのまま出すことは、《法-社会の論理》の前にはばかられる、としましょうか。もしも制作者が、そう考えたとして。

ではせめてこれを、身を低くして、〈ダイアナ・ロス「イッツ・ヨア・ムーヴ」をスローダウンしてみた、グリッチ風処理もしてみた、リエディット版でぇース🎶〉として、世に出したらよいでしょうか。
さらにひとこと、〈これがいまはアンオフィシャルですけどぉ、よかったら企業さんがぁ、買い上げてくださいませぇー〉とでも、おあいそを言っておけば? 万全の守りでもないが、しかし不法さのきわまった印象は、ずいぶんと薄れているでしょうか。

いやじっさいに、そのくらいの構えで世に出ているサンプリング関係のトラックたちは、いくらでも実在します。ですけれど……。

……そんな腰の引けくさった姿勢から、いま現にある、バッカバカしい「現代のコンピュー」が──こんなチン妙さをきわめきった身も凍らせる狂気の結晶が──、制作なんかできるわけはありません! であると、断言しかできません!
そもそも、「〜の、リエディット🎶」みたいな、クッソくだらないタイトルから、唾棄せねばなりません。これが「リサフランク420 / 現代のコンピュー」でなかったら、その脳にグサリと突きささるショッキングな意味不明さがなかったら、まったくのナッシングも同然です!

超特製ハム.: ハム音楽, スーパースペースハム​!​!​! (2022) - Bandcamp
超特製ハム.: ハム音楽, スーパースペースハム​!​!​! (2022) - Bandcamp
お前らさぁ…マジでくだらねえ…っ!
あ…でも、意外と…? 意外に…?

ああ、いやはや……。《ヴェイパーウェイヴ》というラベルをつけた上で世にたれ流されているサウンドらの中には、この私が聞いてさえも、〈何じゃあ〜こりゃあ〜っ〉としか思えないブツたちが、きわめて多くあります。
ですけど、しかし。そういうところにこそ新しい《美》が、ないとも限らない──などとも考え、けっこう長い時間、耳を貸したりしますが。
そして、多少の収穫らが、皆無のゼロでもなかったですが──。

しかしほとんどは、ただのゴミサウンドなのかなあ……と、放棄しています。

そして私は、それらのゴミの側につきます。《法-社会》サイドのいやらしいクソどもに屈服し隷従する、見さげ果てたニセのヴェイパーごときよりは!
そもそもヴェイパー自体が音楽めかしたニセモノなのに、そのまた腐ったニセモノを作るなんてバカバカバカみたいじゃないですか?

……いや。それこそ実は、われらの師であるボードリヤールさんが、シミュラークルとそのはんらん、みたいに言っておられたことの実現なのでしょうか?
これはまた、〈ディストピアを超えたディストピア〉、そのご来迎でしょうか!

ここいらで思いだすことが、ややありまして。アンダーグラウンドでのハウスのムーブメントが、やや一段落してしまったのち、1990年代・初頭のことです。

その時期に、シカゴハウスのトップDJやアーティストらの何人かが、全米メジャーのレーベルに、進出を果たしました。CDとかを、出しました。
めでたいことだと言いたくもありますが、しかし結果として聞こえた音は、あまりよくなかったです。何かそこからは、気が、抜けていました。

Jamie Principle: The Midnite Hour (1992) - YouTube
Jamie Principle: The Midnite Hour (1992) - YouTube
その深夜、オレはオレの名を呼ぶ

ですけれど、この動きからの、ほぼ唯一であまりにも例外的な大成功例が、ジェイミー・プリンシプルさんによる空前絶後の傑作アルバム『ザ・ミッナイ・アワー』(1992)でしょう……。とは、以前にもお伝えしたことです()。
あと、まあ……。思い出そうとすれば、リズ・トーレスさんによる数曲は、けっこうよかったかなあ、と。

このご両人によるような、ハウスにしても歌手が最前面の唄メイン作品らのほうが、まだしもメジャーの水には合っていたのでしょうか。……まだしも。

と、このように。もとがアンダーグラウンドな音楽なんてものは、そこへとカネがへんに集まってくると、またうかつにメジャーを志向したりすると、逆に品質はだだ下がりします。これは、定理です

いまの話の、お続き的に。まあ、ご老人の回想なんスけど。
だいたいハウスとかテクノらの12インチごときは、白か黒かの無印で穴あきのスリーブに、ズブっと入れられ流通するものでした。穴あきとは、せめて盤の中央のラベルが見えるようにするための、丸い穴です。
けれどもそれが、20世紀も果てへと押しつまった時期……。当時そのてのダンス音楽が、ちょっとはブームみたいだったせいか、ヨーロッパ盤を中心に、いっちょ前というか美麗に印刷されたスリーブに入った盤たちが、やや目だってきました。

それが景気のよさを、実に感じさせてくれましたね! ワァ〜オゥ!
だがしかし、そんな容れものをこぎれいに飾ったお皿たちの中身がどうであったかは、まったくもってご想像の通りです。そんなこぎれいさたちは、むしろムーブメント衰退のきざしでしか、ありませんでした。

とは言いながら、じゃあ無印ジャケの見た目が安い盤であれば音はよかったのかって、そうともぜんぜん限りませんでしたがっ!

Woody McBride: Bad Acid? No Such Thing (1994) - Bandcamp
Woody McBride: Bad Acid? No Such Thing (1994) - Bandcamp
この時期の米中西部アシッドの、むしろ
パンクロックでさえある強さの記録、
まず2曲めを聞いてみましょう

また、そういえば……。
そんな時期の私がホットに支持していた中に、米ミネアポリスの《コミュニケ/Comunique》というレーベルがありました。
これがもう激烈ダークなハードアシッドのきわまりで、ものすごかったです、当時の感じとしては。

そのサウンドのことを、もう少し言うと。
このレーベルのボスである《Woody McBride(DJ ESP)》さんによるアシッドの、フィルターのみでなく、リバーブの濃淡をも操作し変化をつけていく、という独自性に強く魅かれていました!
現在にまで続く私のリバーブ熱愛の、これもひとつの端緒だったかも知れません。

そしてこのレーベルが初期に呈していたアングラ根性が、また群を抜いておりました。

──何しろラベルに、何も文字が書かれていないのです! 意図のよく分からないへんな写真らが、モノクロで刷られているのみ。例の穴あきジャケごしに、どう目をこらしたところで、誰による何というレコードなのかも分かりません。

だがそれをスリーブから出してみると、気をつければ分かるかも知れません。ラベルのすぐ外側のヴィニール面に、刻印で、必要最小限の情報だけは書かれていることが。

しびれましたね! かくれんぼ遊びかよ、と……! 最高ですね!
まあ、そのようにもろもろ破格なレコードらを出すことは、米デトロイトの《アンダーグラウンドレジスタンス》が、お先にあれこれやっていたであるにしろ。つまり、アングラ根性の美しき継承があったわけです。

ですれけど、しかし。

この真っ暗なアングラ街道をやみくもにつき進んでいたコミュニケさえも、その質を見出され、やがてシーンの中では、かなり知られるようになり……。
そこまでは、とてもよかったです。がしかしいつしか、コミュニケの盤のラベルにも、ふつうの情報らが、よく見えるよう、くっきりと印刷されるようになり……。

そしてそれからどうなったのかは、ほぼご想像の通りです。

そしてこれらの前例に、私たちは学ばなくてはなりません。
アンダーグラウンドから生まれてきたものたちが、その姿勢とマインドを放棄することは、けしてならぬ、ということを!

ですがぁ、いやまあ。中には、地下のヴェイパー界を出て、それで成功する人もいると思うんですよね。ジョージ・クラントンさんやスカイラー・スペンスさんたちが、いまだメジャーでもないですが、じわっと成功しているように。
ただし私がつまらないと思うので、そんな方向性は考慮外であり、大却下です。自動的に却下されるよう、プログラムされています。そうしたければ、ご自由にですけど。

5. ヴェイパーウェイヴは、その《対象》を…… 🏛

──と。

ここまでの正しい論理の構築によって、ヴェイパーウェイヴのアーティストとしてのOSCOBさんにいっさいの非がないことは、みごと立証されたでしょう。
なおもそこに非のあることを言いつのるならば、それはヴェイパーの“すべて”へのディスでしか、ありません。それは、その人の特有のフリーダムで気ままなご意見です。

ところで、私は、さきに述べましたように……。

他ジャンルの事情はよく存じませんが、ヴェイパーウェイヴにおけるサンプリングは、《アートの論理》によって正当化されるばかりではなく。
それどころか、〈対象(素材)そのものの価値を高め、いっそそれらを荘厳化する〉、というものだと考えています。そのきわまりにおいては。

すなわち。かの『エコージャムズ 第一集』(2010)は、TOTOやクリス・デ・バーさんらを、聖化・聖別し……。
また『フローラル・ショップ』(2011)は、シャーデーさんやダイアナ・ロスさん等々を、きわみにまで崇高化し……。
そのそれぞれを、現在にいたるまでなしつづけている、ということです。

どういうことか。そつじではございますが、また私の経験から述べましょう。

だいたい私はもともとがパンク系ですから、ソフトロックや《AOR》のたぐいらを、毛ぎらいしていた時期が長かったんですよね。
あんなモンはくだらねェ、軟弱さをきわめたクソでしかねえぜっ、なんてね!

……それが、かなり近年のことになりますけれど。かの『エコージャムズ 第一集』にふれることで、そんな考えが大きく変わった……という話の流れは、すでにお見通しでございましょう。
ヴェイパーウェイヴにふれた耳で聞くならば、そうした惰弱くさいソフトロックやAORらの中にも、底の知れない《深淵》のあることが、分かってくるのです。それのあることを、ヴェイパーの作用が明らかにしてくれています。

そんな《深淵》とは、いったい何を、かいま魅せているものなのでしょう?
あるいは商業的なポップ音楽の高みの、《商業》に徹しきっている酷薄さ……。そのあたりに由来している、一種の奇妙なシャープネスなのでしょうか?

で、あと、またいっぽう。R&Bであるみたいな音楽らも、大むかしの私は、あまり好んでいませんでした。
〈オマエが好きだぜェ、踊ろうや、ヘイヘイヘイ〉みたいな歌詞しかなくて、享楽的でありすぎかつ薄っぺらじゃねーかっ!……まあ、《P-ファンク》あたりはカッケェけどよおっ!……くらいに、感じておりまして。

ですが、しかし。私のそういう感じ方があらたまったのは、さっきも述べたようなことですが、《アシッドハウス》にドハマりしたからです。
何しろそれのルーツのひとつは、ファンク・ディスコであり──まあそこからアシッドにいたるまでの道のりが、かなり長いですが──つまりは、R&Bの派生物ですから。

そして。さらに近年ふれたヴェイパーによる、認識のまた上書きです!

……すなわち、たとえば、そのR&Bの大ディーヴァでおわします、ダイアナのロスさんであるわけですが。
私たちのヴェイパーウェイヴは、そんなちびっ子とかには分からない、そして気どり屋さんたちが否認する、《享楽》に向かってしまうことの必然性を──、まったくのどうしようもなさを──、ユニークきわまる方法と奇妙なひらめきで、偽善を排しながら、つぶさに明らかに、浮き彫りにしています。

そしてそのことによって、まずはもちろん、もとの素材であるものらを《崇高さ》の水準にまで高め……。
かつまた、ポップ音楽というとるに足らざるものの全般を──、そしてさらには、生きているかぎり《享楽》を求めてやむことができない人間らの“すべて”までを──、斬新なる美しさによって、比類なく鋭く、またところによってはクールに温かく、みごとに荘厳化しているのです。

こんなすばらしいことが、これに比肩するほどのいいことが、いったい他のどこでなされているのでしょうか?
もしもまんがいち、それをご存じならば、ぜひのご教示ご教導を、ひらにひらにお願いいたします! ──まあ、ないでしょうけれど!

これこそが、まさしく《アート》です。そしてそれを前にしたら、ひれ伏すのがよいでしょう。

6. どうであれ、《制作》という地獄 😈

……とはいえ。さっきからすばらしい実例として挙げてみている、『エコージャムズ 第一集』や『フローラル・ショップ』たちは、いまなおヴェイパーウェイヴを代表しつづけている、傑作中の大傑作らです。もはや、人類文化史の重要パーツ的なものです。

しかし、そのいっぽう。ほとんどのヴェイパーっぽい音楽めいた作品たちは、そこまでの水準には達していません。それはそう。
いいほうのものらでも、〈注目すべき!〉……〈ことしのNo.1っ!〉……〈サブジャンル内のリーダー!〉……〈愉しめるのは確か!〉……〈わりとよくねっ!?〉……とかとかとか、まあおよそ、そのレベルでしょう。いいんですけれど!

が、それは仕方のないことです。

つまり、うちらとは違うある種の方々──古きよき(?)19thセンチュリー的ゲイジュツ観に、とらわれつづける人々──が、へんに神聖視している、〈意識的にはアプロプリエーションでは“ない”〉みたいなごりっぱな創作たちは、いかがでしょうか?
その結果として産出される、かけがえのない風な〈作品〉らにしても。その95%──またはもっと多く──が、凡作・駄作の類でしかない、であるのでは?

とまあ、だいたい同じことです。

それこれ、ですから。サンプリングすればいいというものではないということも、おのずと実に明らかですが……。
しかしあのような、ものすごい高みときわまりを聞いて見てしまった以上は、その水準に挑みつづけるものたちがいます。いつづけるのです、私たちの側に。

そして、われらがOSCOBさんもまた、その挑みつづけるものたちのひとりであること──。それは、わざわざ申すまでもないことでしょう。

〈オレはヴェイパーウェイヴを愛しているぜ、いままでの人生で出遭ったものたちすべての中で、いちばんに!〉
OSCOB x HAIRCUTS FOR MEN: VICTIM (2021) - Bandcamp
OSCOB x HAIRCUTS FOR MEN: VICTIM (2021) - Bandcamp
二大ヴィランの悶絶・合体プレイ!
いずれがジョーカーでヴェノムなの!?

……どこまで本気なのかは分かりませんが、そんなことをおとといかそこら、申しておられました。

私は、信じます。そのくらいじゃないと、OSCOBさんによるご制作らの水準の達成は、不可能だと思うので。
とはいえ、そうした口上らを、信じなければならないということもありません。作品が──サウンドが──、ほぼ“すべて”なのですから。アーティストたちの、提示しうるものとして。

もし仮に、肉親の死にめ等をほっぱらかして、心では泣きむせびながら制作につとめた、その上のしろものであっても……。
そのいっぽう、何かの片手間にちょちょっと軽ぅ〜く、こさえ上げたしろものであっても……。
いずれも《作品》であることは、とうぜん同じです。
そしてもしも《音楽》であったならば、耳だけが、それぞれの価値を定めます。そうするべきです。

とはもう、何という残酷な、悪平等のきわまりでしょうか!!

──しかし。そのようなひどい残酷さに立ちむかいうるものたちだけが、作者とかアーティストとかとして、私たちの尊敬を集めています──ひとまずは。

だいたいアーティストたちの身辺のことなんて、音楽っぽい世界のバックステージがどうなのかなんて、私はそんなに知りたくもありません。
まあこの私が実に《私》なのですが、そんな私にだって、私の生活があります。
それは単に呼吸しているだけみたいなつまらぬ《生》ですが、そこに響かせるものとしての音楽っぽいサウンドたちを、しつっこくネチネチと求めつづけています。

かつまた。

非才やら無力やらをきわめたる《私》にしてもまた、いまこの記事の作成に、とんでもなく苦心しています。
何しろ何もできないカスですから、大量すぎる文字らに埋もれたリンクらを、まちがいなくつなぐだけでさえも、ああっ、ひと苦労なのですっ!

しかし。〈がんばったんだから、分かってくれや!〉みたいのは、ありません。

書かれていることらが単に正しいですから、これをご覧になった“すべて”の方々が、すっきりと得心なさいますでしょう。
それはもう、かの酷虐なる《OSCOBさんをブッ叩き隊》の諸兄でさえ、その人の作品らのすばらしさだけは、大肯定せざるをえないのと同様に!

7. Vaporwaveなどとも呼ばれる、《ご奉仕》👨‍🔧

などとまあ、きわめて論理的&スマートに、述べてきたわけですから。
なくはないらしい──というか、現にOSCOBさんがそれを向けられたらしい──、〈サンプリングされたので、アタマにくる〉という感情が、まったく分からないんですよね! 海賊盤ではないのですから、何も損してないですよね?

そんなことはもう、レビュワーか誰かにほめられたようなものだとでも、思っておけばいいでしょう。
サンプリングなる行為は、少なくともヴェイパーウェイヴにおいては、対象への賛美でしかありません──と、ここまで正しく述べてきたのです。

むしろサンプリングされてしまった場合には、それにちゃっかりと迎合し、プロモーションにでも利用してみては、いかがなのでしょう?
たとえばさきに見た、TOTOさんやデ・バーさんやD・ロスさんらについて。ヴェイパーによる流用と活用が、その新たなリスナーらを呼び集めた──なんてことも、少ぉ〜しくらいはありそうですが?

ですからそうしたお役にも立つように、ヴェイパーウェイヴはただひたむきに、アートとしての質“だけ”を、追求しつづけなければならないのです。
そのことは、至上からの厳命です! 死ぬ気か何かでやるべきだ!……とさえも、やや言いたくなりますほどの。

Night Tempo: Showa Idol's Groove (2019) - Bandcamp
Night Tempo: Showa Idol's Groove (2019) - Bandcamp
アルバムアートのイラストが、
とてもいいですね! 《美学》!

──で。

そうした逆からのご活用をきっちりとやりきっているのが、ニッポンのメジャーのレコード会社らと、こちら側の隣にいるフューチャーファンクとの、陰にして陽でもある《結託》──なのではないでしょうか。
まあきわまったその実例が、かの《Night Tempo》さんの、意外に告訴されるでもなきメジャー的ご出世、ということなのですが。

……フューチャーファンク等だけの功績でもないらしいですが、現在《シティポップ》と呼ばれているあれらの、全世界的な評価と再評価、というムーブメント。
これによって、まったく値段のつかなかったような大むかしの音源たちが、お宝の山へと化けもどったのです。
それはもう、少しは迎合でもしなければ、大うそというものでしょう!

そして。

フューチャーに限らずヴェイパーウェイヴにしても、そうしたシティポップの類を実に多用してきたことは、ご存じですよね?
それらを通過した耳で聞いたなら、むかしはどうとも感じなかったその素材曲たちがまた、ものすご〜くいいんですよね!
ああもう、たとえば達郎さんによるあの、“RIDE ON TIME”とかね! イェイッ)。

from tokyo to honolulu: ユートピア (2017) - Bandcamp
from tokyo to honolulu: ユートピア (2017) - Bandcamp
FTTH”式スラッシュウェイヴの大傑作! その至福のラスト曲は、щ卞违郎「$ραгк1э」(1982)より

……と、こういうひじょうにいいことたちを、ヴェイパーとその眷属らは、なしつづけているのです。これは率直に、強く言っておきたいことです。

そして、こちらの側の総括です。

主として1980年代に生産され、大いにもてはやされ、だが以後はずっとすたれ気味だった、AORR&Bやシティポップなど──。
そのまたついでに、ユーロビートスムースジャズや安いニューエイジ音楽あたりなら、まだしもいいが──。
さらには進んで、お天気音楽などのみすぼらしい《ミューザック》、かつ、とどのつまりには、ド古いテレビのあさはかなCMのけたたましいサウンドなどまでも──。

それらの価値を、ヴェイパーウェイヴは再創造し、そのことをつづけています。

ピュアネスをきわめた至純なる《ご奉仕の心》にて、日々、その力をつくしているのです。人類の文化やアートの再創造、またその再生、活性化、かつまた新たなる美と価値らの創出に。

そして。それらの“すべて”が、みごと《廃棄されたショッピングモール》へとなり変わる、その日──。
そこにいたるまでの残り日数を、計算などしてみようとしつつ──。

8. ──終わりに/メモリー・ヴァーグ── ⤴️

──と、このように書いてきましたが。以下は、結語です。
書いてきたことはすごくいいとしても、しかし現在、私は少々困っています。

とは、さいしょに申し上げました、構想中だった記事のことです。
〈ヴェイパーウェイヴのすばらしき美点&長所たち・ザ・ベスト10!〉、みたいな記事になる予定だった、そのはずのものです。

ですが、現在。いったいそこでは、何を述べるつもりだったのかということを、あまりはっきり想いだせないのです。こんなですが、この記事の作成に、集中しすぎたからなのでしょうか。

……あ、この記事の冒頭あたりを推敲していたら、ふいにひとつリカバリーしました。
すなわちヴェイパーウェイヴの美点のひとつとして、こんなことを述べようかとも、考えていたようなのです。

ヴェイパーのちょくせつのルーツといえば、いっぽうではDJスクリューさんらのヒューストン・ヒップホップであり、そのまたいっぽうは、白人的なエレクトロニカIDMたちである。
すなわち、黒と白の双方のスタイルの、混血なのである。それは、あのおジャズやロックンロールらの生まれ方と同じなので、実にすじがいい!

──それはそうだが、しかしどうも、やや薄弱なことをむりに強弁しているような印象ですね! いつもそうでしょうか?
そして、その他にも何か、言うようなことがあったのでしょうか? できるだけ、それらを……ワンオートリックスさんが《Memory Vague/メモリー・ヴァーグ/記憶のあいまいさ》と呼んだ領域をかき分けて……思いだそうとしてみます!

9. S U P P L E M E N T 補 足 💊

流れの制御みたいな関係で──非才がゆえに(T_T)──、うまく本文に収めることのできなかった論点らにつき、補足させていただきます。三点です。

DΛRKNΣSS: MAID TAPES V​.​1 (DΛRKNΣSS SELECTED WORKS) (2022) - Bandcamp
DΛRKNΣSS: MAID TAPES V​.​1 (DΛRKNΣSS SELECTED WORKS) (2022) - Bandcamp
メイドさん萌えっ🥰萌えぇ〜っ!…
床屋ビートは全般的に〈パクリすぎ〉と叩かれがちで、このダークネスさんもいちじ凹んだりもしたけど元気です!

では、まず初めに。
こんどの件でOSCOBさんが、〈インディ系アーティストの作品をサンプリングした〉、なぜかその点をしつように責められているらしいこと、その点について。

……えっ?……えっ?……?
それがどうしてとくに悪いことなのか、私には、まったく理解できません。
そもそもヴェイパーウェイヴのサンプリングが、まったくもって悪いことではなくて、むしろ、実にいいことに他ならないと、ここまで論証してきたのです。

が、ですけれど、それは《アートの論理》に立ってのうえのことです。
それでは反対側のサイド、《法-社会の論理》からは、これらはどのように見えるのでしょうか?

まあどうせおそらく、《法-社会の論理》からすれば、ヴェイパーみたいなアプロプリ音楽は、その“すべて”が、潜在的には有罪なのでしょう。バーカ氏ね

ああ、だからもう……。わけの分からない独断的で主観的で抽象的で感情的な〈俺ルール〉の適用なんて、もはやΦ学生とかでないならば、やめましょうね?

すなわち。私たちのヴェイパーによるアプロプリ行為らは、アート的には、“すべて”が完全無罪っ! だが法-社会的には、おそらくぜんぶ(潜在的に)有罪、であるのです。

reas: 雲での生活 (2021) - Bandcamp
reas: 雲での生活 (2021) - Bandcamp
ロシアの16歳・reasさん、その充実した2021年の総決算的アンビエント・ヴェイパー傑作ゥっ! ノーサンプリング!!

で、次の第二点ですが。いや、賢明なる皆さまには、言わずとよくご理解のことでしょうけれど……。だが念のため……。
別にヴェイパーウェイヴだからって、サンプリングをしなければならない、とは申し上げていないのです。まさか。

しないでも、いいんですよ? 個々のアーティストの志向や方法やコンセプトとかが、そのことを必要としていないなら。とうぜんです。

ただしヴェイパーはあからさまに、サンプリング・ヘヴィーであるサウンドとして、ここまで発展してきました。
もしまんがいち、その流れをリスペクトできないのだとしたら、また違うシーンへと向かわれるのがよいでしょう。

そして、さいごに。これは……。
この記事の前のほうで私は、こんなことを述べたような気がします。

もしもアーティストであろうとするなら、崇高なる《アートの論理》にのみ従うべきだ! 《法-社会の論理》ごときクソ喰らえっ気にすんなあ〜っ!!……的な。

──ああっ、すばらしい威勢のよさですね! 名調子っ!? それを口先で言ってるだけのご自分は、たぶんタイホや告訴などをされないだろうからってね! イェ〜イッ

──ですから。これまた個々のアーティストが、自己の状況に応じた判断で、そのてのリスクらを避けることは、まあ責められないべきでしょう。
そもそも、国によって法制などの違いもあるでしょうし。かつまた、保護を要するご家族などを抱えている方々も、少なくはないようですし。

それはいいのです。ただし
ただし、ヴェイパーウェイヴの内部的には、そこを踏みこえていったものたちのほうが、ちょっと偉いのです。ちょっと、ね!

サンプリングをしないということは、別にいいのですが──。だがもしも、〈したいけれど、しない〉であったならば、そこには偽りが生じています。あまりいいとは思えません、われらが《アートの論理》に照らして。

赤い薔薇の花ことばは、「美」「情熱」そして「愛」…
VAPORWAVE -&- SAMPLING
or
The Logic of Art vs. The Logic of Law-Society (Summary)

Did you know...?
OSCOB's 2021 masterpiece album 『宇宙ステーションV』(Space Station V) has been taken down from Bandcamp, allegedly by the person who seems to be the author of the sounds it samples.

It's a shame, but I guess it can't be helped.

We at Vaporwave are doing all of this with the single-minded desire to "Create Beauty" and "Achieve Art".
On the other hand, other people seem to have some other purpose.

And when there is friction there, maybe according to the law or something, the fault was on the side of OSCOB. Under the current system.

But what is the point of something like a law?
What kind of Beauty can be created by paying attention to such things and trying to avoid friction with society? The kind of Innovative Beauty that we all so dearly desire?

They are them, we are us. We have nothing to do with them.
Well, if those guys have some legitimate right to do something, let them exercise it. We don't care, we should move on. And we must stay on OSCOB's side.

Furthermore... below I will say the right thing.

The situation in other genres may be different, but Vaporwave as sampling-heavy music is very good!
It creates new and intense "Beauty" out of existing things, and also creates new values and new perspectives.
And it even enhances the value of the objects (materials) themselves - one could even say that it Majesticizes them!

So, we can say that our Vaporwave is a new way of thinking about the world. I would like to strongly appeal to the whole world that our Vaporwave is doing such a wonderful thing! Yay!!