現在、2026年4月下旬。
このいま、高市早苗が首相をつとめるニッポン政府が、米トランプ政権とも連携しながら、どういう極右的で排外的で軍国的な政策らを強権的・専制的に実施し、かつプラニングしているか?
それらは大まかご存じのこととして、それらがお話の前提です。
で、さて。その高市政権を支えているような、いまのニッポンに蔓延している極右的ムードのことなのですが……。
きのうですけれどツイッターで、アルゴリズムによる〈おすすめ〉の項目から、このような趣旨の投稿を拝見しました。
いまニッポンで、40代オーバーのパンクス──パンクロックの支持層──の少なくもない部分が、何を考えたか右翼に転び、自民どころか参政党の支持に回ったりしているのはどういうこと?
とはいえ、しかし。ご投稿者には、その原因や要因らの心あたりがなく……。かつ、〈たとえばあの野郎が〉……といった具体例が提示されているでもない。ちょっと雲をつかむようなお話、ではあるのですけれど。
ですけれど、しかし。〈それも、ないことでは、ないのかも知れないな〉……くらいには、私も感じなくないのです。
まあ、そもそもの話。パンクロックって全般的に、そんなにも左派的なものでしょうか? パンクスって左派ですか?
そうであって欲しいなあ……とは、私も願いはしつつ!
アナーコ・パンク、まずその1っ!
ところでこの記事、その音楽面を担当しているのは、主に《アナーコ・パンク/Anarcho-Punk》です。
そのアナーコ・パンクとは、どういう音楽/現象でしょうか?
ハードコア・パンクの中でもはっきりと左派的な思想に拠る分子らの運動であり、1970年代末に興って現在にいたる。バンドとしてそれを代表するのは、《クラース/Crass》、《コンフリクト/Conflict》、《サブヒューマンズ/Subhumans》あたり。それらいずれもイギリスのバンドなので、たぶんその地が本場でありそう。
……くらいにずっと、認識していましたが……。
しかし念のために英語のウィキペ等で調べなおしたら、思っていた以上に崇高な、かつきわめて大きな拡がりあるムーブメントであると知らされました(☆)。
何しろびっくりしましたのは、あの《ブラック・フラッグ/Black Flag》もまたアナーコ派の一員だった、という見方のあることです。
おそらく皆さまもご存じのアレは、米LAハードコア・パンクの……。何だかバカっぽいバンドですが、しかし私がもうず〜っと大好きで、その少なくもない短所らごと受けとめたい……と思うような存在です。
そういったわけで、アナーコ・パンクにいっそうの親しみを感じてしまいましたので、ぜひよろしくお願いいたします!
──で、さて。こんな駄文の雑文で、実に長くも長きにわたっている左派やら左翼やらの運動の歴史、その細部にまでふれるわけにはまいりませんが。それにしても、続くお話の前提めいた部分を見ておきますと。
──1960年代のヒッピー・ムーブメント勃興と爆発あたりから、コアな左派の運動の周辺に、何かとやみくもな反逆を志向する、カウンター・カルチャーやアンダーグラウンド・カルチャーらが、ちょっと同伴してきたように思われます。
そして、しかし。その両者の関係が、ほぼ部分的な合流でしかなかった……ということがあるのではないでしょうか。
アナーコ・パンク、その2っ!
そのカウンター/アングラの層による反逆とは、いにしえの〈よき保守派〉──いやまあ、とくに“いい”ってことはないですけれど──的な、モラルや文化や教養、その志向する秩序、それらへの反逆という側面が大きくありました。
ゆえにクソやかましいロックンロールなどを鳴らし、“非常識”で奇抜なファッションで身を飾り、性的な行動らと記号らと“逸脱”らを顕示し、ときには悪趣味にも走り、そしてドラッグへの耽溺などを隠さず、と……。
といったカウンター/アングラ層によるふるまいらが、規制秩序への反逆や反抗で、当時はあった。それもそうなのですが、かつ正直な、〈欲望の解放〉でしかない部分も大いにあった……ということは見逃せないでしょう。
──お上品さとエリート教育とおカタい“常識”らで武装し、とりすました〈よき保守派〉。くらいに言えもしたようなやからが、国家/社会の支配層であった。あくまでもその限りにおいて、述べたようなカウンター/アングラ層の態度やふるまいらは、〈反逆〉として成り立っていたのではないでしょうか。
いやはや、こうして回顧してみると、実にノスタルジックな20世紀の物語です。
それが、21世紀の現在はどうでしょうか?
ウラではロクでもないことをしているにしても、とりあえず人前では、良識や知性や品位らを持っていそうにしていた、〈よき保守派〉……。
そんな人物らは、もういません。死に絶えたのでしょう。
ヨーロッパではまだしもか知れませんが、ニッポンにはすでにぜんぜんいないし、アメリカでも、もうごくわずかでしょう。
そして、そうした種類の人々の、滅亡後──。かたちばかりの良識も、知性も、品位も持ちあわせない、下劣きわまる生き物らが、いま米日の両国を支配しているのです。
アナーコ・パンク、その3っ!
そして困ったことに、見方を変えてみるならば現在、その種のやからのほうが、よっぽど〈反逆〉しているとも言えるのです。
すなわち反知性主義の反理性主義の反人権であり、また誰がどう見てもアンチ・モラルなのですから。そしていっさいガマンのないヘイトの噴出という、ひとつのあっぱれな〈欲望の解放〉!!
そういう“要素”ら、または形式的な態度のところを、あのやからは、かのヒッピー・ムーブメント等々の周辺から、継承していてくさるのです。そのように見えています。
ですからトランプ/高市あたりとそれに追従するやからを、《ファシスト》呼ばわりするのは、さしつかえはないんですけれど、しかしちょっと違うとも思うんですよね。
というのは……。ファシズムであろうと〈保守〉主義であろうと、イヤにしても一種の《思想》です。しかしあのやからには、邪悪なものであるような思想さえもない。
そうではなくエゴイズムとナルシシズムしかない、そしてその部分によって、頭の悪い層の共感を集めている。ゆえに〈極右ポピュリスト〉と呼ぶのが、まじめに言うなら適切ではないでしょうか。あるいは、さらに適切な言い方があるのでしょうか。
人間らは誰しも、エゴイズムやナルシシズムらを完全に棄てることなどできません。しかし、ときには……ことによっては……ムリをしてでも……《規範》なるものを、それらの上に置く。べきである。
そして、そういう考えのぜんぜんなさが、あの極右ポピュリストらの特徴のひとつなのです。
それで、もはや──。クソうるさいだけのロックンロールをタレ流しているくらいでは、しんけんに怒ってくれる〈大人〉は、もういないのです。場所を選べ、とでも言われるのがせいぜいで。
あの《ディープ・パープル》なんて、暴走族/珍走団のテーマソングみたいなもんだと思っていましたが──そこまでは多少、“いい意味”で──そしていま、そいつら(の一部残党)にクツを舐めさせて悦んでいるのが、ニッポン国の総理大臣です。
そういえば?
チャック・ベリーさんによる最初期ロックンロールの名曲に、「ベートーベンをぶっ飛ばせ/Roll Over Beethoven」(1956)と、ありますが……。
しかし現在にいたるまでに私たちは、あまりにもベトベンさんを、“ぶっ飛ばし”すぎたのではないでしょうか?
すなわち、彼の音楽に込められた、全人類の融和と進歩への確信……といった崇高な理想らまでをも!
そういえば?
つい数日前、何かの参考になるかと思って、1990年代中盤の初期ガバーハウス(ハードコア・テクノ)を約2時間くらい、聞きなおしてみました。
そうすると、やたら多くの曲で、〈ファック! プッシー! マザファカー!!〉といった卑語らが連呼されており。〈ウム、ひとまず愉しそうではあるなァ……〉とも思ったのですけれど。
だがしかし。いまどきそんなふるまいを繰り返したとしても、それがどういう反抗になるのでしょう?
仮そめにもアメリカ大統領ともある人物が、SNSか何かでその〈ファック!〉という卑語を公言しているときに!!
そういえば?
何かのご本でスラヴォイ・ジジェクさんが、述べておられました。またウロ憶えのエピソードになってしまって、実によくないのですが……。
ロシアの大統領プーチンが、彼の荒廃させた、確かチェチェンの情勢について、何やら下劣なジョークを飛ばしたそうです。
それに怒ってジジェクさんいわく、〈仮にも一国の為政者たるもの、最低限の品位ってものをそなえているべきだろう!!〉。
……もはや〈保守派〉でさえもないような極右ポピュリストどもの言行が、いちいち下品で低劣すぎるので、私たち左派が、品位なるものを強く意識しなければならない……!
ここにおいて、カウンター/アングラ系サブカルチャーの、何かと規範を逸脱していくような態度やふるまいという部分が、左派の運動とあやうくも協調していられた時代が、完全に終わったと考えられるのです。
1968〜2003年の諸トラックのコンピレーション
そして、パンクロックにしても同じなんですよね。
〈反逆/反抗のジェスチャー〉というところだけは一貫していそうですが、べつに左派っぽい《思想》がバックグラウンドにあるとは限らない。
それは、ガバーハウスにしてもそう……というか、あれはもともと右翼くさい。ガバーをニッポンで受けとめた人々は、そういう部分を、あまり引きついでいない感じですが。
さてパンクであれば、その源流のひとつである1960年代のバンド《MC5》などは、はっきりと左派的ロックでした。それを追って'70年代に、《ザ・クラッシュ》や、また《クラース》らのアナーコ・パンク派などが続き……。
といったところはあるのですが、しかしどう考えても、それが“すべて”ではない。むしろ'80年代の早い時期にイギリスでは、〈右翼パンク〉なるイヤなものが台頭してしまっています。たぶん現在もあるのでしょう。
であるので。
〈反逆/反抗のジェスチャー〉“しかない”、のだとすれば、冗談にも一時はパンクスを気どっていたようなやからが、あの参政党ごときに誘引されてしまうのも、ぜんぜんない話ではないでしょう。
あのようにヘイトむき出しでレイシズムまる出しのカスだということが、逆に〈良識〉へと反逆しているカッコよさなのではという超カン違いも、《思想》がなければ可能なのでしょう。
言いかえて。〈よき保守派〉のようなジェスチャーを演じていたやからが、〈良識〉をひとつの盾にしていたような時代には、〈露悪〉もまた私たち側の武器として、あるていどは機能しえたのでしょう。
しかしいま現在、〈露悪〉は、エゴイズムとナルシシズムしかない極右ポピュリストらの主武器になり下がっています。
《思想》の裏づけのない〈反逆/反抗のジェスチャー〉は、現在において、むしろあっちのサイドへ寄っていく傾向……! それが大いにあるのです。
〈あえて権力者に媚びへつらうことも、また“ロック”〉
こんな吐き気しかしない妄言は、布袋何とか本人の言ではありませんが、まあ言ったようなことではありまして。しかし、ぜんぜん成りたっていないとも思えません。
すなわち、〈妄言もたいがいにしろ!!〉という〈良識〉ある人々の怒りを呼びおこしたのですから。内容や実質を抜きにした〈反逆/反抗のジェスチャー〉としては、何かしらの部分にて、成りたっているのではないでしょうか? ロックンロールがそんなものでしかないならば、という前提で。
かつまたこの権力にへつらっていくしぐさもまた、あの〈欲望の解放〉の一端である、とも言えるでしょう。いずれ勲章でもせしめて、国家お抱えのミュージシャンにでもなりたいような、〈欲望〉の。この恥知らずにすぎる挙動は、なかなかできないことかも知れません。
……ニッポンの作曲家として、私がもっとも尊敬する中のおひとりである浜口庫之助さん(1917〜90)は、そのご生前、国家からの叙勲の申し出を拒否しぬきました。
私の音楽は、民衆に同伴し、その歓び悲しみをつづるもの。国家にそれをいいとか悪いとか評価される筋合いは、まったくない。あの偉大さをきわめたベートーヴェンだって、勲章なんか受けとってはいない。浜口庫之助『ハマクラの音楽いろいろ』(1991)より要約
……ですから。先ほどから申しあげて、おりますように。ベトベンさんを私たちは、あまりにも、“ぶっ飛ばし”すぎてしまったようなのです。
さてもうそれこれで、このような情勢下、どうすれば、私たち左派は?
ここまであまり説明もせず《左派》と述べてきましたが、いや私にしても別に、共産主義者/マルキストではありません。
まず当面の課題は、現在の日本国憲法に書かれた、非戦主義および基本的人権の尊重──その精神を実現していくこと。ニッポンをまずよくし、かつ可能な限りニッポンから世界をよくしていく。
そう考えているわけですが、しかしいまはその態度がもはや左派にしてサヨクであるようなので、まあそれでいいです。
もっと研究してから別に書くべきですが、柄谷行人さんによる『ニュー・アソシエーショニスト宣言』(2021)から影響を受けています。たとえば、〈街頭の示威行動は大いにやるべき〉、かつ〈“プロレタリアートに祖国なし”では、もはやない〉……といった部分ら。
お話を戻し、〈ではどうすれば?〉の、前提として。
いままでばくぜんとは左派めいた運動らの同伴者だったようにも見られ、かつあるていどは機能していたサブカルチャーの類が、もはやそうとも限らなさすぎるということを、まず意識せねばならないでしょう。
ロックンロールは反体制なのか? いや別にそうでもないが(!)。
しかし、反体制のロックをやることも不可能ではなかろうとは、考えられる。
🔊 📢 🗣️
つい先日の、2026年4月19日。国会議事堂前の反戦・反改憲のデモに私は、参加しました。そこにつどった3万6千人の同志らの中のひとり、一分子として。
このときに、《路哲》を名のる左派集団──〈プロテストレイヴ〉の前記事にも、団体名が出ていました(★)──その活動の一部、生バンドの演奏に強い感銘を受けたんですよね。ひらたく言って、超アガりました!!
いやそれが、まあロックでしょうけれど、そもそも唄がないし、また首尾一貫した〈楽曲〉を演っていた感じでもありません。シュプレヒコールや短いスピーチらを盛りあげる伴奏だった、とも言えるのですが。
しかしそれにしても、とくに地鳴りのようなすっごい音を出していたベース! これに大コーフンさせられまして!!
〈何ンでェちくしょう、いまさらロックなんてと前から思ってたけど、まだぜんぜん使いみちがあるじゃねェかよ!!〉
……と、認識を改めさせられるにいたったのです。
かつまた。このブログの前記事であらためて賞揚した、アシッドハウスにしても、もちろんそうであり。
ここで私は、いちばんに自分が推したいブレイクコア/ヴェイパーウェイヴ/ハイパーフリップらの斬新な音楽に、そういう使いみちでの有効性が、ちょっとはあるのだろうかと、思い悩んでいます。
そうして。私たちの奉じている、〈非戦主義〉や〈人権尊重〉らの《思想》にもとづいて、使えそうなところを、うまく使っていく。その工夫と努力が、なされるべきなのではないでしょうか。
……とまあ。そんなにはいい考えが出ませんが、いまはここまでにて。
[sum-up in ԑngłiꙅɦ]
“Ultra-Right Populism, We on the Left, and a Certain Kind of Popular Culture”
To put it succinctly, the gist of the Japanese text above is this:
Since the rise of the hippie movement in the 1960s, a certain kind of counter culture and underground culture—one that condones blind rebellion and provocative behavior—has run alongside our leftist movements.
The “rudeness” of these subcultures likely held a certain efficacy as long as the ruling class—our enemies—consisted of pretentious individuals who prided themselves on refinement and education. Well, That may have worked then.
But that is a distant story from the 20th century.
Today’s 21st-century ultra-right populist leaders—such as Trump in the U.S., Takaichi in Japan, and so on—possess neither dignity, education, nor ethics. They are mere egoists and narcissists who garner support from like-minded individuals through their very vulgarity.
Now, “vulgarity” and coarseness have been reduced to weapons in their arsenal.
And under these circumstances, it seems using vulgar words like “f**k!”—as was common in 20th-century anti-establishment rock, gabber techno, and so on—has lost almost all meaning.
Especially when a figure who is supposedly the President of the United States is publicly declaring “fuck” on social media or something!
We on the left must consider alternative cultural and artistic means of communication to replace such tactics.
As you can see from the images included here, I believe we should seek to revitalize the fundamental spirit of Anarcho-Punk in a form suited to the present day.
Alternatively, music genres such as Breakcore, Vaporwave, and Dariacore—i.e. the cutting-edge music genres I currently advocate for most—might also serve as a source of resistance power. Perhaps.















![18 Carat Affair: N. Cruise Blvd [EP] (2009) - Bandcamp 18 Carat Affair: N. Cruise Blvd [EP] (2009) - Bandcamp](
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