ポスト真実のサウンド研究 20000020

- ヴェィ パーゥエィヴと仲間たち 欲望 複製 PØP -

Computer Wind: Behold Your Soul (2020) - 張りボテ天国への入場券、今なら超ディスカウント価格にて!

《コンピュータ・ウィンド》は在ブラジルを自称するヴェイパーウェイヴ・クリエイターで、2019年からBandcamp等に作品を発表しているニューフェイス(おそらく)。という、それ以外のことはいまだ分からない。
その最新アルバム“Behold Your Soul”をご紹介するわけだけど、これは自分にとって《違和感のないサウンド》だと言える。ユル系のヴェイパーを愛しちゃっている者の耳らには、きわめてすなおに入っていく音なのでは。

かつ、カバーアートやタイトルらにも表れているが、ソウルとかマインドとかスピリチャルとかに関わるコンセプトのアルバム、という側面もありそう。ここに流用されたサンプルらもまた、そういう傾向のまじめ&前向き系のR&Bか何かなのだろうか。
しかし盗用音楽(plunderphonics)を介して人にお説教だなんてどうしようもない話なんで、そこらはまあヴェイパー一流のウィットとでも受けとって。そういうことよりフェイズシフターか何かを使った「シュワシュワ〜」というジェットサウンドの気持ちよさ、そしてベニヤ板の囲いでできたようなキッチュな天国へのアセンション、それらの体験を楽しみたい。

と、オレはけっこうイイと思ったが、しかしとくべつにシーンで目立っているわけでもないコンピュータ・ウィンド。その存在を自分が知ったのは、YouTubeというプラットフォームでのヴェイパー界をリードしている《Vapor Memory》さんのご紹介による、と言える。
このヴェパ・メモさんが彼のチャンネルのコミュニティで、「近ごろつべによるブロックが厳しいので“BitChute”に動画をミラリングしつつある」と発言していたので()、どんなものかと見に行った。そうしたらちょうどこのアルバムがトップに出ていて、とりま再生してみたらワリとイイ感じ、となったのだ()。

ところでこの、YouTube等へのオルタナティブであろうとしている動画プラットフォーム、BitChute(開業・2017年)。日本語の世界ではあまりウワサを聞かないけれど、英語の世界ではあまり評判がよくはないもよう。
というのもチェックのユルさをいいことに、つべから追放された極右と陰謀論者らが、それを活用しまくっているからだとか。英バークシャーに在する運営会社そのものがそれをあおっているのかどうか、そこは不明のようだが。

われわれのヴェイパーウェイヴなんて極右とはもっとも縁遠い、どっちらけ時代の乾ききったおセンチ音楽くらいに考えていたが──とはいえそのニヒリズムが右翼的マインドに裏返る可能性がないとも言えないが──。しかしひょんな事情から、そういう方々と呉越同舟をキメるハメにもなったりする、とはねえ。
SNSの世界にも“Gab”というプラットフォームが存在し、これはリベラル寄りの発想から生まれたマストドンの派生物でありながら、しかしウヨクの巣窟であるという。利権追求とタテマエのかたまりである“GAFA”の支配から逃れたいのは右も左も同じというわけだろうけれど、しかし──。

ʍindƨpring ʍeʍorieƨ™: @_@ (2014) - ばくぜんとした快楽のしつような現前

この《マインドスプリング・メモリーズ(MindSpring Memories)》を名のるヴェイパーウェイヴ・クリエイターの実体はエンジェル・マークロイド(Angel Marcloid)という米シカゴの人だと伝えられるが、この現在は女性であるエンジェルさんは、そう遠くもない過去にはジャスティン・マーク・ロイドという男性であったらしい。そして2006年あたりから現在までこの人があちこちで使い散らしてきた芸名やバンド名の類は、おそらく30コ以上にものぼるもよう。

ヴェイパーの世界ではありがちと言えばそうだが、にしてもそんなでは、まるで確立された《アイデンティティ》みたいなものから逃避するための音楽活動なのか、という気もしてくる。けれども──。
──けれどもこういうのが、実に21世紀の《いま》だ。あちこちの掲示板やSNSやネットゲーム等で、多数のハンドルネームやパーソナリティや性別などの属性らを次々に使い棄てるわれわれの無責任さを代表しつつ、そんな態度を可能ならばアートっぽい地点にまで昇華させるべく、ヴェイパーはこのようにある。という気もしなくはない。

さて、安っぽいエレクトロニック音楽での活動歴はけっこう長いらしい現エンジェルさんの、ヴェイパー部門での第1作であるらしいのがこのアルバム、“@_@”。2014年リリースということは、ヴェイパーの草分け時代の末ごろの作品だと見られそう。ちなみに《ʍindƨpring ʍeʍorieƨ™》という異様な字面のバンド名が使われていたのは、これ等の初期作だけ。

で、やっていることは、大むかしのポップスやスムースジャズみたいなサンプルらをほどよくスローダウンして、さらにリバーブのドロドロシロップに漬け込む、というおなじみのヴェイパー作業なんだけど。しかしこのアルバムには、何かふしぎなテンションの高さがあると受けとめた。
いい意味で“作っている”感じがするというか、楽曲の長さにけっこうなコントラストのあることも、ちゃんと構成されていることの証しなのでは。にもかかわらず聞いている感じがきわめて迷宮的で、同じものがずっと続いているような既視感ならぬ既聴感、そのばくぜんとした気持ちよさの持続感だけが強く印象に残る。

じっさいアルバム中盤のピークをなすだろうスムースジャズ風の曲らには聞き憶えがありすぎで、ヘアカッツ・フォー・メンあたりが同じサンプルを使ってるのでは、という疑惑も残る。が、そんなところを深く追及してもあまり意味がなさそう。安直きわまる快楽を求めてやまない憧れの心が、ひたすらに長い時間くすぐられ続ける、そしてそのこと自体を快楽と感じているわれわれがいる。

Laurent de Schepper Trio: Action at a Distance (2019) - 奇妙なトリオの奇麗な音空間

ジャズをベースにエレクトロニカとインディロックの方法やテイストをあわせ、海外の地下音楽シーンで絶賛されているらしい《Laurent de Schepper Trio》()。バンド名の読み方がよく分からないので、いまここではローラン何とかトリオと呼んでおくけど。

そのローラン何とかはフランス人の名前かのように思えるが、しかしどういう人物かは分からない。このグループのメンバーの名前ではない。そもそもこのトリオはライプツィヒ出身のドイツのバンドだし、そこはナゾ。
余談を重ねてしまうが、このトリオの前身と見うる過去のバンドの名前が《Les Clochards du Monde》、たぶん仏語で《世界のルンペン》。なぜか彼らにはフランス語を使いたがるクセが、一貫してあるもよう。
ただし、世界のルンペンのサウンドは別ににどうでもいいようなローファイ・オルタナロックだったようなので、音はぜんぜん違う。大いに変わった。というルンペンからローランへの、飛躍の過程もまたナゾ。

まあ名前のことはいいとしてローラントリオは、基本的には生で演奏されたっぽいサウンドを奇妙なテクノロジーで前後左右に拡げ、甘さを加味し、実に心地よい空間を作っている。こういうサウンドはどこかで聞いたことあると思ったら、才人エイダン・ベイカー()のエレクトロ・アンビエント・サイケ・ジャズ路線に似てなくはなさそう。

がしかし、シンセっぽい音を入れてくのにためらいがなさそうなベイカーさんに対し、ローラン何とかトリオは生っぽいところにより強いアクセントを置いていると考えられる。そこにフレッシュさを、自分は感じたらしかった。

ところでローラン何とかトリオのメンバーは、エレキベース、ドラム、サックス&エレキギター(持ち替え)の3人。これだと、いわゆる上モノを一人で担当している人がヤケに忙しそう。
実はアルバムらを順番に聞いていくと構成に変化があり、1stの“Aquanaut”(2013)ではサックスが無用にエモーショナルなブローイングをご披露し気味だったが、そこから最新アルバム“Action at a Distance”(2019)に向かい、サックスを引っ込めギターを出して、より構築的なサウンド作りへと彼らは進んでいる。
これはイイことだ、エラい、と自分は深く思ったんだ。半分はこっちの事情なんだけど、サックスの音とかそんなに聞きたくないってのもアリで。

VA: Karlrecords, Parakustiks #2 (2020) - いまわれわれのアートが失うべき拘束の《鎖》とは

在ベルリンと称するカールレコーズ・レーベル()のコンピレーション名曲集・第2弾。カールってどこのカールかと思ったらマルクスさんのことみたいで、そういう《左派》っぽいエクスペリメンタルなエレクトロニック大会でありそう。

で、ワリとキビシい楽曲が多い中で注目すべきと思ったのは、ライプツィヒ出身のジャズ+エレクトロニカのバンド《Laurent de Schepper Trio》()。これはまた別に、個別の記事でちゃんとご紹介すべきかと。

その他、アルバム後半はけっこう眠い曲が多くていいかなと思うんだが。しかし前の方に入っているクセナキス、ケージ、灰野敬二様──といったこの業界の古株、彼らの名前で象徴されるような方向性──そういうのもう、今21世紀にどうなんだろうかという気はする。単純にうるさいしPOPじゃないし。

ひとつふざけたことを言うと、〈自分ではあまり聞きたくないが、人にはぜひ聞いておいてもらいたい音楽〉ってあるなって。自分では読まないマルクスエンゲルス全集だが、しかし日本では絶版になったと聞いたら寂しい、みたいな感じかも。
で、このオムニバスがまるごとそんな感じだったらせつねェなァと、一時は思ったんだが。

しかしローラン何とかトリオを筆頭に意外と前向きな要素があったんで。そこで《前衛》っぽい音楽にしろ、批判的なアチチュードにしろ、まだ何かイケそうと思うんだよね。

【追記】 文中に出た《Laurent de Schepper Trio》の紹介記事はこちら()。

Jonsi & Alex Somers: Lost and Found (2019) - わたしは昇る

アイスランド出身のポストロック系有名バンドである、シグ・ローシュ(Sigur Rós)。そのメンバーらによるアンビエント系ユニット、ジョウンシ&アレックス・サマーズ。
そしてその傑作1stアルバム“Riceboy Sleeps”(2009, )から、ちょうど10年ぶりのフルアルバムが、この“Lost and Found”。

サウンド傾向は10年たってもあまり変わっておらず、深みある空間の中でナマと電子の音素材らをやさしく融合させていく。メロディックでありドローン風でもあり、どっちにも行ききらないバランスの取り方がうまい。

このユニットでひとつ、前作とあわせて特徴的だと思うこと。メロディなんてものはいったん上がったら下がるしかないわけだが、しかしジョウンシ&アレックスの楽曲は、音程が上がったまま高みに張りついた感じの演出に妙味がある。
ふつうアンビエントの作り方として逆に、音程の下降する局面を強調して位置エネルギーの低みと安定感を演出するのは当然アリだろう。しかしこのユニットは上昇と高さの局面にアクセントを置いて、それが独特の浮遊感──ふみ込んで言えばウツから抜けていく感じ──の創造に貢献している。

ところでこの新作アルバムの2曲め“Boy”は、前作でもっとも印象的だったトラック“Boy 1904”の……何と言うかリエディット、もしくは焼き直しだと考えられる。
テクノロジーの補助によりコーラス風にボカされた女声ボーカルが、宗教曲みたいにきれいなメロディを歌い上げる、このユニットの真骨頂らしき部位を示したトラック“Boy 1904”。すばらしいのでもういちど、という気持ちはまあ分かる。

ところが奇妙なのは、リエディット版と目される“Boy”は旧バージョンより約3分ほど尺が長いのだが、それは大まかに言えば旧バージョンの末尾に新パートが付加されたせい。で、その新パートが、何かちょっとヘンな感じのドロンドロンしたドローンなのだ。
自分の推測によればこの新パートは、もとから存在した要素をデジタル加工でスローダウンか何かさせ、ついでにリバーブ等をかましたもの。つまり、おなじみのヴェイパー処理に近いことがなされている(らしい)のが興味深い。