エッコ チェンバー 地下

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『時計じかけのオレンジ』 - および、ベートーヴェン/ハトよめ/バッハ

アンソニー・バージェス時計じかけのオレンジ(1962)──何らかのかたちで皆さんもご存じであろう、20世紀の名作文学です。

この小説『オレンジ』のことを、私が久びさに思い出したのは……。ツイッターにて〈ヤングアダルト層への推せん図書!〉として、かのHKE(Lucid)さんが、そのタイトルを挙げていたからなのです()。

と言われた《HKE》とは、もちろんデヴィッド・ルッソさん()。ずっとこのブログが、ヴェイパーウェイヴの関係のヒーローのひとりとして注目してきている……ああ、その人です!
かつ。ついでのように申しますけれど、会話のなりゆきでこの書を推された若きミュージシャンは、確か現在まだ17歳の俊英である、《The Monarch》さんです()。

さて。じっさいに『オレンジ』が名作ですから、その推せんされることについては、まったくの同意しかなかったのですが。
ですが、まあ、それをきっかけに……。それを私が読んださい、考えたことなどを書いていこうと、いましているのです。

🏛️ 📚 👀

まず。『時計じかけのオレンジ』は、1962年に出版され……。当時としての近未来である1980年代あたりに想定されたディストピアを描いている、とも言えましょう。

そして主人公のアレックスくん15歳は、どうしようもない不良──というか、とても手のつけられぬひどい悪童として、ご登場なされます。
それで彼は、暴行/窃盗/器物の破壊/レイプ、などなどの悪行メニューを全こなししたその上で、さらに、ちょっと強盗……という気持ちで押しいった家の老人を死なしめて、とうとう刑務所に入れられてしまいます。

それで。いきなり私に大きなショックだったのは、小説のほとんど冒頭──。

アレックスくんとその徒党が地下鉄に乗りこみ、そしてナイフを取りだし、何の意味もなく座席のシートをズッタズタに切り裂いて、〈ヒャッハハハー!〉と大悦び──と、いうくだりでした。

ああ、いや。悪事にしても、たとえば何か価値のある金品などを、盗むとか奪うとかいうことは、まだしも分かるでしょう。あまりよく分かっては、よくないですが。
だがしかし、そういう功利性が何もない、公共的な器物の破壊ということ──。常識だかモラルだかに縛られ飼いならされた私たちとしては、ふだん、思いつきもしないはずのことですが──。

ですけれど。実のところ人間らの中には、そういう衝動もあるな──ということは、憶えておくべきなのでしょう。いざ、というときのために。

というのも。じっさいに、近ごろ各国で発生している暴動らにさいし、略奪の発生などは、〈まだ分かる〉──が、あわせてそうした無益で無軌道な破壊行為らが、報告されているでしょう。
そういうところに、われらのヒーローである〈アレックスくん〉が、現に実在していることを認めるでしょう。

Beethoven: Symphony No.7 by Karl Böhm/VPO/1966 - YouTube
Beethoven: Symphony No.7 by Karl Böhm/VPO/1966 - YouTube
この『ベト7ベーム』、そのグラモフォン盤は亡き祖母からプレゼントされたレコードとして私に親しい

ところで。

そのように無軌道で乱暴なアレックスくんですが、そのいっぽうの趣味が、クラシック音楽の鑑賞であるということ──それもまた、よく知られていそうです。
とくに彼が好んでいるベートーヴェンさんの、確か第七シンフォニー。それをめちゃくちゃに大きな音で鳴らしながら、実にいい気分で、十代なかばくらいの少女らをドラッグで酩酊させてレイプ──という場面など、かなり有名でしょう。

その趣味の面からもうかがえることですが、どちらかと言えばアレックスくんは、バカではなくかしこいし、それに育ちがひどく悪くもありません。
にもかかわらず、悪いことばかりしている──それを無為な反抗であるなどと、言えるものかどうなのか──そこらがまたこの小説の、妙味でもあります。

少しだけ言及いたしますと、この物語の根底には、執筆された時代のイギリスの、労働党の主導によって実現された《福祉社会》──いわく、〈ゆりかごから墓場まで〉を、国家がケア!──そこで感じられたらしき停滞感や閉塞感、といったことがありそうなのです。

つまりアレックスくんの家庭は労働者階級に属し、ご両親は共働きですが、それほど貧しくはありません。ですけれど、そこからの社会的な上昇のきざしは、何もありません。
そして。おとなしく流れに沿って生きていれば、アレックスくんもまた、いずれそのご両親と同じような職に就き、似たような家庭を持ち……。そして、ひどく貧しくはないが停滞した生活を送ることになるだろう……と、見込まれるのです。

で、そうした閉塞感への挑戦や反抗らであると、アレックスくんらによる悪行たちを、見られなくはないのですが……!
かつまた。マーク・フィッシャーさんのご指摘によれば、追ってそんな〈停滞した福祉社会〉とやらを、M・サッチャーさんらの保守政権がぶち壊したので──。ゆえに貧しさとみじめさが晴ればれと、英社会にリバイバル。そして階層的な不安定さが心理面の不安定ともなって、人々を苦しめている──とのことですが……!

……と、そのあたりまで今作『オレンジ』を、拝読したとして。
押し込み強盗からの傷害致死でアレックスくんが捕まったところで、まだこの小説の、さいしょ三分の一くらいですが。
だいたいそのあたりで、私の脳裡に、ちょっとした疑問がきざしました。

《文化》のきわまりとさえも呼べるベートーヴェンさんの音楽に対し、暴力や破壊っていう行為らが、どうも結びつかないな……と!

🏛️ 📀 🎻

あえての飛躍や、イメージの大きなギャップの演出などを、ねらった描写だったりするのでしょうか?
たんにそれを考えていても仕方がないので、私は──。
次に図書館に行ったとき、確認のため、シンフォニーやら何やらベトベンさんの音楽のCDたちを、借りられるだけ借りだしたんですよね。

あ、ちなみに。
図書館からむずかしそうな書物らを大量に借りだすオッサン──という人が、作中でアレックスくんとその徒党に、意味もなく〈何ンか気にくわねェな!〉として、ひどい暴行の被害をこうむっています。
私なんかも図書館の行き帰りには、よく気をつけましょう!

Beethoven: Symphony 9, 4th mov by H.v. Karajan - YouTube
Beethoven: Symphony No.9, 4th mov. by H.V. Karajan - YouTube
詳細不明ですがカラヤンさんが若いだけに(?)、ものすごい急速テンポの演奏!

それで。
C・クライバーさんやカラヤンさんらの指揮によるシンフォニー全集であったか何かを、いちおう聞きとおした上で──。
──〈そういうところが、なくはないな!〉という印象を、私は得たのです。

ベトベンさんの音楽には、暴力や破壊への衝動をエンパワーするようなところが、絶無ではない──と、私は感じたのです。

すなわち。シンフォニーなら第五/第七/第九あたりのフィナーレ──。あるいは歌劇『フィデリオ』の、さいごのシーケンス──。

つまりあの、実に輝かしき、アレグロ・コン・ブリオ〉のたぐい──。

ああした巨大なエモーショナルな盛りあがりの熱烈ホットであることに、とくに定まった方向性が“ない”であったならば、それが暴力などをがんばるという衝動に、結びつかないこともないであろう──と!

……かのナチス・ドイツの、プロパガンダ手法──そうしたものでも、ある種の〈アート〉──が、ソビエト・ロシアの建国当時のそれたちを、厚顔無恥にパクりまくっていることは有名でしょう。
人間らのエモーションを〈操作〉する手法らは、志向の左右や目的などを変えてみた上でも、実に有効であるわけです。

──ナチスといったら、こんな話も聞きました。

アウシュビッツダッハウ強制収容所らで、無この人々の虐殺に従事していたナチスらも、ぜんぜん文化の分からない野蛮人だったわけではない。
たとえば昼食のあと彼らは、囚人であるユダヤ人の楽師らにモーツァルトベートーヴェンなどを演奏させて、その心を慰め……。
そして、〈さあ午後もがんばるぞ!〉と、虐殺の作業にいそしんだのであった。

いや、実はこのエピソード、どういうご本で読んだものなのか……。それをぜんぜん想いだせなくて、そのソースも何もないんですが。
ともあれ、ありそうなお話ではないでしょうか? ですよね?

ですので。もしも、〈アートによるエンパワーメント〉などというカッコいいものが、仮に実在したとしても──。
──だがそれは、必ずしも、いいことだけに使われるのではないようなのです。

で、さて。ここで私たちは、小説『時計じかけのオレンジ』のことに戻り。

そうして刑務所にブチ込まれてしまった、われらのアレックスくん。
だがそこで彼は、クラシック音楽とオーディオ機器の扱いにくわしいことを買われて、所内の礼拝のお時間の、音響係を拝命します。ミスター・DJの誕生です!

それでバッハさんやヘンデルさんらの宗教曲のレコードをかけて、〈こういう音楽もいいじゃん!〉と、彼は悦び──。また、その影響で、少しおだやかな性格になれたようなのですが──。

──と。このあたりを見て、私は。
ベトベンさんらとはまた異なる、たぐいなき崇高さをきわめたJ・S・バッハさんの音楽の有する、ある根本的な偉大さ……ということに想いいたったんですよね。

Bach: Matthaeus-Passion by Karl Münchinger (1965) - YouTube
Bach: Matthaeus-Passion by Karl Münchinger (1965) - YouTube
原曲は約3時間ですが、ラスト7分の大詰めのところだけでも、何かが…

すなわち、それは。バッハさんによる音楽のどこをどう叩いても、そこに暴力への衝動をあおるようなものは、何もない──ということです!

ですから。かのいまわしき虐殺収容所のナチスらも、多少は音楽を愛する者であったならば、たまにはバッハさんのマタイ受難曲でも聞いたらよかったのではないでしょうか?

たったひとりのユダヤ人が、その命を奪われたことに対する、あまりにも大きな哀しみ/嘆き/無限に永遠に引きつづく後悔と罪の自覚──。バッハさんはそれたちを、彼の至上のペンによって《真実》として、描きだされました。
その至高の芸術の価値が、少しでも分かるならば、さらに数百万のユダヤ人らの命を奪うなど、どうしてできるものでしょうか?

そして。べつにディスってないですけれど、しかしモーツさんやベトベンさんらの音楽には、そうした平和の尊さに目ざめさせるような効用が、絶無でもないにしろ、やや薄いとか……。そうであるのかも、知れません。

猿渡哲也『TOUGH 龍を継ぐ男』7 - 集英社
猿渡哲也『TOUGH 龍を継ぐ男』7 - 集英社
鬼龍さんの姿勢がちょっとジジむさくて人生の悲哀を感じますね

ここでへんな例を挙げますが、猿渡哲也先生による超傑作バイオレンス劇画、『TOUGH』シリーズ……。その主人公の血族の一員で、延々とことさらに悪役を演じつづける人物《鬼龍》さん。
むだに多芸多才なこの鬼龍さんが作中、モーツァルトさんの遺作である名曲『レクイエム』を、手すさびにピアノで演奏します(『TOUGH 龍を継ぐ男』7巻・Battle.81)。

が、そうかといっても暴力のむなしさへの気づきなどを、得たりもせず。彼は自分がねつ造した自分かってな死のオデッセイに、酔いしれつづけます。
というそのことが、へたをすると多少だけ、モーツァルトさんの音楽の力不足──までは言わないが、そのある種の性格によるのだろうか……。などと私は、邪推し臆断したりもするのです。

ただし。追って読みすすめれば、いまご紹介したおタフのいちエピソードは、ある目的のための、作中人物らによるお芝居の一環であったのか──とも、考えられなくはありません。ですがいまは、ただ表面的に、それを受けとっておきます。

──と、そしてまた、思いあたることがあります。

それからナチスが敗れさったあと、荒廃のドイツの楽壇に、いろいろなことがあったようですが──。まあ詳しくは存じ上げませんが、フルトヴェングラーさんがベルリン・フィルから追放の憂きめに遭い、そこでカラヤンさんとチェリビダッケさんが、その後がまの座を争うなど──。

ですが。私から見ると、そのむざんな焼け跡から、すぐれたバッハ演奏者たちがたち上がってきた──。そういう景色が、また見えるのです。
つまりは誰かと申しますれば、たとえば指揮者では、K・ミュンヒンガー、H・リリンク、H・ヴィンシャーマン、鍵盤ではH・ヴァルヒャ、さらに双方をよくしたK・リヒター、といった各位です。

もともとバッハ作品たちが、ドイツ人らの〈お国もの〉レパートリーではあるにしても。挙げたようなドイツのすぐれた演奏家たちが、およそ1960年代までのバッハ演奏のモダーンな〈規範〉をうちたてた──と、言ってよいかと思います。

それで、想像が半分で、私は申すのですが(!)。その時期のドイツには、バッハ演奏の、ちょっとした〈ブーム〉があったと思うんですよね。
というのも。20世紀の前半に名をなしたバッハ演奏の達人は?……と考えても、あまり大きな存在が、思いあたらないし……。まあ、チェンバロという楽器自体を復興させた、ポーランド出身のW・ランドフスカさんなどがいましたが……。

しかしそれから戦後になって、さきにご紹介したバッハ演奏のスペシャリストたちが、ドイツから、とても大きなものとして台頭してくれました。
比肩するような存在らがないと思うんですよね、それ以前には。

バッハさんに限らないバロック音楽ということで言うと、ミュンヒンガーさん演奏によるヴィヴァルディ『四季』のリリースが、1953年。これが、きわめて大きなセンセーションだったそう。
同じレパートリーをさらに、ヴィヴァルディさんの地元イタリアのイ・ムジチ合奏団が吹きこんで、1959年の盤が超々々ヒット作に! そのインパクトが、現在にまで続く〈バロック音楽ブーム〉を誕生させた……などと言われます。

そして。ことさらに〈ブーム〉などと呼ばれたからには、それ以前にはバロック音楽が、あまりはやっていなかったということでしょう。
バッハさんの音楽は〈バロック〉そのものともまた違うのですが、しかし込み込みで、それらの演奏と鑑賞が、盛んになっていった事実はありそうです。

──と、あまり強固な根拠はないわけですが。そうして戦後のドイツに、バッハ演奏の多少の〈ブーム〉があったとして。
その理由のひとつが、バッハさんの音楽の根本的にして根底的な性格──暴力に抗し、平和を希求するもの──そこにあったと信じこむことも、単なる私の想いなしにすぎないとは、考えておりません。

🏚 🎶 ❌

そもそもです。風聞するには終戦直後のドイツの楽壇では、いかにもナチスの国粋イデオロギーの折り紙がつけられていたようなレパートリーらが、上演の禁止とか自粛とか、そういうことがあったらしいんですよね()。
それでR・シュトラウス作品あたりに並ばされ、ベトベンさんの作品なども、残念ながら一部は、その対象だったらしいです。

──で、そこで、満を持して、バッハさんへのスポットライトです!
これほどまでに非ナチで反ナチのクラシック音楽なんて──新ウィーン楽派の方面などは、少し別のものとして──ないわけですから。

それだったら、ドイツに進駐していた連合軍の関係の方々も、にんまりと大オーケーだったでしょう。
そうしてバッハさんの音楽の崇高なる響きに浴しながら、当時のドイツの方々は、こうも考えたのでしょう。

われわれドイツ人にしたところが、生まれながらにその全員がナチスだったわけではない──。つい先日までの“あれら”は、何かのまちがいだったのだ──。かつてこの大バッハによる音楽をドイツが生みだしたことが、その証左である──。

Bach: Violin Concerto No.2 in E Major BWV 1042 by Hilary Hahn - YouTube
Bach: Violin Concerto No.2 in E-Maj BWV 1042 by Hilary Hahn - YouTube
冒頭のわずか1分弱によってさえ明らか、ハーンさんの天才であることが!!

で、それで。バッハ作品の演奏史の続きを、少し見ておきますと。

それが困ったことに、1960年代以後のドイツは、そんなには偉大なバッハ演奏家らを、輩出してないと思うんですよね!

この道において、よくも悪くもきわめて大きな影響力のあったG・レオンハルトさんの一党は、そのベースがオランダです。
さらに、現21世紀の注目すべきバッハ奏者の方々は、R・バーラミ、I・レヴィット、ヒラリー・ハーン、さらにヴィオル合奏団であるファンタズムやフレットワーク……。1947年生のP・ヘレヴェッヘさんあたりにも、まだまだ大いなるご活躍を期待しつつ……。
……といった各位になるわけで、ドイツの人が、ぜんぜんいません!

あ、いや。あらためてよく調べたら、ユリア・フィッシャーさんなどが、ドイツの人でいらしましたが。
ですが、どう見ても聞いても、1960年代以降のバッハ演奏のトレンドと最先端は、ドイツ人ではない方々が、それをリードしています。

──ああ! これもドイツの連邦共和国が、やがてNATO体制のひとつの中枢を担うにおよび、暴力を憎む心などを失ってしまったせいなのでしょうか? などと申すのはぬれぎぬ、いいがかりなのでしょうか?

しかし、また、話を戻しまして。

小説『時計じかけのオレンジ』のヒーロー、アレックスくん……。彼もそのまま、おだやかな日々をバッハさんらの音楽とともに送っていれば、追って意外にすんなりと更生できたのかな……とも思うんですよね!

ところがお話はそこから急展開し、へんな人体実験のモルモットになることで、アレックスくんの運命がどうにかなってしまいます。
だが、そこからがこの小説の、ほんとうの山場なのか──とも思えるのですが。しかし、いまこのテクストでは検討しません。

🕊️ 🐸 🐭

──で、そうして、さいご。
私からのお話に、ちょっと思わぬようなところから、オチをつけましょう。

──もはや歴史的な存在とさえも呼べるギャグマンガの大傑作、ハグキ先生によるハトのおよめさん(1999-2012)。
そのシリーズのわりと初期に、こういう物語があるのです(単行本・2巻「ハトビームの21」)。

メルヘンめいたどうぶつの世界の住人である、ハト一家。その長男の子バトがハムスターを飼いたいなどと言いだすので、彼らはペットショップへ。
そしてその場でふと見た一匹のカエルを気に入ったので、購入しようとするのですが……。そこで、難題っ!

ショップのマスターらしきどうぶつ──ネコ系かイヌ系か、何のけものであるのか不明──が、〈飼い主として ふさわしいかどうか 面接します〉と、取り引きの前に、人格テストのようなことを課してくるのです。

それでわれらのヒロイン〈ハトよめ〉が、おとくいのトンチンカン&バイオレンスな答らを返すので、たちまち彼らは失格寸前に……っ!
それでは困ると、ネコをかぶってみたのでしょうか? 続いた質問、〈好きな音楽は?〉との問いに、ハトよめさんは柄にもなく(!)、こう答えるのです。

クラシックです
バッハを愛しています

ところがそこで、設置されていたウソ発見機が、しっかりと作動……! けっきょくは何も買えずハト一家は、お店を追いだされるのですが……っ!

──ですが。

ここで私は爆笑しながら、そして。そうであるべき秩序〔コスモス〕をさし示し、また暴力性のなさや正気であることらを《意味》していそうな音楽として、他ならぬわれらのバッハさんがその名を指されていることに対し、きわめて大いなる共感を覚え、とても深い肯定を感じたのです。
──さすがは〈われらのヒロイン〉であるだけに、ハトよめさんは、よく分かっているのです。とはいえ、その身にはついていないようですが……っ!!


A Clockwork Orange - And Beethoven, And J.S. Bach

[sum-up in ԑngłiꙅh]
"A Clockwork Orange" (1962) by Anthony Burgess... A literary classic of the 20th century that you probably know in one way or another.

And one of Vaporwave's heroes, HKE (Lucid), recommended this book to young adults on Twitter in April 2023.
I agree with the recommendation, as it is a real masterpiece.

But while I'm at it, I'd like to share my own thoughts about the novel "A Clockwork Orange".

You may know that Alex, the boy who is the protagonist of "Orange", is a terrible bad boy who delights in violence and destruction, also a lover of classical music. Especially he likes Beethoven.

So, a little question has arisen in my mind.

Beethoven's music, which can even be called the pinnacle of culture, can't be linked to acts of violence and destruction...!
Is it a deliberately intended depiction of the big gaps in the image?

To answer that question, I borrowed as many CDs of Beethoven's music as I could from the city library. That was a long time ago.

After listening to them, I thought... It's possible!

It's possible, because there are too big hot rushes of emotion, like the finales in Symphony No. 5 in C minor or opera FIDELIO... If there is no specific direction, they can intensify the impulse toward violence!

By the way, let's go back to the novel "A Clockwork Orange".

Caught in the midst of his misdeeds of robbery and manslaughter, Alex is eventually sent to prison. There, because of his knowledge of classical music and audio equipment, he is assigned to be the sound man for the prison's worship service.
So He play the records of religious music by Bach, Händel and etc, he was delighted and said, "This kind of music is good, too!" Also, it seems that he has become a little calmer under the influence of these experiences.

And this reminded me of the greatness of the great Bach's music, which is different from Beethoven's.
That greatness is that there is nothing in Bach's music that stirs up the urge to violence.

I've heard a story that even the Nazis who were engaged in atrocities in concentration camps like Auschwitz were soothed by the music of Mozart, Beethoven and etc.
Then. If they were music lovers, why didn't they listen to Bach's Matthäus-Passion once in a while?

The sorrow, the grief, the endless regret and guilt over the loss of the life of a single Jewish person... Bach depicted them as TRUTH with his supreme pen.
How could anyone who could even remotely comprehend the value of this highest art take the lives of millions more Jews?

This is not to say that there is anything wrong with Beethoven's music. I am not saying that.
However, I believe that J.S. Bach is the most irreplaceable composer in the history of mankind, who clearly depicts the abhorrence of violence and the desire for peace in a total of 24 tonal joys and sorrows!

Therefore, I believe that our hero, Alex, could have been rehabilitated with unexpectedly ease if he had served as a sound man for worships for a long time. By being exposed to the sublimity of Bach's music.

But as you all know, the story takes a sharp turn from there. By becoming a guinea pig for human experimentation, Alex's fate is greatly bent.

It was a shame, but as a novel, that's probably the start of main point. It's worth discussing in depth...
But for now, let us avoid it and end this article with a confirmation of the greatness of J.S. Bach's music!