ポ  サ  研

─ Post-Truth Sound Lab, Vaporwave / Désir Duplication Répétition ─

音楽を愛さなかった偉人たち - The greats who didn't love music

モーリス・ブランショさん(1907〜2003)という著述家の書いていらっしゃることは、いつも実に難解……というか、あまり正直よく分かりませんが。
しかし何かすごいような気がして、ついつい大いに尊敬してしまいます。

そのブランショさんの著述でも、きわめて印象的なのが、彼の特有のカフカ論です。
そしてその中に、こういう一節があったような気がしているのです。

カフカの文学は、音楽というものを分からず愛さないものであってしか、書けないようなそれである。

どうも私の記憶によりますと、音楽を分からず愛さないものにしかできないような、自分の追いつめ方があって。その産物のひとつがカフカ文学である──のようなことをブランショさんが、つづっていたような気がします。

そこで私は、何かふに落ちたんですよね。
からきし自分に文才がないことの理由は、音楽めいたサウンドを──別に〈分かって〉聞いてはいないですが──愛しすぎているからか、と!

……いや、ところで、いきなりなのですが。ブラさんの描いた〈音楽を愛さざるカフカ〉というイメージには反対意見がすでに、なくはありません。

ヴィルヘルム・エムリッヒさんによる研究書『カフカ論』(1958)──名著であるとも言われるが近年あまり参照されない感じ──には、その正反対に、〈音楽を愛するカフカ〉というイメージが描かれています。
その例証として、たとえば『変身』のヒーローは、へんな毒虫に変身してしまったあとも、彼の妹の弾くヴァイオリンの音を聞きたがり()。また短編『ある犬の探究』には、なぞめいた音楽をにぎやかに響かせるふしぎな犬が登場する──などなど。

というエムリッヒさんのお説に、ぜんぜん分がないとも思わないのですが。しかし私がみょうに感じ入ってしまったので、とりあえずいまはブラ説を採用しておきましょう。

そしてそこから考えたのは、カフカさんの同類がきっと何人かいるはずだ、と!
音楽を愛さないことと引き換えにすばらしい創造をなしえたものが、人類史にカフカさん独りだけだったとしたら、せっかくのブラさんの卓説も、やや迫力不足というものでしょう。

そういうところから、私の捜査網(ザ・ドラグネット)に引っかかってしまった方々を、以下にご紹介したいと思います。

まずは、私たちの崇拝してやまないフロイトさん、なのですが。
この方は文学や美術にはきわめて明るく、語ることも多かったが──その趣味はきわめて古典志向だったにしろ──、しかし音楽についてはあまり、という疑惑がいだかれています。

この告発については、現在までに反証が何もない、と言えそうです。〈実は私は、音楽というものを、あまりよく分からなくて〉……ということを白状なされないまま、私たちの師は遠くへと旅立たれたのでしょうか。

ですがいっぽう、師の編みだした《分析療法》は、〈聞く〉ということのひたすらな追求である側面を持ちます。クライアントらのおしゃべりを〈聞く〉ことに注力しすぎたあまり、師の耳は、それ以外の時間に休息を求めたのでしょうか?

シュルレアリスムの提唱者、詩人であり小説家であったブルトンさん。むろんの話、強くフロイト師からの影響をこうむっていたお人でもあります。
そして少々意外なのですが、この方は何番めだかの『シュルレアリスム宣言』か何かにおいて、かなり強力な《音楽無用論》を提示していたとか。

……まあ、シュール独自の立場からなのかも知れませんが。文学・演劇・美術らに比べたら、音楽なんかどうでもいい、要りもせぬしろものであると、力説されていたもよう。

そういうわけなのでシュルレアリスム運動の圏内に、音楽および音楽家らの姿は、あまりというかほとんど見あたりません。
そして、そのことと引き換えに彼らがなしえたことが……まあ、何かあるのだと思われます。

クトゥルー神話》体系の創造者──などというバカげたウソは書きませんけれど、なぜか近年になってその文名を高めつづけている、ラヴクラフトさん。イェイッ
この方の邦訳全集のエッセイ編を読んでいたら、その自己紹介的なテクストで、〈実は私は音楽をほとんど分からない〉と、自白しておられました。

まあ、そのテクストが……。彼のぼう大な読書の量をこっそりと誇りくるっている感じの、私ども《陰キャ》の代表的な所産でもあるような、けっこう痛々しいものだった気がしますが……。
とくにその中で、〈フロイト本人の著作は難解で分かりにくいので、《精神分析》を知るには以下の、(いまは知られない当時の英語の通俗解説書)をすすめる〉──などとあるには、思わず失笑もしましたが……。

が、そんなテクストの中にあるだけに、その〈音楽分からない宣言〉には、一種のシンセリティ(sincerity)みたいなものが感じられました。ラヴさんいわく、〈自分にも分かるような音楽といえば、せいぜい、(いまは知られない当時の通俗音楽)くらいなものです〉──、とのこと。

けれどもラヴさんの作品らには、彼の創造したおぞましくも禍々しく忌むべき混とんの奇怪かつ邪悪にして暗黒の冒とく的な、《魔》の領域──それを特徴づけるサウンドのことが、しばしば記述されています。
その代表は、フルートの最低音域の〈ンボォ〜〉みたいな響きです。たとえば中編『未知なるカダスを夢に求めて』では、〈呪われたフルートのかぼそき単調な音色〉と、それが形容されています。誰が奏でるとも知れないそういう音が、かのおぞましき《魔》の領域にては、のべつたれ流されているようです。

ちなみにラブさんの描いた世界では、《魔》の領域を特徴づける色彩というものも、また定まっているもよう。
それは、ドロっとした彩度の低いダークグリーンです。あまり考えたくもないですが、コケでなければアオカビや緑膿菌らがむだに繁茂しているような、そのような?

そして……。いまであったら〈フルートの最低音域でンボォ〜〉みたいな奇妙な音楽を、見つけることもできますが。
しかしラヴさんの時代には、そういうものがなかったでしょう。ですので彼は、自分の鼓膜の奥にやむことなく響きつづけるその鳴りに、たえず耳を傾けつづけていたのでしょうか。

ちょっとさいごには、特別ゲスト的な人物がご登場です。分かるとか愛するとか、それとは違う音楽へのアプローチをしたお人です。

かの、プラトンさん……彼がその主著のひとつ『国家』にて、《詩人追放論》なるものを提唱したことは、広く知られていましょうが。
……が、それはいま、ひとまず聞き流すとして(!)。その書で彼が、音楽についても一種の規制論をつづっていたことが、私にはきわめて印象的なのです。あまり注目されてはいないようですが。

われらの崇高なる《哲人国家》においては、音楽についても、その性質や内容らがきびしく吟味されねばならぬ。
すなわち、へんにおセンチだったりエモかったりするような音楽は、人の情緒をむだに刺激するので国家に対して有害であり、禁じられるべきである。
いっぽう、その存在を許される音楽は、次の二種類であろう。
まずは、労働や軍務らへの意欲をかき立てる勇壮な、(特定の古代ギリシア旋法=当時的にはそれ自体が音楽の一個のジャンル)である。
次には、人々の夕べのいこいと安らぎのときを演出する、(別の古代ギリシア旋法)である。

……と、だいたいそのような記述が『国家』には、あったような気がしているのですが。
これを私が拝読したとき、こういうことかと思ったんですよね。

つまりクラブミュージックみたいな領域で音楽は、二種類しかない──もしくはそれしか要らない──とも考えられる。それは人々の身体を激しく動かすための《ダンストラック》らと、そしてその逆の機能が期待される《チルアウト》らである、と。
そしてプラトンさんがお許しの音楽ジャンル二種類が、そういうダンス系とチル系に、(美しく?)重なりあっているかな──、という気がしたのです。

まあ、じっさい私なども。いちばん深くクラブミュージックに耽溺していたころには、〈無イミに個人的な情動などを押しつけてくる音楽ごときは、耳クソのもとにしかならねェ〉、くらいに考えていましたけれど!

かつプラトンさんの議論は、音楽のクオリティなどをとりあえずは問題にせず、その《機能》だけに注目しています。これはもう、一種の《ミューザック》の発想がここにあり、その発祥がここにしている、という気もします()。

音楽というものを、へんな芸術論やアーティスト論らでは語らずに、それらの《機能》の面から考える。……この考え方が、ちょっとは新しいわけですが。
しかしそこから、《機能》しかないようなミューザックを興してしまうのか、それとも予想外で想定外の《機能》を果たす、何かとんでもないものを何かしてしまうのか。

そうして私たちの現在の、音楽にかかわる実践やアチチュードらを、プラトンさんはどこかで見守り吟味しつづけてくれているのかも知れません。