《VANITAS命死》についての風説をとりあえずウ呑みにしておくと、ベルギーのアントウェルペン在住のヴェイパーウェイヴ・クリエイターであり、2019年から活動中(☆)。
彼のポートレートがDiscogsに掲載されているんだが、それを見たら……なるほど。まるで、ご当地の大画家ルーベンスの絵に描かれた天使──ただしけっこうゴツいめの天使──のような風貌の青年なのだった(☆)。
そしてその“Music for museum dates”は、この2020年7月発の話題作、ヴァニタス命死として5作めのフルアルバム。何かあちこちでその評判を聞くんで、話題になってるのかと思うんだけど?
で。さっきルーベンスがどうこうってヘンに高尚なネタを振りかけたが、でもオレの意思でしたことだとは、思わない。そういった流れを、ヴァニタスさん本人が作っているんだ。
何しろこの人、自称の肩書きの一部は《アート・キュレイター》。いままでに出したアルバムらの過半数が、モロにアートとか美術館とかをテーマにしたものなんだ。
そしてこのヴァニさんの最新作「美術館デートのための音楽」は、こういうコンセプトのアルバムであるそう(☆)。
VANITAS命死のニューアルバム「ミュージアムデートミュージアム」は、現代のアートワークに捧げられた感情とデートを反映しています。 各トラックはテクスチャ化されており、ジェームズターレル、ドスーホー、トレーシーエミン、オラファーエリアソン、ウレイ&アブラモビッチ、ナムジューンパイクなどの現代美術の卓越性に基づいています。<3の日に自分と特別な人を連れて行く
(グーグル翻訳システムの出力)
……ナム・ジュン・パイク(白南準)以外はけっこう新しい名前の列挙されていることが、ニクい、実に。つまり、オレの知らんアーティストらの名がちょっと出てる、という意味。ヤベェ。
しかしなんだが。これら現代の卓越したアートワークであるらしきものたちを、性交の前振りのエンターテインメントみたいに押さえていること。
すなわち、デートプランの序盤にラヴロマンス的な映画の鑑賞を組み込んで、性交へのイキオイをつける──そういうツールかのように扱っている態度が、下劣きわまる。
いやァ、まったくもってヴァニちゃんよォ、やっぱオメェもとんだヴェイパー野郎だなァ──と、オレの中の共感が止まらないのだった。
そしてそんな感じのコンセプトにもとづき、ついいま気づいたことだが、各トラックらのタイトルは、言われたような現代アート作品らの題名から借用されている。
まず、第1曲の“Seated Ballerina, 2017”は、ジェフ・クーンズから。第2曲の“TV Garden, 2000”は、パイク。そして第3曲は草間彌生……以下、あれこれ。
だが、そんな風にカッコをつけくさっても、それらを視ている主体の主眼は、おセックスになだれ込むことに他ならない──。そのことを、われわれは忘れるべきではない。
そういやむかし、山上たつひこ「がきデカ」の、あの一同が美術館に出かけるお話で。独身女教師の《あべ先生》が、ご存じミケちゃん〈ダヴィデ像〉の局部に見とれて思わず放心、よだれ……というシーンがあったんだが。
それは単なる《ギャグ》では、ない。忘れてはならぬアートシーンの一部分として、そういうことはあるのだ。
さて、ここからやっと音楽の話をすると。ヴァニタス命死「美術館デートのための音楽」は、けっこう卓越して洗練された作品かのように聞こえるのだった。意外に。
ことによったらヴェイパーウェイヴの文脈から切断し、〈ジャジーグルーヴの新作でぇース〉、チルっぽいラウンジ音楽でぇース、とか言っても、通用してしまうのでは?
だってヴェイパー特有の、ああいうヘンな音とか出てないし。たぶんサンプリングベースで作られてると思うんだけど、でも、ちょっとその製法に見当がつかない。
言い換えると、オレが思うヴェイパーウェイヴって、安易でテキトーなデッチ上げと感じさせるところにキュートさがあるんだが。
しかしこれはそうじゃなくて、何か堅固な音楽らしさがある。ずいぶん、ちゃんとしてる風だ。
なお、初期──と言ってもついさいきんだが、初期のヴァニたんの音楽には、もうちょいヴェイパーくささがあった。オレらの好む、わざとらしいスローダウン、ことさらなローファイ加工、そういった操作らが目立っていた。
ただし、その時期から、かなり手が込んだキチッとした作りではあったんだ。
そしてこの最新作は、そういうことさらさが消失した結果、カップル向けのBGMとしても通用しそうな、みょうにいい感じのジャジーでメロウでエレクトロニックなラウンジ音楽になっているのだろうか。
だが、そんな風にカッコをつけくさっても、けっきょくはおセックス目的のムード音楽だということを──。え、あれ、そうなのかな?
ちょっとオレは思うんだけど、そのコンセプトに出ているようなアートらの〈アヴァンギャルド〉っぽいところと、いっぽうこの音楽のあまりなスムースさに、不整合があるのだろうか。アートの高尚さからドスケベまでの持って行きに、少々の飛躍があるのか。
ただし、聞いて愉しいスマートな音楽ではあることにはマチガイがない。いや、その《実用性》までは知らないけどなあっ。
かつ、現代アートらをキモチいくファックしちゃおうぜェ、というコンセプトにオレが共感してしまったので、われわれのヴァニタス命死は大いにヨシである、と結論づけうる。
だが、そんな風にカッコつけたことを述べくさっても、けっきょくは──?
[sum-up in ԑngłiꙅℏ]
VANITAS命死 is a vaporwave creator living in Antwerp, Belgium. His latest album, “Music for museum dates”, is about the idea of using advanced contemporary art to make sex a success.
The concept is wonderful. It's also a musically smooth lounge, so it's considered a good BGM for f**k. No, it's a joke, but it's good anyway.
【付記】 これ余談なんだけど、文中に出ているナム・ジュン・パイク氏にちょっと会って、お話を聞いたことがあるんだよね。いやもう、ずいぶんむかし。どんなことを話してらしたっけ……。
まず想い出せるのは、第2次世界大戦の直後にアメリカの《抽象表現主義美術》が大ブレイク、そしてNYがパリを退け、世界のアートセンターに成り上がったことについて、〈もちろん、おカネでしょ〉と、述べておられたような? カネが動けばアートも動くということで、まあ通説みたいなことだけど。
それともうひとつ、パイク氏の祖国である韓国、それと北朝鮮との統一には、かなり前向きな観測を抱いておられる、ということが印象に残った。しかし、それからけっこうな時間が過ぎ去ってしまったが……。
まあほんと余談だし、しかも大したことを想い出せず。でも他にこんなことを書く場もないんで、許しましょう!