《Wanz Dover》──ワンズ・ドーヴァーさんは、米テキサス州ダラスをベースに活動しているテクノ系のDJ/プロデューサーです(☆)。
そして2015年リリースの“Music For Hospitals”は、彼のおそらく唯一のアンビエント作品です。けれどもそれが、ワンズさんのここまで最高の成功作、のようにも言われているもよう。
作者さん側の事情はあとで見ることにして、まずこの病院用の音楽を一聴しましょう。アルバムは、全7曲・約52分を収録しています。
すると。実に息の長い展開でピアノとストリングスがゆったりとからみ合うなどして、きれいで静ひつな空間がかたち作られています。〈きっとよくなりますから!〉という、やさしいナースさんのささやきが聞こえてきそうです。
また、構成の原理は違うでしょうが、かのブライアン・イーノさんの『ミュージック・フォー・エアポーツ』(★)が参照されているところもありそうです。じゅうぶん実用にたえうるサウンドだ、と言えるでしょう。
ただ。6曲め、“IV Change”というトラックだけトーンが違い、私のきらいな周波数のドローン音と、さらに金属音のカチカチ連打が含まれています。
これは、ありません。あるいは、病院でなされる患者に対しての過酷な処置が、描写されてでもいるのでしょうか。
気になったのであとから調べたら、“IV Change”は、点滴の交換みたいなことのようです。“intravenous”を、略してIVと呼ぶもよう。
まあちょっとその6曲めが、イヤです。しかし続くラストのトラックがまたきれいなので、じゅうぶんに許せる〈玉にきず〉だと考えられるでしょう。
で、さて。そういうものとしてこの病院用の音楽を、折にふれ愉しんできましたが。
ですがそして。この音楽が作者ワンズさん自身の、瀕死にまでおよんだ何らかの傷病、それに続いた2週間の入院生活──、それらにインスパイアされたものであると、私が知ったのは、比較的さいきんのことです。
どうやらワンズさんはダラスではかなり知られた存在らしく、地元メディアがそのお話を、やや詳細に伝えています(☆)。
もともとアンビエント制作への意欲を持っていた彼を、じっさいに衝き動かしたのが、この実体験であったようなのです。
──私たちのような文明社会の人間たちは、基本的には病院で生まれ、またさいご病院で死ぬことが求められています。その人生とは、病院と病院との間を結ぶジャーニーなのでしょうか。
それを考えますと、《病院のための音楽》というジャンルには、今後の大いなる発展の余地というものが──あるのでしょうか?