エッコ チェンバー 地下

─ €cco ₵hamber ฿asement, Vaporwave / Đésir đupłication répétition ─

Jim Robitaille Trio: Space Cycles (2020) - 甘やかギター の スイーツバイキング

《Jim Robitaille》──米ボストン在住のジャズ・ギタリストである、ジム・ロビテールさん。フランス人めいたお名前ですが、英語の読みで《ロビテール》としておきます()。

この人について調べていると、〈デイヴ・リーブマン、カール・バーガー、ジョー・ベック……等々の、偉大なジャズメンとの共演多数〉などという宣伝文句が出てきます()。
私個人が注目できるのは、それらの共演者たちの中に、ジュリアン・ラーゲ(Julian Lage)やヴィック・ジュリス(Vic Juris)のような、当代のすばらしいギタリストらが含まれていることなのですが。

でも。まあ、どうでもいいことですよね。

私がすごくいいと思うのは、このロビテールさんの出しているトーンなのです。

甘い、甘い、実に甘やかな……《ジャズギター》そのもの的なトーンで、9thか11thか分かりませんが、難しいコードらをふくよかに鳴らしたてています。スタイルと音色のかみ合わせでは、ヴィック・ジュリスさんを少し思わせるところがあります。

そして彼の2020年の最新アルバム“Space Cycles”は、全10曲・約53分を収録。
ベース&ドラムとのソリッドなトリオ編成で、まあその甘いサウンドの氾濫というか、饗宴というか……。豪華なスイーツバイキングへのご招待にあずかった、そんな気分にさせてくださいます!

あわせてロビテールさんの前作、カルテット編成による“A View From Within”(2019)も、ご紹介いたします。全9曲・約71分を収録。
これは、さっき名が出たデイヴ・リーブマン氏(サックス担当)をフィーチャーし、少し伝統ジャズ的な響きによったアルバムです。『スペース・サイクルズ』のほうが、よりコンテンポラリー的でしょう。

ホーンをフィーチャーしていることにより『ヴュー・フロム・ウィズイン』では、ロビさんの《伴奏》のすばらしさを愉しむことが可能です。《伴奏》といってもただの伴奏ではありませんが、しかし他に言い方を存じません。

たとえばアルバムの第3曲、“Point of Origin”、その中盤のサックス・ソロの背後でロビさんが、いったい《何》をしていると言えるのか? ──あまりにも精妙にして複雑すぎ、私には説明なんかできませんが。
まあ日ごろとんでもない音楽(もどき)ばかりを聞いているせいか、みょうにハイクラスな《音楽》に触れたような気にさせられます。

とはいえ基本的トーンは《甘さ》なので、難しく受けとめる“必要”はありません。
パティシエさんの仕事ぶりの詳細は分からないが、しかしその結果としてある、まろやかな甘みと口どけの絶妙な柔らかさ。それらを味わうのです!

Prius Missile: Do You Happy? (2020) - ゼラチンから飛び出る汁を浴びる

Prius Missile》──プリウスミサイルは、東京で活動しているヒップホップのバンドです。モトクロス用のゴーグルやヘルメットを装着した、若い男性の2人組のようです。2020年12月に、2作のEPらを発表しています()。

ではありますが、彼らの音楽を《ヒップホップ》だと言いきっていいのかどうか、ずっと私は考えていました。1ヶ月くらいは、考えていた……ように思います。
それで〈よし〉という結論を、ついさっき出してしまった。

とはいえ、それは。ボーカロイド等の人工音声らをフィーチャーし、かつ、グリッチ的に切り刻まれた──けいれん的な、そしてトラックの部分がダークアンビエントやインダストリアルみたいな、《ヒップホップ》なのですが。

また。ニホンの読者の皆さんには、このバンド名プリウスミサイル》に込められた、複雑きわまるニュアンスが……。何かお分かりのことと、思います。
そしてこのことばには現在のニッポン国の、世代および階級間の対立、そしてテクノロジーと社会との摩擦か何か──、そういった問題らが、集約されているようでもあります。

プリウスのギアを音速から高速に
俺らは今 一台のプリウスに乗り込んでる
もちろんぎゅうぎゅう詰めだ
音は遅く光は早い
音を置き去りに光のように走れ

といったライムを人工音声が、奇妙きわまる流ちょうさで、よどみなく読み上げています()。カッコよい!
かつ、ここで私は思います。80歳を過ぎたようなお年寄りの爆走させるプリウスらに比べてさえ、自分の頭の回転は遅すぎるのでは、と。たったのマッハ1でしかない音の世界に、生きすぎてきたせいでしょうか。

過去をガソリンに未来へブーストしろ
誠実かなんてどうでもいい

いま私たちは、一台のプリウスに乗り込んでいます。もちろんぎゅうぎゅう詰めです。そしていったい、光のような速さで、どこへたどり着くのでしょうか。

とまあ、プリウスさんのライムに対抗して──というか、超お得意のオウム返しで──ポエムみたいなことをつづっているのも何です。つまらない気もしますがフラットに散文的に、起こっていることを記述しようとします。

私が初めて聞いたプリウスは、彼らの2nd EPである“Do You Happy?”の3曲め、“Akihabara Ginsberg Ⅰ”というトラックです。以前にご紹介したユニークなDJ《Lil 涙》さん()、彼による今年4月のMIXの冒頭で、それが鳴っていたのでした()。

カジノで勝った金で新車を新車に買い替える母
それでもしんぼう強く工場で働き続ける
肉のかたまりを機械に入れて
ゼラチンから飛び出る汁を浴びる
Prius Missile: Tissue Recital 2020 - Twitter
Prius Missile: Tissue Recital 2020 - Twitter
なぜかプリウス印のポケットティッシュを、
街頭で配布している動画です! クール!

……といったライムを、ボーカロイドはなめらかに朗唱し、またそれと別の何か人工音声は、ぎくしゃくと読み上げています。
機械的ではいずれもありながら、しかし彩りが異なります。

そのかけあいと重なりが複雑で異様な構造と流れを作り、まるで音楽であるような、または音楽になろうとしているような、さもなくば音楽であることを止めようとしているような──、それが定まりきらないステータスのまま、ただ、スピードがものすごい。

そういえば以前にご紹介しました《Arca》、アルカさん。その、私が名づけて《ミュータント・グリッチ・ポップ》のようなサウンドが、いま全世界できわめて評価が高いですけれども……()。
いっぽう。サウンド自体が強く似ているのではありませんが、こちらプリウスさんの《ミュータント・グリッチ・ヒップホップ》も、そのインパクトや新しみにおいて、アルカさんに劣っていないのではないか。そんなことを、考えたりしていました。

と、そういうショッキングなことがあってから、現在まで。約1ヶ月間ずっとプリウスさんを、心の隅っこ等で、追い続けています。
これは進行中のできごとのリポートなので、結論はありません。

〈光の速さで〉……資本主義が、どこかで進化し続けているような話を聞きますが、その中でそれに向い合っている私たちもまた、いやおうなく加速していくのでしょうか。たんにそれが不可避なのか、またはぜひそうすべきなのでしょうか。
そして、すでに発射されてしまったプリウスミサイルの軌道を、私は注意しながら見ています。

[sum-up in ԑngłiꙅℏ]
Prius Missile is a Hip-Hop band based in Tokyo. In December 2020, they released two EPs.
The sound of Prius Missile is extremely vivid and shocking, with rap by artificial voices such as Vocaloid and industrial-style tracks chopped like Glitch.

In particular, I was moved by the track “Akihabara Ginsberg I”, the third song of their 2nd EP “Do You Happy?”. The interaction of several types of artificial voice creates a complex and strange structure and flow. It's like music, or about to become music, or trying to stop being music. The speed is tremendous, without the vector being fixed.
Mutant Glitch Hip-Hop (I named) by Prius Missile, its impact and newness, it may be comparable to Arca's mutant glitch pop, which is now highly regarded around the world. I'm trying to keep an eye on the orbit of the fired Prius Missile!

Macroblank: 没頭する (2021) - 髪を刈る男たち──そのコスモロジーと系譜

《Macroblank》──マクロブランク、と名のっているヴェイパーウェイヴのアーティストについては、すでに以前にもお伝えしています()。
そしてそこでも述べたように、どこのどういう人なのか、まったく不明。それがいぜんとして、かいもく不明ですが()。

ともあれマクロブランクさんは、いま注目されているヴェイパーのサブジャンル《Barber Beats》、そのもっとも有力なプロデューサーだと言えるでしょう()。

このマクロさんの特徴は──まずはもちろんバーバー・ビーツの特性ら一式をそなえた上で──、サウンドの骨格がほんとうにしっかりしている。実に堅固です。一般的に言われるような、〈いいサウンド〉に近い。
その仕上がりのよさ、おそらくマスタリング技術の卓越! その点においては、この派の始祖である偉大な《haircuts for men》をもしのいでいる……ような気もするほどです。

そして『没頭する』は2021年4月リリースの、マクロさんのもっかの最新アルバム。全10曲・約53分を収録。述べたとおりの〈いいサウンド〉を、ヴェイパーウェイヴのように聞こえる限りのモヤモヤ感を維持しつつ、またも展開しています。
すなわち、ほどよくワイドなレンジ感とダイナミクス、そして最適なラウドネス、適切さをきわめたテンポ設定と曲の長さ、そして統一された全トラックの響き方とムード──。

あまりにもみごとで、もはや逆に、怖いとか憎たらしいとかいう感じさえも! その完成度の高さに圧倒されます、傑作です!

ROMBREAKER: Sorrow EP (2018) - Bandcamp
ROMBREAKER: Sorrow EP (2018) - Bandcamp
ロムさん初の理髪店ビート作品です!

……で、さて。ここから少し、違うお話になるのですが。

バーバー・ビーツ、理髪店ビート、あるいは床屋系──。その派の有望ニューカマーであるフェージングドリーマー》さんをご紹介した前記事で、このムーブメントの起源を、少し考察してみたりしました()。
そして、〈ことによったらバーバー・ビーツの命名者は、スイスの床屋系アーティスト《ROMBREAKER》さんであるかも〉、と述べました。そして、〈機会があったらご本人にたずねてみようか〉、とも。

それが意外とすぐに、その機会が得られました。ロムブレイカーさんが、想像どおりにすばらしくナイスな人で、こころよく回答してくれました()。

私ではありません。Macroblankのhaircuts for menにインスパイアされたVaporwaveのために「Barber Beats」という言葉を作ったのは、Aloe City Recordsです。私は、すでにHFMにインスパイアされた古いアルバムにバーバー・ビーツのタグを付けただけです。私の最初のアルバムは『Sorrow EP』ですが、タグを付けるのを忘れていました(笑)。

在ロンドンのアロエシティ・レコーズは2015年に創業、そして20年9月のマクロブランク『絶望に負けた』に始まって現在まで、床屋系に強く注力しているレーベルです()。とくに、マクロさんの作品のほとんどをリリースしています。
その彼らが、バーバー・ビーツの命名者でさえもある、というお話なのです。

であると、うかがいましては。先立った私の考察が、あまりにも、すっとこどっこいのようですが。
ですけどしかし、〈2020年の秋よりも前には、バーバー・ビーツということばを見たことがない〉という、その感触は誤っていなかったもよう。……そのことが、私を少しだけ満足させています!

そして、また思えば。

偉大な始祖であるヘアカッツ・フォー・メンさんのスタイル、すなわち私どもが現在バーバー・ビーツと呼んでいるものは、すでに2015年あたりには完成されていたと思われます。すると理髪店ビートは、それ自体としては、あまり新しいものではありません。

haircuts for men: 違法 COLLECTION (2019) - Bandcamp
haircuts for men: 違法 COLLECTION (2019) - Bandcamp
違法性がきわまったデンジャー作品集です!

にもかかわらず、にわかに昨年の秋から、これがいきおいのあるムーブメントになっている。なぜ、《いま》なのか──、その理由はいろいろと考えられますが。

その理由らの筆頭として、マクロブランクさんの登場、ということがありそうです。元祖である人の偉大さは言うまでもないとしても、しかし《二匹めのドジョウ》、さらにまた続く者ら、その出現こそが、ムーブメントというものを形成するのです。

かつまた。マクロさんより以前にも、ヘアカッツさんから強く影響をこうむったヴェイパーは、ちらほらと存在しましたが……。
ですけれど、びっくりするほどご本家に似ている、しかもクオリティの異様な高さ、という条件らをクリアしたのは、たぶんマクロさんが初でしょう。その達成が、この領域にブレイクスルーを呼び込んだのではないでしょうか?

[sum-up in ԑngłiꙅℏ]
Macroblank can be said to be the most influential producer of Vaporwave's sub-genre “Barber Beats”, which is currently attracting attention.

The characteristic of this Macroblank is──of course, with a set of Barber Beats' characteristics──solidness of the sound construction. It's really solid. It's close to a good sound, as is commonly said.
The finish is wonderful. Maybe mastering technology excellence! In that respect, it may surpass the great haircuts for men, the founder of this school.

And 『没頭する』 (Immersive) is Macroblank's latest album released in April 2021. Contains 10 songs and about 53 minutes. As I mentioned, the “good sound” is being developed again while maintaining the fuzzy feeling as long as it sounds like Vaporwave.
In other words, a moderately wide range and dynamics, optimal loudness, appropriate tempo setting and song length, and the unity of sound and mood of all tracks.

It's so beautiful, it even feels scary anymore! It's a masterpiece that will overwhelm you!

Fading Dreamer: Come Back Soon (2021) - 切りなさい、男性たちは髪を。

《Fading Dreamer》──カバーアートに見えているカタカナ表記では、《フェージングドリーマー》。
それを名のるヴェイパーウェイヴのアーティストは、ニッポンのシブヤ・シティに在住を主張している感じです。私は少し懐疑的ですが、しかしあなたはぜひ信じてあげましょう!

まあ、居住地などはどこでもいいとして。このドリーマーさんは、英ロンドンの《Aloe City Records》から今年初頭、初のアルバムをリリースなされた、有望な新人らしい人()。
その1stアルバム“Come Back Soon”が、現在のヴェイパー界でいきおいのあるサブジャンル《Barber Beats》に属するとあって、かなり好調なスタートを切ったと見ています!

ですがさて、そのバーバー・ビーツ()、または《理髪店ビート》とは?

それについては数日前、ヴェイパー関係用語の記事にその項目を追加したばかりなので、やや客観的な説明は、ぜひそちらをご覧ください()。ここでは少し、別なお話を。

まず、です。このサブジャンルの始祖と見られる、私たちの偉大なアーティスト──《haircuts for men》)。
もともと私はヴェイパーに親しみ始めたころから、とくにヘアカッツさんのサウンドを好んでいました()。ですので、その偉業を追っていこうとする理髪店ビートの興隆をも歓迎しています!

で、それはいいとしても。
……いったい誰がいつから、《バーバー・ビーツ》ということばを使い始めたのでしょう? 昨2020年の秋から、そういうことばがあるようだ、とだけは気づいていたのですが。

調べたところ、いま私が意識している床屋系の有力アーティストらは、そのほとんどが2020年の中盤以降にデビューしています。……目に見える形では。
その中では例外的に、以前ご紹介した《ROMBREAKER》さんの始動が早く()、2017年からです。
ただしロムブレイカーさんの最初期の作品たちは、いま私どもが思うような床屋系ではありません()。どちらかといえば、まあ《レイトナイト・ローファイ》であるかと()。

ROMBREAKER: Sweet Lies, Sour Truths (2021) - Bandcamp
ROMBREAKER: Sweet Lies, Sour Truths (2021) - Bandcamp
ロムさんの最新作、これがまたよい床屋!

しかしそれから、ロムさんの2018年12月・発のアルバム、“Abandoned”)。
ここにずばり《Barber Beats》のタグが打たれており、そして内容も比較的、床屋くさい。

これが、ムーブメントとしての理髪店ビートの始まりなのでしょうか? とりあえずは、そう考えておきましょうか? いずれロムさん本人にたずねてみる機会も、なくはなさそうですが……()。

で、ここですかさず、フェージングドリーマーさんの初アルバムの話に戻りましょう。この作品は、全9曲・約34分を収録。
そして理髪店ビートのあれこれの中でも、とりわけメロウでエモーショナルなサウンドになっている、と思います。あえて言うとおセンチ・ムードみたいなものが感じられ──冒頭の2曲とラスト曲がとくに──、それがまたいい。オススメです!

いや、思えばこの音楽をバーバー・“ビーツ”と名づけてくれたのが実に適切で、ふわっとしたサウンドのようですが意外と、ビートのところに適度のエッジが効いている。それが、とても快い。
全般的にはそうなのですが、けれどドリーマーさんのサウンドは、そのエッジが少し控えめではないでしょうか。ゆえに、あまりファンク的には聞こえない。

しかし、それは短所として指摘しているのではありません。
むしろ。この理髪店ビートの運動もけっこう参加者が増えてきた折から、それぞれが少しずつ違ったことをしたほうがいいのでは、とも考えています!

そのいっぽうで──。床屋系の別のアーティストたちは、もっとこう、ドライだったりウツみが深かったりするような、また傾向の違うサウンドを作っています。それらも大好きなので、ぜひともひき続きご紹介してまいりましょう!

【追記・2021/05/03】:追ってロムブレイカーさん本人に、バーバー・ビーツ命名者のことをたずねる機会をいただきました。結論を言いますと彼ではないということですが、その詳しいところは、別の記事でご覧ください()。

[sum-up in ԑngłiꙅℏ]
Fading Dreamer, in Japanese, フェージングドリーマー. The Vaporwave artist, who has the stage name, seems to insist on living in Shibuya, Japan. But I'm a little skeptical. But you should believe it!
Well, the place of residence can be anywhere. Fading Dreamer is a very promising newcomer who released his first album earlier this year on Aloe City Records in London, UK.
And his debut work “Come Back Soon”, which belongs to the lively sub-genre “Barber Beats” in the Vapor world, seems to have made a pretty good start!

And this first album contains all 9 songs, about 34 minutes. From my point of view, it's the most mellow and emotional sound of all Barber Beats. Suffice it to say, I feel something like a sentimental mood──especially the first two songs and the last song──that's also good. Recommended!

大野左紀子『アート・ヒステリー』(2012) - あなたの勝利,私たちは祝福します

『アート・ヒステリー』の著者・大野左紀子氏は1959年生まれ、2002年まで美術制作の活動をなされ、以後は教職と著述の分野で活躍なされている方だそうです。
そして現場を離れたところから、アートシーンとそれを取り囲む一般社会がどのように見えるか、のようなお話です。

本書の正式なタイトルは『アート・ヒステリー - なんでもかんでもアートな国・ニッポン』──、その版元のウェブサイトには、このような売り文句が書かれています。

〈「これマジでアートだね!」……やたらと「アート」がもてはやされる時代=「一億総アーティスト」時代。アート礼賛を疑い、ひっくり返すべく、歴史・教育・ビジネスから「アート」を問う。〉

で、かってながらここで私は、ヴェイパーウェイヴの話をいたすのですが。
それは、既成の通俗凡俗なサウンドらを再利用・再構築することにより、シニカルにも批判的立場を明らかにしつつ、娯楽を供給する。
かつ、批判というにも、政治経済・コマーシャル文化・商業音楽・テクノロジーと、さまざまな題材らを、自分らサイドの方法からして、イジっていく。

そういう構えに、《ポップアート》や《アプロプリエーション》らの現代アートとの共通性を、前から感じていました。ああいうアートの音楽版が、ヴェイパーウェイヴなのではないだろうかと。
そしてそうした見方が、ぜんぜん成り立たないとは、いまも考えていませんが。

ただし、ぜんぜん異なるのは──。とにかくも《制度》であるところのアートらは、ポップであろうと公募展で賞を獲るような油彩画であろうと、《制度》によって支えられているということです。そのあたりを本書は、教えてくれます。

つまりアートなんてものは、義務教育の図工や美術の授業に始まり、さいごは美術館に収容され教科書に載って終わる──、その間を、画商・批評家・キュレーター・コレクター・オークショナー、そしてもろもろのアカデミーと行政らが、管理か何かしている──、そういうシステム&ビジネスの生産物である、ということです。

そしてアンディ・ウォーホルさんであろうとバーバラ・クルーガーさんであろうと、またこのあと少し登場する村上隆氏であろうと、その壮大にして堅固なるシステム、その内部での──よく言うなら内部からの──勝利者であるということ。
かつまた、この《制度》自体を支えているものは、民主主義と資本主義によって立つ文化的な国家たちであるということ。

それに対してヴェイパーウェイヴごときには、そんな支える《制度》などはありません。なくていいですが!
強いて言えば、根底のプラットフォームである《ジ・インターネット》が、それの支えではありつつ。

そして、そういう制度的なアート生産物らに拝跪し、かつそれらを生みだす《システム》への理解と共感を深める──。というのがそんなによいことなのか、ここらが疑問であるわけです。

だいたいのところアートなんてものは、社会の中の《勝利者》たちのトロフィーであり続けてきた歴史があり。それが現在は、ポピュリズムキャピタリズムによって立つ文化的な社会に君臨する《セレブ》らが、それを高く掲げ、またその題材ともなっている──あたかもベラスケスさんやゴヤさんによって描かれた王族貴族らのごとく──わけです。
とくにウォーホルさんやジェフ・クーンズさんあたりは、このあたりをしっかりと意識しながら、ご制作なされてきたでしょう。そしてまたセレブたちからの評価を得ることがアーティストらをもセレブとするので、その地位と名声に私たちは憧れています。

その他もろもろ、多岐にわたる本書の内容は、ぜひ、そのものにあたっていただきたいと思いますが。
あまり強調されていない本書の特徴として、フロイト-ラカンのチン説らが、記述のバックボーンのひとつとしてあります。ゆえに《ヒステリー》の研究ですが、私はその姿勢を支持します。

そしてさいご、もっとも私の印象に残った本書の一節を引用して、このご紹介もしくは感想文を終わります(p.229, 改行は引用者による)。

村上隆は社会の中心的優性価値(引用者注:民主主義+資本主義)に一体化しそれをアートの世界で先鋭化させることで、逆説的に突出してきたアーティストでした。
従って村上隆が金儲け主義に見えるならそれはアートの世界が金儲け主義だからであり、村上隆があざとく見えるならそれはアートの世界があざといからであり、村上隆のやっていることがオタク文化からの「収奪」であればアートはあらゆるジャンルから「収奪」し加工し自らの文脈に組み入れてきた……ということになりましょう。
こうした事態を根底から批判するには、今日のアートを支えている民主主義(個人主義)+資本主義(自由主義)を“世界宗教”の一種と見做し、そこから限りなく遠ざかる、というくらいの思想的スケールが必要になってくると思います。