ポ  サ  研

─ Post-Truth Sound Lab, Vaporwave / Désir Duplication Répétition ─

Arca: Mutant (2015), KiCk i (2020) - アニメにしないと、ヤツらが来る。

ヴェネズエラ生まれでアメリカ育ちの女性、アレハンドラ・ゲルシさん。現在は《アルカ》を名のりバルセロナをベースに、シンガーソングライターとして活躍中()。
そして2014年の1stから現在までに、4作のアルバムを発表。そうしてワールドワイドにて、その評価がやたらに高いもよう。

さてこの人による音楽は、どういうものだと言えるのか……。ことばに詰まるが、まあ《ミュータント・グリッチ・ポップ》くらいな感じで……。
グリッチ手法そのものが使われていないパートもあるが、しかしサウンド構成全般のセンスが、実にグリッチ的なんだ。〈ガガガガガガ! ゴゴゴゴガガ!〉みたいな、ブツ切れの音らの性急な連打が多くて。

ところで自分がこのアルカさんを知ったのは、《Tiny Mix Tapes》というウェブジーンの記事からだったんだよね。けっこう有力なメディアだったようだが、しかし惜しまれつつ、2019年の末をもって活動を停止。
その彼たちのファイナルの記事が、〈2010年代のお気に入りアルバム100選〉()。そこでワリと上位にランクインしていたのが、アルカさんの2015年の2ndアルバム、“Mutant”なのだった。

ちなみに。余談だけど同記事では、うちらことヴェイパーウェイヴのほうから、「チャック・パースンのエコジャムス Vol.1」)が第1位、「フローラル・ショッペ」)が第6位として、それぞれランクイン。かつ、下のほうにもいくつか出ていた気が。
そこいらはまあ、とうぜんだとしても。でも同じベスト10の中に、カニェ・ウェストやチャーリーXCXらが、あるいはもっとヘンなのがいたりして、何のどういう順番なのか、実はよく分かってないんだけどね。

さてアルカさんのアルバム「ミュータント」の話に戻ると、これは何かものすごく異様なタッチの……人機のツギハギ、ポストヒューマン的な、まさにミュータントでサイボーグのポップみたいなものと、自分には思える。
まっとうに唄が歌われているトラックがほとんどないせいか、スコア(映画の劇伴)っぽさが感じられる。ところどころに、エピック(壮大)なふんいきもある。
だからまんが浸しのニブったお脳で考えると、攻殻機動隊「BLAME!」らのようなサイバーパンク系のそれ、そのアニメ版のスコアとして、ちょっと使えそうかも──みたいな感想に。

等々と言って、あまりホメてない感じだが、しかしこのサウンドの悲惨で壮絶な美しさみたいなところは、大いに認めるんだよね。すぐれた点は多い、と感じられる。がしかし、〈自分はここに長居はしたくない〉、という想いがぬぐえないだけ。
実を言うと自分は、「X-メン」や「デッドプール」のようなアメコミ原作映画にも、これと似たような居心地の悪さを感じてしまう。そのストーリーやテーマがどうこう以前に、〈あのぅ、グロいんですけど……悪趣味じゃないでしょうか……〉、って。「スポーン」とかもねえ……。

なお。あわせてアルカさんの最新アルバム、この6月に出た“KiCk i”をも一聴したが。するとこちらではボーカルの要素がもっと前に出ていて、やや感じが違う。
「ミュータント」よりは少しだけ、一般のポップに近いだろうか。ただし、さきに述べたような〈グリッチ的センス〉で切り刻まれたグチャグチャであることは、同じ。

そして、その“KiCk i”のカバーアートにご出演されているアルカさん。何だか分からないが人機一体の勇姿を示し、そして何ものを倒すためなのか、X-メンのウルヴァリンばりの鉄のツメをご装備されている。

【追記】 この“KiCk i”のカバーアートのようにアルカさんの活動には、ご自身の肉体とヴィジュアルイメージを振りかざしてイク、という特徴が。
それをこっち側の文脈では、〈いにしえのシンディ・シャーマンみたいなのかなァ〉、くらいに思っていたけれど。そうじゃなければ、《ダークサイドのレディ・ガガ》、ってなところなのだろうか。

つまりは(くどいが)、ミュータント的でポストヒューマンの世界なのだった。じゃあもう、いずれはマシーンと合体していない人間らなど、猿以下に見られる時代が来ちゃうのかな──と、ついオレはため息をつく。

スマホの画面を常に見てないと落ち着かぬ、とてもいたたまれない、という人々が実在するらしんだけど。そんな彼らはいずれ、へいきで体内に種々のチップを埋め込み、手先の操作もなく脳内スクリーンで、グーグゥルやウィキペドらを閲覧できるようになるだろう。
グレェト! 世界は、未来は、彼らのものだ。そしてSiriやAlexaをべんりに使っていたらしい人間たちが、いずれ逆にAIからぶら下がった周辺機器として、それにご奉仕たてまつるユートピアの到来は、そう遠くもなさげ。イェイッ。

──そしてそういう彼らの愛し渇仰するミューズ、そのさきがけで、アルカさんはあるのだろうか。何か、そういう感想しか出てこないんだよね。そのアレハンドラっていうご本名も、つまりアレクサと同じだし(……言いがかり!)。

さいごにまたよけいな話を並べるようだけど、うちらのヴェイパーウェイヴとかいう種類のポップは、《人間の消失》以後のイメージをフィーチャーしてくるところがある。すでにおなじみの古典的彫刻らのイメージは、《在りし人間ら》のモデルとして遺されたもの。
そのいっぽうの、アルカさんらの(明言されざる)ご主張は、そんな風にさわやかに消失をキメ込む前の、人間らの不可避の使命──。そういうお話なんだろうか。
演算システムと肉体の両方でウィルスに侵されながら、マシーンの力をも借りて、ともかくも、生きねばならない──。そういうタイプの前向きさ、なのだろうか?