エッコ チェンバー 地下

─ €cco ₵hamber ฿asement, Vaporwave / Đésir đupłication répétition ─

Hong Kong Express: L.Y.F (2021) - 《ヴェイパー鉄雄》は、すべてを呑み込む。

《Hong Kong Express》──または短く《HKE》、それ以外にも80種類ほどのステージネームを使い分けながら、日夜ご活躍されています。
すなわち、ヴェイパーウェイヴのシーンが生み出した少数のスター的プロデューサーたち──そのひとりである、デヴィッド・ルッソさんです()。

このルッソさんについて私は、ずいぶんいろいろなことを述べてきたと思います。あれこれと()。
しかしいま、委細はさておき。

いまルッソさんについて重要なのは、3〜4年ほど前から彼がヴェイパーの今後の発展性(か何か)を見限り、それに代わる新しいジャンル《ドリームパンク》を創設しようとしている、このことでしょう()。

ですが、そのドリームパンクというジャンル──。その輪郭のあまりはっきりしていないことが、シーンの人々をとまどわせているのでは? そのように、私は認識しています。

たとえば。ルッソさんご自身のレーベルであるドリームカタログからの近作オムニバス・アルバム、そのタイトルもストレートな“This Is Dreampunk vol. 1”(2020)、これをご紹介した記事で述べましたが()。
先入観なしで接すると、このアルバム内の楽曲らは、〈陰気くさいIDMまたはチルアウト、もしくは実用性の薄いダークアンビエント〉、くらいのものに聞こえます。

……しかし? かといって逆に、〈陰気くさいIDMまたはチルアウト、もしくは実用性の薄いダークアンビエント〉であるものが、ドリ・パンなのでしょうか? おそらく、そうではないはず。
そのあたりが、少し分からない……ドリ・パンのくっきりした特徴が、明らかになってこない。

ではありながら、そのアルバム“This Is Dreampunk vol. 1”、それ自体に対する私の印象は、かなりよかった。質の高さと、聞く愉しみを感じました。──ということも、お伝えした通りです。

で、さて。そのようなルッソさんの2021年2月・発のアルバムが、ホンコン・エクスプレスとしての“L.Y.F”です。彼の母に捧げられた作品だというのですが──。

これがまた、ただ単にいいというよりも、かなりすばらしい作品であると、私は感じました!

その形式面を言えば、例によって〈陰気くさいチルアウト〉です。しかしその陰うつさの中に、甘さと苦さ、あるいはウェットさとドライさのコントラストがあり、そして起伏があります。
旋律が実に豊かであり、とくに全編のあちこちに響いている女声ヴォーカリーズが、まさにドリーミィな芳香を美しく立ちのぼらせています。
総じれば、青年(ら)の憂愁がドラマチック、リリカル&シンボリックに表現された小宇宙、くらいにも言えそうです。全9曲・約42分を収録、このアルバムに耳を傾けることは、あなたの時間をけっしてむだにしないでしょう!

HKE: Silk Demon's The Embrace Between The Circus And The Sky (2018) - Bandcamp
HKE: Silk Demon's The Embrace Between The Circus... (2018) - Bandcamp
これがまたルッソさんによる別の傑作です!

……と、これはひとつのいいニュースです。ですが、ルッソさん&その周囲に私たちが見出すのは、必ずしもいいニュースばかりではありません。

だいたい、ルッソさんによる大量の作品ら──。いいときは最高ですけれど、しかしいちいち言いませんが、どうかと思われる品のほうが多いです(!)。
たとえばさいきん聞いてしまったもので言うと、わけの分からないインダス・ノイズ・ロック、あるいは二流のIDMもどき、等々々。それらに耳を傾けることは、あなたの時間をむだにするかも知れません。

それと、彼が唱導しているドリ・パンなるムーブメントが、予定通りに発展し充実しつつあるのかどうか?

そのあたりに焦燥感を覚えたのでしょうか。日本時間の2021年4月18日あたりから、ドリームカタログのツイッター・アカウントが、奇妙な一連のつぶやきを流し始めました。この、ドリ・カタの語り手は、とうぜんその主宰者であるルッソさんだろうと、解釈されるでしょう()。

そして、その一連のご投稿というのが、実にものすごく大量になるのですけれど……。おおむね、次のようなことが言われていたと、考えられます。

ヴェイパーウェイヴの行きづまりを見て自分は、もっと新しく発展性のある別のものとして、ドリームパンクを創始した。
にもかかわらず俗世間がドリ・パンを、ヴェイパーの内部の一種類のフレイヴァーみたいに扱い続けていることに、大きな不満を感じている。
かつて自分が創始した《ハードヴェイパー》のときもそうだったが()、いくら自分が異なることにトライしても、ヴェイパー地獄(Vaporhell)の中に引きずり戻されてしまう。
 
ああ! すべてを呑み込もうとする《ヴェイパーテツオ》、そのあくなきどん欲さ!

と、彼の言う《テツオ》とは、大友克洋AKIRA』に登場する鉄雄くん。とくにその、物語の終盤の巨大なモンスター的形態のことであるようです。
ともあれ、このくらいまでなら、まあ言いそうなことかな、とも思えたのですが。

しかしそのうちにご発言のトーンがヒートアップし、もはやドリ・パンもヴェイパーも同じようなクソだとか(!)。さらには名指しで、ドリ・パン運動の身内でありながらヴェイパーと二股かけているあいつらは許せん、だとか(!)。
──とまあ、たいへんな気炎になっているようです。とくにお身内への指弾シューティングというジェスチュアが、何か一線を越えてしまっているようにも思えます。これは《スターリン粛清》まではいかないにしろ、シュルレアリスム運動の同志らのほとんどを除名し去ったアンドレ・ブルトンさん、その再来なのでしょうか。

そして。このようなバーニングのありさまも、せいぜい2日間もすれば鎮火してくれるだろうか、と見ていました。ところが現状(4月22日)、いまだそうはなっていないお盛んさで……。

と、こんなことらをお伝えしていてはまるで、低劣きわまるゴシップメディアかのようです。〈あの有名人らがSNSにこんな投稿を!〉──、といったクソくだらない話をクソ記事にデッチ上げるクソどもと、同類なのでしょうか。

  実のところ、どうでもいいですよね?

にもかかわらず、こんな話におよんでしまったのは。

〈そんなことを言っているあなたさまは、いったいどういう音楽家なのですか?〉、という思いで耳を貸したルッソさんのアルバム“L.Y.F”が、意外にも、自分の心に深く響いてしまった──。この奇妙きわまる分裂した感覚を、つい、伝わる限りでお伝えしたかったのです。
おそらくそれは、私の中にも生息している《ヴェイパーテツオ》──、そのあくなきどん欲さが、この作品をも呑み込んでしまったのでしょうけれど!

[sum-up in ԑngłiꙅℏ]
Perhaps you know, Mr. David Russo, who is active under the pseudonyms such as Hong Kong Express or HKE for short. He is one of the few star producers from the Vaporwave scene.
However, Mr. Russo decides that Vaporwave is an aesthetic that has already stalled, and is now starting a new genre or style called "Dreampunk". You probably know this too.

Mr. Russo, who is such a person, his album released in February 2021 is “L.Y.F” as Hong Kong Express. It's a work dedicated to his mother.

It made me feel that this is a pretty great piece of work, rather than just good!

In terms of style, it's music like gloomy Chillout. But in that darkness, there is a contrast between sweetness and bitterness, or dryness and wetness, and undulations.
The melodies are rich, and the female vocalise that echoes throughout the whole songs beautifully raises the dreamy fragrance.
In general, it can be said that it is a microcosm that dramatically, lyrically and symbolically depicts the melancholy of young people. Includes 9 songs, about 42 minutes, and listening to this album will never waste your time!

(However, I don't think that all of the large number of works that Mr. Russo continues to produce day and night are at this level.)

US Golf 95: Casino (2019), DreamCourse™ (2018) - ニヒリズムがユートピアをつくります

〈US Golf 95はスコットランドのプロデューサーであり、その音楽は架空のUS Golf 95コンピューターゲームに基づいた昔ながらのビデオゲームサウンドトラックと美学を呼び起こすことを目指しています。〉

……とは、サンブリーチの記事からの引用です()。
《US Golf 95》を名のるグラスゴー市のヴェイパーウェイヴ・クリエイター、そのご紹介は、ほぼこの文言につきている、とも考えられます()。

そしてゴルフさんのセルフタイトル作“US Golf 95”(2015)は、サンブリさんのアルバム評で《二つ半の太陽》という高い評価をかちとった、折り紙つきの傑作です()。もはやその存在は、ヴェイパーウェイヴの歴史、そのゆるぎない一部分になっていると言えるでしょう。

──いや、前の記事のリンズヘヴン・バーチャルプラザでも、ほぼそうでしたが()。すでにサンブリさんが取り上げているアイテムらについては、ことさらに私がつけ加えるべき話なんて、ほとんどない、ということを感じさせられます。

では、ありますが──。
サンブリさんが精力的にご活躍の時代(2016-18)、それよりあとに出てきた傑作ゴルフ作品らも存在します。そのあたりを私から、少しご紹介です!

まずは2019年のアルバム、“ℂ𝕒𝕤𝕚𝕟𝕠”。これはスタイルがうって変わり、モールソフトです()。トロピカルムードのイージーリスニングらのローファイ化、であると考えられます。

その全編の初めに鳴っているヴィブラフォンの、〈ティン・コロ・リ〜ン〉というラウンジーな響き。これがもう絶頂、たまりません!
このいきなりのオーガズムに始まる、最高の選曲と最高の処理。全12曲・約48分を、すみずみまで愉しめる傑作です!

続いては(時系列が前後しますが)、2018年のアルバム、“DreamCourse™”。これはゴルフさんお得意の手法、何か1990年代のビデオゲームのサントラを、何かしたものと想像されます。

全10曲・約43分を収録。その全編のトーン&ムードの統一感が、まことにみごとです。
そのトーンとはもちろん、90年代ゲーム機的なモヤっとしたエレクトロニック・サウンド。そしてムードは、《リラクゼーション》をうたったニューエイジ系チルアウトに、やや近いでしょう。

そして、その《リラクゼーション》とやらをのんびり愉しんでおりますと、ファイナルのトラック“Diamond 走路”、ここですばらしいテンションの高まりがあります。
今アルバム“DreamCourse™”が、みどりの美しいゴルフコースでストロークを遊ぶことを描写したものと想定すれば、そのラスト曲“Diamond 走路”は、その一連のプレイのフィニッシュの大いなる歓びを、描いているでしょう。

ちなみに、この10曲め“Diamond 走路”は、アルバムの第3曲である“Ice 圏”と、ほぼ同じ楽曲です。ただし、演奏されるキーおよびアレンジの調整で、それぞれのもたらすテンションが変更操作されています。初めはややローな調子、そしてついにはマックスへと。

そしてこの楽曲“Diamond 走路”のもたらすムードである、高揚感、達成感──。あるいは、努力の果てに得た勝利の悦びを、しみじみとかみしめている感じ──。
それらがあまりにも快いので、実のところは何も達成していない、努力もなければ勝利も得ていない、という自分の現実のことなどは、きれいに忘れてしまいそうです!
これがおそらく、脳神経用語にて言われる、報酬系とやらのスタンピードです。これではまるで、耳から味わう危険ドラッグなのでは?

そういうわけで、“DreamCourse™”がすばらしい傑作だとは分かりました。しかし、その素材となったゲームソフトが何かあるのかどうか、それは明らかでありません。心苦しい、無能の告白です。

が、そのいっぽう。

USゴルフさんの2020年の近作アルバム、Wii Fit 𝙃𝘿 𝙍𝙚𝙢𝙖𝙨𝙩𝙚𝙧”。これについては、素材が明らか……というか、まったく隠されておりません。
ほぼ同じタイトルのゲームソフトが存在することを、すぐに知りうるでしょう。そして、そのサントラが加工されたものだと理解できるでしょう()。

かつ、これと原曲らとを聞き比べて驚かされるのは、USゴルフさんがそこで、ほとんど何もしていないかのようだ、ということです。
再生スピードをおよそ80%ほどにまで落とし、そしてたんじゅんなEQ処理とも違いそうですが、原曲らのとがった高音を削ってローファイ化。その結果、より耳にやさしい音質になっています。
ほとんどそれだけ、のようです。ただ、これらのかんたんな処理によって、原曲らのわずかにもアップタイトな感じが薄れ、チルアウトムードの大いな深まり。

このことから邪推すると、私たちが傑作と認めた“DreamCourse™”にしても、同程度のあっさりライトな処理で作られたものなのか、とも思えてきます。
あるいはまあ、そういうものかと、仮に考えて。

そしてその、〈ことさらなことをしない〉態度。そのあまりないさぎよさ──ことによるとニヒリズム! そこに私は、何か深く感じ入るところがあったのですが。

[sum-up in ԑngłiꙅℏ]
US Golf 95 is a Scottish producer whose music seeks to evoke old-school video game soundtracks and aesthetics as based around the fictional US Golf 95 computer game.”
Mr. Sunbleach said so in 2018. That's exactly the case, but I would like to share with you some of the recent works of this great US Golf 95.

First of all, the 2019 album, “ℂ𝕒𝕤𝕚𝕟𝕠”. This is a Mallsoft, unlike his usual style. It is thought to be a lo-fi version of easy-listening in a tropical mood.
The vibraphone that is ringing at the beginning of the whole songs has a true loungy sound called “Tinkle-Tink-Ring”. This is already climax and irresistible! Starting with this sudden orgasm, it is a masterpiece that you can enjoy all 12 songs, about 48 minutes.

Next (although the time series goes back and forth) is the 2018 album “DreamCourse™”. I can imagine that this is something that Mr. US Golf is good at, something that was done to the soundtrack of the video game of the 1990's.
Contains 10 songs, about 43 minutes. The unity of the tone and mood of the whole songs is truly wonderful. The tone is, of course, a hazy electronic sound like a 90's game console. And the mood will be a little closer to the New Age chillout that advocates “relaxation”.

And there's a great upsurge here on that final track, the “Diamond 走路”.
And the mood of this song “Diamond 走路” is senses of exhilaration and accomplishment. Or, it feels like I'm grabbing the joy of victory at the end of my efforts.
They are too pleasant, so it's easy to forget about my reality that I haven't actually accomplished anything, I haven't made any efforts, and I haven't won!
This is probably the stampede of the “reward system” in neurological terms. This pleasure is addictive...!

Lindsheaven Virtual Plaza: NTSC Memories (2013) - 走査線の波間に消え、戻る

《Lindsheaven Virtual Plaza》──リンズヘヴン・バーチャルプラザは、ブラジルのリオの人であったセザール・アレシャンドリ(Cesar Alexandre)さんによるヴェイパーウェイヴのバンドです()。

リンズヘヴンのヴェイパー活動は、2013年に集中して実行されています。その時期、私が、〈第1次ヴェイパー・ブーム〉などと呼んでいる時期に秀作らを発表し、このムーブメントがマッシヴなものであることを大いに印象づけた──それが、リンズヘヴンさんの功績であったと言えるでしょう。

そのようにして、シーンの絶大なリスペクトを集めていたアレシャンドリさん。その訃報が、この4月16日にツイッターで伝えられました。彼が親密だった地元ブラジルのレーベル《ATMO™》さんが、その第一報をもたらしたようです()。

……ここであらためて、リンズヘヴンさんの最高傑作と見なされているアルバム、NTSC Memories”を聞き直しました。
するとそのサウンドが、あまりにも耳に親しく、心になじむ、言わば身についた私の一部分であることを、私は感じました。

このサウンドを、どのように形容することができるのでしょうか。
たとえばサンブリーチさんは、今作に《三つの太陽》と呼ばれる最高の評価を与えた上で──お伝えしたように、サンブリさんのレビューでこの最高点を獲得しているアルバムは、全ヴェイパー史上わずか12作のみです()──、次のように述べておられます()。

NTSC Memoriesはまさにそれについてです。記憶と、古い公共放送やドキュメンタリーへの参照を、彼らが見ているものをまだ完全に理解していない子供の目を通して見たものです。それは、70年代の入門的なジングルを思い起こさせる解決の進行から始まります。それによって、シンプルなキーボードのメロディーが、この深夜のネットワークで議論するための最新のトピックを紹介します。


生産は非常にローファイですが、ここでは「ローファイ」と「低品質」を区別する必要があります。(…)NTSCモリーズはローファイです。NTSC Memoriesの場合、ローファイの美学は記憶の概念を増幅します。これらの記憶は不完全ですが、記憶されている部分はまだ活気に満ちています。


トラックのアップテンポのメロディーと比較的強烈なパーカッションでクレジットが転がり、さようならを言って来週お会いしましょう。TVガイドで日付を丸で囲んでください。これはもっと戻ってくる価値のあるアルバムです。

憶えてもいない記憶を注入されて、私たちはそれにノスタルジーを感じています。NTSCビデオ・システムの、低解像度の走査線のすきまに、ユートピアはかいま見えたでしょうか。

──そして、死とは何であるのでしょうか。ことに、ヴェイパーウェイヴにおける死とは、いったい何であるのでしょうか。
未来をあらかじめメモリーに組み入れることによって、私たちは死を受け容れました。これは適切な解決になっているのでしょうか。

そうして私たちはテクノロジーと消費文明のゴミらをケルンのように積み上げ、叶えられていない欲望のカタログを作成し続けます。
不在のものこそが最良であることを確認しましょう。別れを告げながら私たちは、リンズヘヴンさんと再会し続けるでしょう。

[sum-up in ԑngłiꙅℏ]
On April 16th, 2021, the obituary of Lindsheaven Virtual Plaza (Mr. Cesar Alexandre), one of the most important producers of the early Vaporwave, was reported. It's a shame.
Now, when I re-listen to his 2013 masterpiece album “NTSC Memories”, I feel that it is a part of me that is too close to me and familiar to my ears.

What is death ... What exactly is death in Vaporwave? By pre-embedding the future in memory, we accepted death. Is this the right solution?
Then we pile up the trash of technology and consumer civilization like a cairn and continue to create a catalog of unfulfilled desires.
Make sure that the absence is the best. Saying goodbye, we will continue to visit Lindsheaven Virtual Plaza again and again.

Fester's Quest: F a n c y F e a s t ⁽ᵇˡᵘᵉ ˡᵃᵇᵉˡ⁾ (2021) - 愛はリッチなお肉のフレイバー

《Fester's Quest》──フェスターズ・クエストを名のる人は、米フロリダ州に在住のヴェイパーウェイヴ・クリエイターであるようです()。
そのバンド名のフェスターズ・クエストとは、海外版ファミリーコンピュータ向けビデオゲームのタイトルが、借用されているものと思われます()。

さてこのフェスターさんは、2016〜18年にアクティブで、しかしこの3年ほど新しい作品がありません。
また、惜しくも。このフェスターさんによる作品たちは、いままであまり、このヴェイパー界の大きな話題になったことがないようです。

そのようなフェスターさんの──失礼ですが地味で隠れた──作品が、なぜこの場でのご紹介という運びになっているのでしょうか。
それは、私たちの信頼のレーベル《B O G U S // COLLECTIVE》が、この2021年1月、フェスターさんの2017年のアルバムを再発してくれたからです。アートワークの色をブルー系に替え、そしてボーナストラックを追加した増補版として。

さあ、その注目のアルバム、“F a n c y F e a s t”。これは、キャットフードをテーマにした作品かと思われます。
青いラベルの新エディションは、全13曲・約38分を収録。その各トラックのタイトルが、カバー写真の毛並みのよさそうなネコさんの、ラグジャリー&ごうまんな暮らしぶりを暗示しています。

そして……。私もこのほど初めて聞く機会を得たのですが、この『ファンシーフェスト』は、どういう音楽であるのかと申しますと? いや、それが実に……!

まずこの音楽は、出どころのまったく想像もつかないような、あさはかにして安っぽさをきわめた《ミューザック》らを、その素材としています()。
ややロック調のそれら原曲を、わずかにスローダウンしていそうですが、しかしその効果は、それほど過激ではありません。すさまじいのは、その先のローファイ加工です。

かなり多くの楽曲で、2kHzあたりから上の高音部が、バッサリと完全に切り棄てられています。その切れ方の鋭さからするとこれは、EQではなくローパスフィルタの処理かも知れません。
かつ、低音部の周波数もカットされていますが、そちらの削り方はまだしも穏健です(……ヴェイパー界の基準では!)。

その他にも、軽くリバーブの処理などがあり、まあとにかくサウンドのローファイさがきわまっています。音圧がきわめて低く、鼓膜に当たるような音がほとんど出ていないので、じっさいよりも音量が小さく感じられるでしょう。
これではまるで、近所の家で点けているラジオか何かの音が、壁から洩れて聞こえているようです。

ところがそのような、もうろうとしているばかりのサウンドを、きわめてスムースでコンフォータブルだと感じている私がいます。すばらしい!

なお、このアルバムについてRedditで、興味深い問答を見つけたのでご紹介します。この『ファンシーフェスト』オリジナル版が出た当時、ヴェイパーウェイヴ愛好者からの批判的な意見に、作者フェスターさんが回答しています()。

【ボロック氏】:どの曲もまるで、壊れたテレビの音声を約6メートルも離れて聞いているかのようです。実にやせ細って聞こえづらい、こんなサウンドは好ましくありません。
【フェスター氏】:不運なことに、これらすべては、壊れたテレビの音声が約6メートルも離れて録音されたものなのです。これもまた人生です

そういうことなら、受け容れなければならないようです! イエス

なお、フェスターさんのディスコグラフィは──現在までに8作くらいのアルバムが出ていますが──、別にこういうサウンド一色であるのでもなくて。
もう少しくっきりと聞こえている音楽(?)や、またチップチューンのようなものも存在します。
ですが、この『ファンシーフェスト』にもっとも傾向の近い作品は、それの前作になる“HORSE GIRL”でしょう。あわせて大いにおすすめです!

──それにしても──。

果てしないほど拡がり続けるヴェイパーの荒野、そこに埋もれたジュエルであった、このアルバム『ファンシーフェスト』。その作者の功績は、もちろん言うまでもないにしろ。
かつ、それの発掘に成功したボーガス・レーベル、そのサーチ能力と批評眼もまた、実に卓越したものだと考えざるをえません。深く尊敬です!!

[sum-up in ԑngłiꙅℏ]
Fester's Quest, a Florida-based Vaporwave artist. His album “F a n c y F e a s t” is a concept album based on the theme of cat food. It could be considered as a description of the luxurious and arrogant way of life of the cat in the cover photo.
The album was released in 2017, but didn't seem to get much attention. In January 2021, it was reissued with bonus tracks by the trusted label B O G U S // COLLECTIVE. This new edition contains a total of 13 tracks and about 38 minutes.

And it is thought that this album is a processing of “Muzak” or something, which are so cheap, absurdly and cheesy that you can't imagine the source, into a horribly hazy Lo-Fi sound.
It's like the sound of a radio or something playing in a neighborhood house leaking through a wall.
However, I find such a vague sound of this extremely pleasant, smooth and comfortable. Very nice!

deko: MoonKid EP (2019) - ハイパーポップは…どこまでイクのでしょう? ピコーン!

《deko》──ディーコという名で知られる《Grant Andrew Decouto》さんは、米ジョージア出身のラッパー/プロデューサーです()。
1995年生まれ、ブロンドのカーリーヘアがセクシーな男性──たぶん──、です()。

この方が、ディーコ名義で作品らを発表し始めたのが、2019年くらいと見られています。
そしてそれが、いま話題の《Hyperpop, ハイパーポップ》のムーブメントの中で、少し目立ったものになっているようです。

いや、話の流れは、むしろこういうことです。
まず、そのハイパーポップと呼ばれる音楽が流行りぎみだということを私は風聞し、どのようなものであろうか、といぶかしみました()。
それでとりあえず、ざっと100曲くらいのハイパーポップを聞いてみました。ざっとですが()。

そしてそれらの中で、もっとも私の心に触れたのが、このディーコさんによるトラックらだったのです。〈これはわりに、“こっち側”の人かも知れないな〉、と。

で、さてそのハイパーポップについて、何も存じませんけれど、ざっとご説明いたしましょう。
これが、音楽に関連する感じのムーブメントとして注目されるにいたったのは、だいたい2019年のことであるようです。主にSNSからの動きとして。

そしてこのハイパーポップには、特定の音楽スタイルというものが、ありません。

スタイルのところを見てみると、わりにふつうめいた形式のポップやR&Bに始まり、続いてヒップホップやトラップがある、そのあたりは当然としても……。
さらには、グランジ・ロックやエモ・ロック、またはシンスウェイヴやダークウェイヴ、あるいはユーロディスコやUKガラージ風。
そしていちばんゆかいなのは、かの2ライヴ・クルーめいたマイアミ・ベース、ベース、ベース、ベィース!──、等々々のスタイルを、その中にへいきで含みます。

deko: PHANTASY STAR ONLINE ft. Yameii (2019) - YouTube
deko: PHANTASY STAR ONLINE ft. Yameii (2019) - YouTube
《美学》の豊かな愉しい音楽ビデオです!

そのように、ハイパーポップは、特定の音楽スタイルを持たないのですが。しかし、何か共通するセンスみたいなものはそこにある、と考えられます。

そのセンスとは、私の感じるところ、独特のけばけばしさです。

これもいまでは古い話ですが、《ギャル》や《JK》のような方々がケータイ電話にラインストーンか何かいうものをベタベタと貼りつけて、ゴージャスに《デコる》。ああいう感じ、と申しましょうか。

そしてハイパーポップが、そういうけばけばしさを音楽的に実現する手段が、まず、もうおなじみの《ケロケロ・ボイス》エフェクトであり。あわせて、グリッチ的な手法のあれこれなのでしょう。
一部ではこのハイパーポップの大きな部分を、《Glitchcore, グリッチコア》、と別称する傾向があるようです。その言い方のほうが、これの特徴をはっきり示しえているようにも思えます。

……で、さて?
そういうハイパーポップのさまざまな中で、私に対してディーコさんがきわだっていたのは、この人の音楽のファミコンくささ》、その特徴ゆえなのです。

ファミコンくささ》と申しますのも、別にたとえや形容ではありません。じっさいにこのディーコさんのトラックたちは、ファミコンNES)等に由来する電子サウンドを、大量に含んでいます。
とくに特徴的なのは、例のマリオさんが〈コインを獲る〉ときの、あの音です。
  《ピコーン!》
よっぽどのお気に入りと見えて、ほんとうにそれが、あちらこちらで鳴りまくっています!

そういうニホン産ビデオゲームに限らず、ディーコさんの音楽とアートワークには、ニッポン寄りのテイストが、あちこちに感じられます。
すなわち、アニメ、アニメくさいニホン語の語り、アニメ風CG、ボーカロイド、そして歌舞伎町的なネオン街の極彩色のランドスケイプ、等々々。
つまり私たちの言う《美学》、ですね! イェイッ)。

そして彼の、“MoonKid EP”の5曲め、Kawaiiという曲が、私の大のお気に入りです。オモチャめいたビートボックスのライトな響き、おチープ&ドリーミィなシンセ音の拡がり、文脈のよく分からないニホン語のアニメ声──、そしてマリオさんの《ピコーン!》

という、〈カワイイ〉世界が構成されているかと思うと。そのいっぽう、“Moonkid Mondays vol. 2”に収録された、“mac10”というトラックは、そこから展開しての、きわめて激しくも禍々しいグリッチ地獄です。インダス・ノイズの寸前です。
そのイントロの、FMシンセ的な美しいチップチューンの響きから、まさかそのように展開するとは、まったく予想もしえず。どぎもを抜かれました!

というわけで。ディーコさんはすばらしい。親しみがありつつ、また大いにリスペクトもできますが……。
……にもかかわらず、彼の音楽をすごく大好きだとも言えないのは、そもそもラップを私が好きではないからです。ことばがあまりにも多すぎです!

かつまた。ハイパーポップの全般に対しても、〈まあ、“いま”のサウンドではあるのかな?〉、くらいにしか思えない私がいます。
その共感しにくさの原因は、〈私はっ! ボクはッ! オレがぁ〜ッ!!〉みたいな圧が、そこには強すぎるからか、と考えられます。

すなわち。個人のことですが、いままで私のずっと聞いてきたポップ音楽は、まずパンクロック、次にアシッドハウス(テクノ)、そして現在のヴェイパーウェイヴ。
それらの共通点は、《私》なるものを滅却していこうとするポップだということです。ハイパーポップとは正反対です。

ただし。

ハイパーポップがくどくどと強く主張している《私》たちが、SNSの中にしか生息していないような薄っぺらでつまらない生き物らだというところに、奇妙な目新しさは感じます。20世紀のフォークや私小説実存主義らの主張してきた《私》たちとは、何か違うようです。

あるいは。あらかじめ滅却されてしまっている何かが、むりにでも《私》であろうとして、その何か自身を必死にデコっているのでしょうか。
そこから進んで、さらにバカなことを言うなら、インスタ映えのためなら死ねる!〉、くらいのくだらない軽さと過激さが、そこにはあるのでしょうか。その意気は、大いに買わずにはいられません。

というわけで。この新しさをめかした波に、勇ましくライドオンができない自分を、少しさびしくも思いますが……。
……ともあれ今後のハイパーポップの動向に注意しつつその大いなる発展に期待します!

続いて関連記事をぜひ、ご笑覧ください:
ヴェイパーウェイヴ -に対する- ハイパーポップ - 『ユリイカ』2022年4月号・特集=hyperpop(