ポ  サ  研

─ Post-Truth Sound Lab, Vaporwave / Désir Duplication Répétition ─

Hong Kong Express: L.Y.F (2021) - 《ヴェイパー鉄雄》は、すべてを呑み込む。

《Hong Kong Express》──または短く《HKE》、それ以外にも80種類ほどのステージネームを使い分けながら、日夜ご活躍されています。
すなわち、ヴェイパーウェイヴのシーンが生み出した少数のスター的プロデューサーたち──そのひとりである、デヴィッド・ルッソさんです()。

このルッソさんについて私は、ずいぶんいろいろなことを述べてきたと思います。あれこれと()。
しかしいま、委細はさておき。

いまルッソさんについて重要なのは、3〜4年ほど前から彼がヴェイパーの今後の発展性(か何か)を見限り、それに代わる新しいジャンル《ドリームパンク》を創設しようとしている、このことでしょう()。

ですが、そのドリームパンクというジャンル──。その輪郭のあまりはっきりしていないことが、シーンの人々をとまどわせているのでは? そのように、私は認識しています。

たとえば。ルッソさんご自身のレーベルであるドリームカタログからの近作オムニバス・アルバム、そのタイトルもストレートな“This Is Dreampunk vol. 1”(2020)、これをご紹介した記事で述べましたが()。
先入観なしで接すると、このアルバム内の楽曲らは、〈陰気くさいIDMまたはチルアウト、もしくは実用性の薄いダークアンビエント〉、くらいのものに聞こえます。

……しかし? かといって逆に、〈陰気くさいIDMまたはチルアウト、もしくは実用性の薄いダークアンビエント〉であるものが、ドリ・パンなのでしょうか? おそらく、そうではないはず。
そのあたりが、少し分からない……ドリ・パンのくっきりした特徴が、明らかになってこない。

ではありながら、そのアルバム“This Is Dreampunk vol. 1”、それ自体に対する私の印象は、かなりよかった。質の高さと、聞く愉しみを感じました。──ということも、お伝えした通りです。

で、さて。そのようなルッソさんの2021年2月・発のアルバムが、ホンコン・エクスプレスとしての“L.Y.F”です。彼の母に捧げられた作品だというのですが──。

これがまた、ただ単にいいというよりも、かなりすばらしい作品であると、私は感じました!

その形式面を言えば、例によって〈陰気くさいチルアウト〉です。しかしその陰うつさの中に、甘さと苦さ、あるいはウェットさとドライさのコントラストがあり、そして起伏があります。
旋律が実に豊かであり、とくに全編のあちこちに響いている女声ヴォーカリーズが、まさにドリーミィな芳香を美しく立ちのぼらせています。
総じれば、青年(ら)の憂愁がドラマチック、リリカル&シンボリックに表現された小宇宙、くらいにも言えそうです。全9曲・約42分を収録、このアルバムに耳を傾けることは、あなたの時間をけっしてむだにしないでしょう!

HKE: Silk Demon's The Embrace Between The Circus And The Sky (2018) - Bandcamp
HKE: Silk Demon's The Embrace Between The Circus... (2018) - Bandcamp
これがまたルッソさんによる別の傑作です!

……と、これはひとつのいいニュースです。ですが、ルッソさん&その周囲に私たちが見出すのは、必ずしもいいニュースばかりではありません。

だいたい、ルッソさんによる大量の作品ら──。いいときは最高ですけれど、しかしいちいち言いませんが、どうかと思われる品のほうが多いです(!)。
たとえばさいきん聞いてしまったもので言うと、わけの分からないインダス・ノイズ・ロック、あるいは二流のIDMもどき、等々々。それらに耳を傾けることは、あなたの時間をむだにするかも知れません。

それと、彼が唱導しているドリ・パンなるムーブメントが、予定通りに発展し充実しつつあるのかどうか?

そのあたりに焦燥感を覚えたのでしょうか。日本時間の2021年4月18日あたりから、ドリームカタログのツイッター・アカウントが、奇妙な一連のつぶやきを流し始めました。この、ドリ・カタの語り手は、とうぜんその主宰者であるルッソさんだろうと、解釈されるでしょう()。

そして、その一連のご投稿というのが、実にものすごく大量になるのですけれど……。おおむね、次のようなことが言われていたと、考えられます。

ヴェイパーウェイヴの行きづまりを見て自分は、もっと新しく発展性のある別のものとして、ドリームパンクを創始した。
にもかかわらず俗世間がドリ・パンを、ヴェイパーの内部の一種類のフレイヴァーみたいに扱い続けていることに、大きな不満を感じている。
かつて自分が創始した《ハードヴェイパー》のときもそうだったが()、いくら自分が異なることにトライしても、ヴェイパー地獄(Vaporhell)の中に引きずり戻されてしまう。
 
ああ! すべてを呑み込もうとする《ヴェイパーテツオ》、そのあくなきどん欲さ!

と、彼の言う《テツオ》とは、大友克洋AKIRA』に登場する鉄雄くん。とくにその、物語の終盤の巨大なモンスター的形態のことであるようです。
ともあれ、このくらいまでなら、まあ言いそうなことかな、とも思えたのですが。

しかしそのうちにご発言のトーンがヒートアップし、もはやドリ・パンもヴェイパーも同じようなクソだとか(!)。さらには名指しで、ドリ・パン運動の身内でありながらヴェイパーと二股かけているあいつらは許せん、だとか(!)。
──とまあ、たいへんな気炎になっているようです。とくにお身内への指弾シューティングというジェスチュアが、何か一線を越えてしまっているようにも思えます。これは《スターリン粛清》まではいかないにしろ、シュルレアリスム運動の同志らのほとんどを除名し去ったアンドレ・ブルトンさん、その再来なのでしょうか。

そして。このようなバーニングのありさまも、せいぜい2日間もすれば鎮火してくれるだろうか、と見ていました。ところが現状(4月22日)、いまだそうはなっていないお盛んさで……。

と、こんなことらをお伝えしていてはまるで、低劣きわまるゴシップメディアかのようです。〈あの有名人らがSNSにこんな投稿を!〉──、といったクソくだらない話をクソ記事にデッチ上げるクソどもと、同類なのでしょうか。

  実のところ、どうでもいいですよね?

にもかかわらず、こんな話におよんでしまったのは。

〈そんなことを言っているあなたさまは、いったいどういう音楽家なのですか?〉、という思いで耳を貸したルッソさんのアルバム“L.Y.F”が、意外にも、自分の心に深く響いてしまった──。この奇妙きわまる分裂した感覚を、つい、伝わる限りでお伝えしたかったのです。
おそらくそれは、私の中にも生息している《ヴェイパーテツオ》──、そのあくなきどん欲さが、この作品をも呑み込んでしまったのでしょうけれど!

[sum-up in ԑngłiꙅℏ]
Perhaps you know, Mr. David Russo, who is active under the pseudonyms such as Hong Kong Express or HKE for short. He is one of the few star producers from the Vaporwave scene.
However, Mr. Russo decides that Vaporwave is an aesthetic that has already stalled, and is now starting a new genre or style called "Dreampunk". You probably know this too.

Mr. Russo, who is such a person, his album released in February 2021 is “L.Y.F” as Hong Kong Express. It's a work dedicated to his mother.

It made me feel that this is a pretty great piece of work, rather than just good!

In terms of style, it's music like gloomy Chillout. But in that darkness, there is a contrast between sweetness and bitterness, or dryness and wetness, and undulations.
The melodies are rich, and the female vocalise that echoes throughout the whole songs beautifully raises the dreamy fragrance.
In general, it can be said that it is a microcosm that dramatically, lyrically and symbolically depicts the melancholy of young people. Includes 9 songs, about 42 minutes, and listening to this album will never waste your time!

(However, I don't think that all of the large number of works that Mr. Russo continues to produce day and night are at this level.)