エッコ チェンバー 地下

─ €cco ₵hamber ฿asement, Vaporwave / Đésir đupłication répétition ─

deko: MoonKid EP (2019) - ハイパーポップは…どこまでイクのでしょう? ピコーン!

《deko》──ディーコという名で知られる《Grant Andrew Decouto》さんは、米ジョージア出身のラッパー/プロデューサーです()。
1995年生まれ、ブロンドのカーリーヘアがセクシーな男性──たぶん──、です()。

この方が、ディーコ名義で作品らを発表し始めたのが、2019年くらいと見られています。
そしてそれが、いま話題の《Hyperpop, ハイパーポップ》のムーブメントの中で、少し目立ったものになっているようです。

いや、話の流れは、むしろこういうことです。
まず、そのハイパーポップと呼ばれる音楽が流行りぎみだということを私は風聞し、どのようなものであろうか、といぶかしみました()。
それでとりあえず、ざっと100曲くらいのハイパーポップを聞いてみました。ざっとですが()。

そしてそれらの中で、もっとも私の心に触れたのが、このディーコさんによるトラックらだったのです。〈これはわりに、“こっち側”の人かも知れないな〉、と。

で、さてそのハイパーポップについて、何も存じませんけれど、ざっとご説明いたしましょう。
これが、音楽に関連する感じのムーブメントとして注目されるにいたったのは、だいたい2019年のことであるようです。主にSNSからの動きとして。

そしてこのハイパーポップには、特定の音楽スタイルというものが、ありません。

スタイルのところを見てみると、わりにふつうめいた形式のポップやR&Bに始まり、続いてヒップホップやトラップがある、そのあたりは当然としても……。
さらには、グランジ・ロックやエモ・ロック、またはシンスウェイヴやダークウェイヴ、あるいはユーロディスコやUKガラージ風。
そしていちばんゆかいなのは、かの2ライヴ・クルーめいたマイアミ・ベース、ベース、ベース、ベィース!──、等々々のスタイルを、その中にへいきで含みます。

deko: PHANTASY STAR ONLINE ft. Yameii (2019) - YouTube
deko: PHANTASY STAR ONLINE ft. Yameii (2019) - YouTube
《美学》の豊かな愉しい音楽ビデオです!

そのように、ハイパーポップは、特定の音楽スタイルを持たないのですが。しかし、何か共通するセンスみたいなものはそこにある、と考えられます。

そのセンスとは、私の感じるところ、独特のけばけばしさです。

これもいまでは古い話ですが、《ギャル》や《JK》のような方々がケータイ電話にラインストーンか何かいうものをベタベタと貼りつけて、ゴージャスに《デコる》。ああいう感じ、と申しましょうか。

そしてハイパーポップが、そういうけばけばしさを音楽的に実現する手段が、まず、もうおなじみの《ケロケロ・ボイス》エフェクトであり。あわせて、グリッチ的な手法のあれこれなのでしょう。
一部ではこのハイパーポップの大きな部分を、《Glitchcore, グリッチコア》、と別称する傾向があるようです。その言い方のほうが、これの特徴をはっきり示しえているようにも思えます。

……で、さて?
そういうハイパーポップのさまざまな中で、私に対してディーコさんがきわだっていたのは、この人の音楽のファミコンくささ》、その特徴ゆえなのです。

ファミコンくささ》と申しますのも、別にたとえや形容ではありません。じっさいにこのディーコさんのトラックたちは、ファミコンNES)等に由来する電子サウンドを、大量に含んでいます。
とくに特徴的なのは、例のマリオさんが〈コインを獲る〉ときの、あの音です。
  《ピコーン!》
よっぽどのお気に入りと見えて、ほんとうにそれが、あちらこちらで鳴りまくっています!

そういうニホン産ビデオゲームに限らず、ディーコさんの音楽とアートワークには、ニッポン寄りのテイストが、あちこちに感じられます。
すなわち、アニメ、アニメくさいニホン語の語り、アニメ風CG、ボーカロイド、そして歌舞伎町的なネオン街の極彩色のランドスケイプ、等々々。
つまり私たちの言う《美学》、ですね! イェイッ)。

そして彼の、“MoonKid EP”の5曲め、Kawaiiという曲が、私の大のお気に入りです。オモチャめいたビートボックスのライトな響き、おチープ&ドリーミィなシンセ音の拡がり、文脈のよく分からないニホン語のアニメ声──、そしてマリオさんの《ピコーン!》

という、〈カワイイ〉世界が構成されているかと思うと。そのいっぽう、“Moonkid Mondays vol. 2”に収録された、“mac10”というトラックは、そこから展開しての、きわめて激しくも禍々しいグリッチ地獄です。インダス・ノイズの寸前です。
そのイントロの、FMシンセ的な美しいチップチューンの響きから、まさかそのように展開するとは、まったく予想もしえず。どぎもを抜かれました!

というわけで。ディーコさんはすばらしい。親しみがありつつ、また大いにリスペクトもできますが……。
……にもかかわらず、彼の音楽をすごく大好きだとも言えないのは、そもそもラップを私が好きではないからです。ことばがあまりにも多すぎです!

かつまた。ハイパーポップの全般に対しても、〈まあ、“いま”のサウンドではあるのかな?〉、くらいにしか思えない私がいます。
その共感しにくさの原因は、〈私はっ! ボクはッ! オレがぁ〜ッ!!〉みたいな圧が、そこには強すぎるからか、と考えられます。

すなわち。個人のことですが、いままで私のずっと聞いてきたポップ音楽は、まずパンクロック、次にアシッドハウス(テクノ)、そして現在のヴェイパーウェイヴ。
それらの共通点は、《私》なるものを滅却していこうとするポップだということです。ハイパーポップとは正反対です。

ただし。

ハイパーポップがくどくどと強く主張している《私》たちが、SNSの中にしか生息していないような薄っぺらでつまらない生き物らだというところに、奇妙な目新しさは感じます。20世紀のフォークや私小説実存主義らの主張してきた《私》たちとは、何か違うようです。

あるいは。あらかじめ滅却されてしまっている何かが、むりにでも《私》であろうとして、その何か自身を必死にデコっているのでしょうか。
そこから進んで、さらにバカなことを言うなら、インスタ映えのためなら死ねる!〉、くらいのくだらない軽さと過激さが、そこにはあるのでしょうか。その意気は、大いに買わずにはいられません。

というわけで。この新しさをめかした波に、勇ましくライドオンができない自分を、少しさびしくも思いますが……。
……ともあれ今後のハイパーポップの動向に注意しつつその大いなる発展に期待します!

続いて関連記事をぜひ、ご笑覧ください:
ヴェイパーウェイヴ -に対する- ハイパーポップ - 『ユリイカ』2022年4月号・特集=hyperpop(