ポ  サ  研

─ ポスト真実 のサウンド研究, ヴェィパーゥエィヴ と仲間たち, 欲望 複製 反復 ─

Timmy Sells His Soul: Compulsory Pleasure (2016) - 強制的な快楽、ロボットたちのための歌謡ショー

いつもどちらかといえばゲテモノっぽい音楽をご紹介しているような自覚があるが、とくに今回のはキテるかも。カバーアートのヘタくそさをきわめた《萌え絵》に対し、内容のおかしさもけっして負けてはいない感じ。

このミニアルバム「強制的な快楽, Compulsory Pleasureを出している《& Options》はヴェイパーウェイヴ系のレーベルだが()、しかし今作は、通常のヴェイパー作品とはだいぶ毛色が違う。じゃあ何かって、ボーカロイドもしくはそれ風の人工ヴォイスをフィーチャーしたエレクトロポップ、とも言えそう。

そのまず“Live!”と題された冒頭曲は、「キャー!」という少女らの歓声に始まり、続いて懐かしい感じの歌謡ショーよろしく、司会者が歌手の紹介にかかる。そのいずれもが、ロボットめいた──というか、そのものズバリの人工ヴォイスで。

「ハッロォー、あなたはニューヨークから来ましたか?」
「はいわたしは……ニューヨーカーです」
「それは、すてきね!」
(聴衆、キャー! キャー!)

ところでなんだが自分は英語の聞き取りとかできないので、上記は「どうせこんなこと言ってんのかなァ」くらいのあさましい想像にすぎない。ふつうの英語もろくに分からないし、かつ、このロボたちの英語はさらに聞き取りにくい。

でまあ、そういう寸劇みたいのに続いて唄が始まるんだが、予想通りロボットくさいものではありながら、しかしびみょうにエモーショナルなところがあって少々の共感へと押し出され、実にヘンな感じ。いやこのアルバムは、全編において「ヘンな感じ」しかない、といえばそうだけど。

楽曲ら自体がそんなにデタラメではなくて、いちおうは存在しうるようなポップになっている、そこがヘンな感じのもとなのか。ただし、通常の発想では出てこないようなメカっぽい節廻しが目立つ──その点は、一般に流通しているボカロ歌謡と同じ。
それとこのボットのボーカル、歌詞がところどころニホン語のように聞こえるんだが、しかし通るような意味にならなくて、やんわりといらだたしい。もとが日本語用の発声システムなのでそうなってしまうのか、どうなのか。

そうしてこんなのを聞いていると、ボットがボットの抒情を歌ってボットの聴衆を悦ばせている歌謡ショー、そこに立ち会っている感じの自分は何?──という気はしてくる。そこでそんなには退屈もしていないとすれば、すでに半分、いや4分の1くらいは、自分もボットになっているのでは?

そういえば近ごろは《ニコ動》か何かのゲーム実況動画、ああいうところでも《読み上げソフト》が活用される傾向にある感じ。その不自然な抑揚やアクセント──今アルバムのマシーンボーカルにも共通するもの──を、自分は気持ち悪いと思い、せいぜい1分間も聞いたら「もういい」って感じだけど。
いや。自分も一時はもろに《テクノ》の人だったので、ゆえにボコーダやスピーク&スペルらの発声を、大悦びで聞いてたんだが。がしかしその愉しみも、それらが《音楽作品》の要素である限り、という当たり前のことに近ごろ気づかされる。

そんな《創作》みたいなワクに入っていないナチュラルなボット化の波、意識的な《テクノ》のアチチュードが無意識化されてしまったもの。それを、この21世紀の人間たちは受け容れつつあるのだろうか。
言い換えて、ボット化しつつある人間どもには、ボットくさいポップこそがお似合いなのだろうか。通俗ポップの言いたてる《愛》とか《キズナ》とか《前向きに》とか、ボットにでも言える決まり文句ではないだろうか。AIの振るまいをシミュることが成功への早道みたいな社会で、それに抵抗しうる《人間性》なんてものが、もしあったとしてもそれが何なのだろうか。

くどいようだが念を押しておくと、20世紀のテクノミュージックのベースが《あえてのボット化》という意識的ジェスチュアだったとして、いっぽうこの現在の「強制的な快楽」は、すでに無意識的にボット化している《われわれ》に対して捧げられたポップだということ。
その違いからフィールの新しさ、すなわち違和感や不気味さが後者に発生してしまっている。むかし《テクノ》の響きを心からアットホームだと自分は思っていたが、もはやそんなホームは懐古ワクの中にしかない。

で、さいごに。このロボット歌謡ショーの作者、アメリカ在住であるらしい《ティミー・セルズ・ヒズ・ソウル》というアーティスト。別にこの人はエレクトロニック系専門ではないっぽく、別のアルバムでは別にどうでもいいようなローファイ・ロックなども演っている。
その中で、“Money Always Wins”(2017)は今作と近い傾向のアルバムで、しかしこの「強制的な快楽」ほどにはコンセプトに集中していないので、逆にさらりと愉しめそう。かつ、「通常」のヴェイパーウェイヴに、そのサウンドが寄っている感じもある。この姉妹ロボもよろしくネ!