エッコ チェンバー 地下

─ €cco ₵hamber ฿asement, Vaporwave / Đésir đupłication répétition ─

Jay Som: I Think You're Alright (2016) - あなたの笑顔はとても過酷──やさしみと不安のカクテル

その芸名をジェイ・ソムという女性は、LAをベースに活動するフィリピン系アメリカ人のシンガーソングライター。1994年生。
その作品傾向は、ベッドルームポップでありドリームポップであると称される。2012年からBandcampに自作曲をポストし始め()、やがて注目を浴びて……それからワリと、歌手としてのサクセスストーリーにのっておられる感じ。以上のバイオは英語のウィキペ等より。

だがそれはそうと、自分がこのジェイ・ソムさんに刮目してしまったのは、ご紹介する彼女のEP“I Think You're Alright / Rush”(2016)、そのカバーアートにみょうなインパクトを感じてしまったから。

いや別に、とりわけヘンじゃないといえば、それもそう。だがしかしこのジャケットの、写真に写るフィリピン系らしき女性の何とも言えないたたずまい──またそれをとり囲む、真っ黄色のカラーフィールド。よくは分からない異様なオーラを、そこに自分は感じてしまった。

ではと音を聞いてみると、それがまた、「とりわけヘンじゃないといえば、それもそう」。人をゆったりと包み込むようなやさしいサウンドと、温かみある声質。ゆえに「なごむねェ」とか言って、それで終わりでもよさげ。
しかし何かオレは、そこにヘンな殺気やすごみが潜んでいるような気がしてならず──(ところでこの記事では、EPのB面的な曲“Rush”には言及しない)。

そのヘンな感じをつい追求したくて、ちょっと歌詞を調べてみた。Bandcampページ掲載のテクストより、歌詞のさいしょ3分の2くらいを以下に試訳。

《あなたは大丈夫だとわたしは思います》
朝起きたらあなたのためにコーヒーを沸かし
わたしたちは“攻撃をしまくって”一日を過ごすでしょう
わたしはあなたの血をコンクリートから拭き取るでしょう
あなたをパーティに連れて行き、気を失うまで呑むでしょう
ああ、あなたはとてもかわいい
あなたの笑顔はとても過酷
誰にも見つからないところにあなたを隠したい
あなたの好きな曲のすべてをプレイしたい
そして明かりが消えて身が震えたら
わたしたちは暖かい夜の中に隠れるでしょう

あなたは大丈夫だとわたしは思います

(Jay Som: I Think You're Alright)

──《あなたは大丈夫》と言われてはいるけれど、しかし大丈夫なのだろうか──?

ジャック・ラカン精神分析理論(またはヨタ話)によると、過剰に保護されてあること、自分に注がれるまなざしがあまりにオーバーオールであること、つまり欲求らが事前に満たされてしまっていること──それが、人間らの《不安》の源泉である、とか何とか。
そしてこのやさしい感じの唄が、みょうにどこかで自分の《不安》をかきたてているのは、その関係でなのだろうか。

また、そうじゃなくてもこの楽曲は、サウンドの奥からヘンな聞き取りにくい会話が聞こえてきたり、またアウトロのところでみょうに過剰に盛り上がってみたりと、何かちらほら不穏なところがキッパリある。だからどう、ということはいまだ分からないが、しかしそれゆえに、やたら印象的であるもよう。

そして、ここで再びカバーアートの話に戻ると、写真のところに「1998」と書き込みがある。さいしょ何も考えず98年のジェイ・ソムさんのお姿なのかと思っていたが、しかし年齢的にまったく合わない、それはありえない。
すると見た感じそっくりだが、写真の女性はジェイ・ソムさんではなく、そのお母上であったりするのだろうか。そして楽曲「あなたは大丈夫」の内容は、このお母上(か誰か)の印象に関係するものなのだろうか。

なんてまあ、ボンクラ探偵のヘボ推理みたいなことはほどほどにしておくべきだけど。

ところでジェイ・ソムさんの最初期の楽曲には、記念すべき第1作“See You, Later”、それに続いた“Finding What You're Looking For in the Closet”、“Pavement”、等々と実に印象的なものが多い。そりゃいずれは注目を浴びたはずだろう、と強く感じさせられる。とくに、ウェブカメラのマイクで録ったというローファイさをきわめたクローゼットの曲がお気に入り。
だがいま挙げた初期作らは、底流的にはすべて同じもの。やさしみありげなサウンドの裏側に、じわっとした不穏さ不気味さを秘めたもの。
クローゼットの奥からあなたや彼や彼女らは、いったい《何》を見つけてしまおうとしているのだろうか。そして楽曲「あなたは大丈夫」は、そういう最初期の方向性の集大成と見ておけるものなのだろうか。

赤い薔薇の花ことばは、「美」「情熱」そして「愛」…

【拙訳について】 実は“攻撃をしまくって”のところが、よくは分かっていない。英語の“lay about”に攻撃の意味があるらしんだが、しかし“layabout”とすると、のらくら者の意であるそう。
前の行からつなげると「ノラクラして」と読みたくなるけれど、しかし次の行とのつながりでは攻撃っぽくもある。で、何となく気分で、攻撃としてみたばかり。ぜひお分かりの方のご教示を乞うっ。