エッコ チェンバー 地下

─ €cco ₵hamber ฿asement, Vaporwave / Đésir đupłication répétition ─

CVLTVRE: NEW (2020) - 《ポスト真実》以後の世界に私たちは誘われました。

ヴェイパーウェイヴの第2か第3くらいの世代のクリエイター&オーガナイザーとして、最大の功績と名声を誇る《HKE》、その実体は英国の人デヴィッド・ルッソさんだとか。まあそこまではいいんだけど。
この人および彼の築いた牙城《Dream Catalogue》レーベルが、われらがヴェイパーの温床であるBandcampを離れる、ということはもう2年くらい前からアナウンスされていた感じ。そしてその時期からのリリース品らが、ヴェイパーではないインダスやオルタナ・ロックだったりして、ちょっと様子がヘン。

そしていまご紹介する《CVLTVRE, 力ル千ャー》の“NEW”は、いまやBandcampとは無関係らしきドリ・カタ社から1月にリリースされた、なんか久々な感じのヴェイパー作品。オフィシャルによれば、こういうものだそう。

ドリームカタログの伝説のCVLTVREは、新しい10年の最初のドロップで「すべて」の「NEW」で戻ってきました。アーティストが2010年に開発した混chaとしたタペストリーへの言及と、2020年代の未来への暗示。
酔った蒸気波のwaveから過去10年間、彼は鋭い耳なしでサンプリングを間違え、蒸気の飛び散りと見事に混ざり合っていた、完全にオリジナルのFMシンセシスの作品を考案しました。
「NEW」は、気まぐれなユートピア的資本主義の至福が溶けてグーに溶け込んだ、蒸気波後の世界にリスナーを誘います。

(──グーグル翻訳の出力から抜粋──)

ワンポイントだけキカイの訳文を補正すると、〈鋭い耳がなければサンプリングかと誤解されそうな〉、それほど巧みなFMシンセの操作によって作られたオリジナル作品、とかいう主張。
つまり「出どこに問題のありそうなサンプルを含有せず」、ということが強調されているのだろうか。そしてそれ以外の宣伝フレーズは、いまや聞き飽きた感じもするヴェイパー関連のクリシェっぽい、みたいな。

まあ大切なのは音楽そのものなんで、とりあえず一聴。すると全般がのんびりした感じのシンセ・インスト・ポップ、そのサウンドにほどほどのヨゴシが施されたもの。そして適宜、「ヴェイパーですよ」ってアピールしてる感じの語り系サンプルらが挿入されている。
結論、こういう傾向の作品としては、ワリにデキがいいほうかな、という感想。ただこれをHKEさんと彼の企業は、何らかの新しい時代を画するブランニューな《インターヴェイパー》の傑作として売り込みたいんだよね。

〈気まぐれなユートピア的資本主義の至福〉とは、ヴェイパー界の愉快な紋切り型ジョークかとばかり思っていたが。また、このヴェイパーとやらいう世界は、現実には不可能で不在のドリームらのカタログなのかと思っていたが。
けれどもどっこい、その甘くて淡くてはかないドリームらがトゥルーとなる未来への暗示──壮大なる運動の、これは始まりなのだろうか。シャレや皮肉だったはずのものごとらがグーに溶け込んだ単なる《現実》になってしまう、《ポスト真実》以後の世界に私たちは誘われました。

Chuck Person's Eccojams Vol. 1 (2010) - archive.org
Chuck Person's Eccojams Vol. 1 (2010) - archive.org
(本文と直接の関係はないが、何ちゃら
プロジェクトが公開していた歴史的至宝)

ところでなんだが、かくて《こちら側》から離れていったドリーム・カタログの最新イシューを、ムリクリにこっちへ引き戻そうという動きもあるんだよね。
ってのは《Vaporwave Library Project》というレーベルが、現在はめったに聞けない過去リリースらと一緒くたに、CVLTVREとはびみょうに違うような《CVLTVRΣ》の最新アルバム“NEW”を、Bandcampで公開しちゃっているんだよね()。もちろん非営利で、そして「買うなら本家で買うべし」という注意つきにしても。

こんな所業がまかり通るのか否かが、今事案に関する最大の興味、とまで言ってはあんまりだが、にしてもこれは許されること?
それを決めることができるのは作者の力ル千ャーさんご本人、さもなくばドリ・カタ社のエグゼクティブたちなのだろうか。
いや。著作権がどうこうなんて、《外部》の人が言うのはともかく、このどうしようもないヴェイパー界のうちわで語るのはジョークを超えたジョーク、とも思えるわけだけど。

ただしHKEさんが、いまだヴェイパー界のうちわの人なのかどうかも分からないんだよね。何ンせ、《ヴェイパーウェイヴは死んだ》をご宣言なさった本人だしね。
そのことから、より現実っぽい領域へとコンシャスな《ハードヴェイパー》へいったん進んでみたのはよく分かるとして、しかしいまだにドリーミィで逃避的な《インターヴェイパー》とやらを推してくるんだよね。何ンかもう整合性がなさすぎて……いや、人に対して言動の《整合性》みたいのを求めるのも《ポスト真実》以前の旧習、それはそう?

赤い薔薇の花ことばは、「美」「情熱」そして「愛」…

【追記・2020/05/18】 追ってドリーム・カタログ社の方針変更にともない、Bandcampでもその新作が公開されるようになった。この記事の主題のアルバム、“NEW”も()。
これを受けてか、ヴェイパーウェイヴ・ライブラリ・プロジェクトの《CVLTVRΣ》は、現在は削除されている。

【追記・2020/11/15】 追ってドリーム・カタログ社の廃業、およびヴェイパーウェイヴ・ライブラリ・プロジェクトのBandcampページ消失にともない、アルバムたちのリンク先を修正。
……悪いがちょっと皮肉を言わせてもらえば、あるひとつの企業に関わる〈気まぐれなユートピア的資本主義の至福〉は、単なるドリームもしくは実体なき蒸気として終わっちゃったらしい。
かつそのいっぽうで、ヴェイパーウェイヴ・ライブラリ・プロジェクトによる《コピーレフト》的なユートピア建設計画も挫折しちゃってるけどね! ああ、もう!!