エッコ チェンバー 地下

─ €cco ₵hamber ฿asement, Vaporwave / Đésir đupłication répétition ─

░▒▓新しいデラックスライフ▓▒░: ▣世界から解放され▣ (2012) - 欲望の羅列だけが目の前を通りすぎます。

掲示板のヴェイパーウェイヴのスレッドで《Signalwave》が話題になっていたので、触発されて自分なりにちょっと調べてみた。

まず《Signal》ということばだが、やや意外だけど、このジャンル内ではテレビ等のCMくらいの意味で使われるらしい。
だからCM音声のサンプルをフィーチャーしたたヴェイパーが、シグナルウェイヴになる。どうやらこれが基本。
またCMだけでなく、何らかのお知らせ的な音声、ニュースの朗読、テレビ番組のテーマ曲なども、シグナルウェイヴの素材として使われる。いずれのネタも短くて強く印象的、かつメディア上の《レディメイド》、という共通点を有する。

さて古いことだが1956年、リチャード・ハミルトンが雑誌の広告ページの写真らをコラージュした美術作品「いったい何が今日の家庭をこれほどに変え(…)」が、《ポップアート》の元祖になったとされる()。
そしてわれらのシグナルウェイヴは、音楽の世界でいまそれと同じことをしている──のだろうか。

それはそうだといったん言えるが、しかしそれだけだとも思わない。

シグナルウェイヴの草分け的作品のひとつが《░▒▓新しいデラックスライフ▓▒░》、すなわちインターネットクラブと同じ人による“▣世界から解放され▣”(2012)。でまあ、要してしまえばCM等の《シグナル》っぽい音声らのコラージュ、カットアップ作品なのだが。
けれどこの20分間にも満たないささやかなアルバムの永続的な衝撃と破壊力、吐き気をもよおす醜悪の壮麗さ。それは、ポップアートみたいに趣味がよく知的で余裕のある操作と同列のソレではないのでは。

それはむしろ死にものぐるいのアウトサイダーアート》みたいなもので、まるで隔離された密室で意味も分からずテレビだけずっと見て育った子どもが他にすることもなく、ついヘンに作ってしまった、そのくらいの奇怪な迫力を有する。
または、自身の糞便をコネ上げて作った個人的な邪教の忌まわしき偶像、みたいなものだろうか。少なくとも、「こんなことしかできない」精神状態にまで自分を追い込んで──もしくはなぜなのか余儀なく追い込まれて──、そうしたらデキちゃったシロモノであろうかと。

そういう異様なイキオイで、CMから商業性を剥ぎとり、商品らから使用価値を剥ぎとり、ことばからは《意味》を剥奪し、さらに音楽からも情感を排除して、その残余の集積が〈世界から解放され〉た、このさっぱりとした廃墟なのだろうか。
決して満たされることのないデラックスな《欲望》の渦だけが、エーテルのように、または生ゴミか情事のあとの臭気のように、その空間を満たしている。いや別にわざわざそんな廃墟が作られたわけではなく、すでにわれわれはそこにいる、ということにいつか自覚的であってしまうのだろうか。

New Dreams Ltd.: Fuji Grid TV EX (2016) - Bandcamp
New Dreams Ltd.: Fuji Grid TV EX (2016) - Bandcamp
(オリジナル“Fuji Grid TV”の増補改訂版)

ちなみに、この“▣世界から解放され▣”と同じくシグナルウェイヴの草分けと言われるアルバムが、ヴェクトロイドの変名《New Dreams Ltd.》による“Fuji Grid TV”(2011)。
同じくテレビのCMなど《シグナル》めいた音声らのカットアップであり、かつ〈新しい〉に対応して〈New〉だと名のっているところがペアっぽい。
で、これもひじょうにいい作品だと思う、しかし何か姿勢が違う。こちらのほうが知的でウィットや余裕を感じさせ、つまりよりポップアート的だと考えられる。それもそれでいい。

ということでシグナルウェイヴの原点みたいなところをまず見たつもりとなって、あと2回くらいこの関連の話題を振りたいので、それではまた。

追記。このときは〈あと2回〉などと書いていたけれど、しかし予想以上にシグナル系へハマったので、けっこう続いています。カテゴリの《Signalwave》をクリックすることでシグナル話の一覧へ()。