エッコ チェンバー 地下

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みかわ絵子「忘却バッテリー」 と 戻りつく原点であるらしきAutechre(オウテカ)

Webコミックサイト「少年ジャンプ+」にて2018年4月より掲載中の野球まんが、みかわ絵子「忘却バッテリー」。

みかわ絵子「忘却バッテリー」少年ジャンプ+

【作品概要】 中学シニア時代に天才と謳われたキャッチャーくんが、何かの事故のため記憶を失い、野球の知識や技術も忘れ、ムリに《陽キャ》を装う単なるアンポンタンと化してしまう。追って平凡な都立高校に進んだこの少年、その再起を信じて寄り添うのは、彼と長年バッテリーを組んでいた天才ピッチャーくん。このふたりの周りにクセの強い連中が集まり、やがて彼らは平凡都立高の弱小のきわみ的野球部を甲子園出場へ…!?

まあそのようなお話で、その問題の元キャッチャーくんがイタいところを全開で魅せつける第1話のつかみがよかった。半分ギャグみたいな野球ものということから木多康昭のメイ作「泣くようぐいす」(1999)などを想起もさせつつ、何か全般的に違う感覚の新しさを感じさせてくれる、ような気がする。

「忘却バッテリー」の、なぞめいた新鮮さの解剖?

今作のどこが新しさを感じさせるのか、むりにでもことばにすれば、元キャッチャーくんの痴態醜態らを筆頭に、スベりまくっている恥ずかしさを温かみでくるんで提示しているところに共感させられる、そのあたりだろうか。
「元は天才だったんだから」とキャッチャー復帰を求められた少年は、「こんな140キロで飛んでくる石みたいな硬球なんて、受けれるわけねェ!」などと、さいしょ泣き言を洩らす。そこでついこちらは笑わされるが、しかしよく考えたらそんな感じ方こそ実にナチュラル&フラットなものであり、お話はそれを否定しない。けれども、そうした恐怖を乗り越えて、余人らの及ばない高みに達する者らがいる。…こうした構図のとり方が、新鮮なのだろうか。

それとまあ自分の好みで、美少女なんかぜんぜん出てこないところが硬派でグッド。現状このまんがのヒロインは元キャッチャーくんの母親であるかのように見受けられ(!)、これがまた息子に負けないイタさをふりまくオバサンだったりする、ナイス。

「忘却バッテリー」に、なぞめいた音楽談義の勃発?

ところでなんだが、このまんがを読み進んできてすごい衝撃だったのが「番外編2」なるエピソード。学校の教室の隅っこらしき場所で、3人の野球少年らが語り合っている。…いやよく見ると否、わき役で知性派内野手のメガネくん独りだけが、不可解な語りのモードにダイヴ・イントゥーしている。

エレクトロニカに 思いを馳せる夜 って誰にでも あると思うん ですが
(…中略…)
結局Autechreオウテカ)に 戻ってきてしまう 自分がいますし
『elseq4』の“latencall”が 熱すぎて…
ブツ切りで空間を 切り裂くような 荒ぶるシンセと
(キリリとカッコいい顔で、)淡々と 打ちつける ビート!
(…中略…)
一度再生 したら最後
3時間延々と 続く世界観に 没入してしまう というのは
皆さんもご存知の ことだと思いますが…
……(話がまったく通じてないことに気づき)……
おっと… コホン 失礼 しました
ちょっと語り すぎちゃい ましたかね
(メガネの位置を直しつつ、クイッと上から目線にて、)
皆さんは どのJ-POPが お好きなん でしたっけ?

みかわ絵子「忘却バッテリー」番外編2より(強調らは引用者による)

「誰にでも」とか「皆さんもご存知」とか、どういう口から言っているのか? まあ実のところ自分にとっては、テレビによく出てる、またはネットで話題ふっとう、みたいなミュージシャンらの話よりは、まだしもご存知なのだが。

しかしそんな自分も実はオウテカって「アンバー Amber」あたりしか真剣には聞いてなくて、調べたら1994年のアルバムですごく古い()。あれはチルアウトだから寝る前とかによかったけれど、その後のオウテカはインダストリアルみたいな方向に進んでしまってどうも。…という凡人の感想文。

けれどもこのまんがにショックを受けたことから、その話題の「elseq」シリーズに耳を貸し、<オウテカに戻って>いこうかともしてみたけれど…。
いやダメだとは思わないがちょっとあまり、というフラット&ナチュラルでしかない感じ方、余人らの及ばぬ高みを目ざすことができない弱さ、そこらを責めるならこの5時間04分に及ぶブツの延々と続く世界観に没入し、じィ〜っくりと何度も熱くエンジョイしてから、ぜひにお願いたしたい。

かつまたあらためて調べていたら、話題の楽曲“latencall”の正しいタイトルは“latentcall”であるらしく、つまり「忘却バッテリー」の記述は“t”が1コ足りていない。どうせ辞書にも出てないような語なので半分はしょうがないような感じだが、しかしそんなことに気づいた読者は自分一匹だけかも知れないな…と、ここでオレはふかしぎな孤独感を味わうのだった。

ところで、皆さんはどのJ-POPがお好きなんでしたっけ?