ポ  サ  研

─ Post-Truth Sound Lab, Vaporwave / Désir Duplication Répétition ─

みかわ絵子「忘却バッテリー」 - グレッチで殴って、ジャズマスでエグって。

前記事『「忘却バッテリー」と、オウテカ』()の補足、小ネタ。まずは、その前記事でご紹介したストーリーの続きから。

…元天才のバッテリーを擁する三流野球部は、やがて多少だけチームらしくなり、そして練習試合に臨む。対戦相手は、かってのライバルが属する野球名門校。
プレイボールとなって、相手側の監督のオッサンは、三流側のメンバーを見て驚愕する。その中に、バッテリーの2人をはじめ、全国に名が通った天才球児らが4人くらいもいるという、超ありえない光景を見たので。

みかわ絵子「忘却バッテリー」少年ジャンプ+

<…あれほどの選手らが、なぜド三流校に!? なぜそんなブタに真珠!? というか、なぜヤツらはウチの高校に来てくれなかったのか!?>

といったことらを考えあぐねてオッサンの監督は、「あたしをグレッチで殴って!」と意味の分からない叫びを放つや、ダッグアウトの中で卒倒失神してしまう。部員らの介抱ですぐ気がつくけど。…と、確か、そんなエピソードがあったはず。

さてここで不可解だったのは、「あたしをグレッチで殴って!」というなぞのフレーズ。「グレッチ」というカタカナが、ストレイキャッツとかで使用されているヴィンテージなエレキギターの商標、とまでは確かそうで、そこからおそらく、大ショック&シビれちゃった、みたいなニュアンスは込められていそうだが?

…まあ現在はこういうの検索すればすぐ分かるので、「あたしをグレッチで殴って」とは、椎名林檎「丸の内サディスティック」(1999)の歌詞の一部であるらしい。同曲ではグレッチにあわせてリッケンバッカー、マーシャルといったロック界の一大フェティッシュ的ブランドらの名が呼び出され、愛欲の東京生活の詩的描写を盛り上げている(っぽい)。

椎名林檎 - 丸の内サディスティック(1999)◇

で、はっきり言えば、その歌詞中の「あたしをグレッチで殴って」とは、究極の享楽をさし示すシンボル《ファルス》によって貫かれたい、享楽の高みへと押し上げられたい、とまあ、言い換えらうれる。グレッチとは伝説的な銘機(名器)、欲望の対象をさし示し、享楽の源泉とみなされたもの…てなわけで、だとすれば、そうなのだ。

それが監督のオッサンにとっても同じこと(?)なので、もしもその天才球児らをチームに加えることができたらば、自分はどこまでも高いところにイケる、イケそう、いやイカせてちょーだい、お願い! …みたいな想いを込めて「あたしをグレッチで殴って!」と叫んだのだと思われ、気持ちは悪いがすじは通っていそう。
だからその叫びの直後の《失神》という肉体の反応も、彼がイケそうな享楽の絶頂の前触れ、フライング成分、くらいに解釈しておけるだろう。気持ちは悪いけど。

…さてなんだが、自分少しはシューゲイズ、ドリームポップみたいな音楽を聞いていて、そのバンドらを映像や写真で見ると、使用ギターがフェンダージャズマスターまたはジャガーであることが、ヘンにやたらと多し。
で、それらを見るたび、「カッコはいいけど、それさ、音がそんな良くないし弾きにくいしょ? ふつうにストラトでいくね?」などとも思ったりするが、けれどもそのカッコつけが彼らには必要なのか、とは分かってはいる気がする。
エレキを弾いてはいるけれど、ジェフ・ベックやブラックモアあたりを目ざしてるわけじゃないから、オレらは違うから…といった想いを込めてのストラト忌避なのかな、と。それが現在では逆の紋切り型、かのようにも思えなくないが。

My Bloody Valentine - Only Shallow (1992)◆

だが、さっき調べてみたらシューゲイズとジャズマス/ジャガーの結びつきは、このジャンルの元祖みたいなマイブラMy Bloody Valentine)に始まってしまっているらしくて、1980年代からの伝統ともあれば、もう仕方がない、どうしようもない。かくてきょうも、享楽のきわみに達することへの期待が込められつつ、そこへイクためのメディアとしてのグレッチやらジャズマスやらは、しつような愛撫をされ続ける。