エッコ チェンバー 地下

─ €cco ₵hamber ฿asement, Vaporwave / Đésir đupłication répétition ─

Martin Kohlstedt: FLUR (2020) - ヘンな《ピアノ》を、ヘンな場所で弾く。

《Martin Kohlstedt》──マルティン・コールシュテットという人は、ドイツのピアニスト/作曲家、1988年生()。アンビエントがかったネオクラを演って、ジワジワと評価を上げつつあるもよう。
すでにメジャーのワーナー系列からも、CDとかが出ているし()。近ごろはこういう地味なネオクラの人が、映画スコアへの起用などを期に大ブレイクしたりしがちなので、彼も近々一発あるかも?

で、そのマルティンさんの、音楽自体も好ましいと思うんだけど。ただ自分が彼に注目してしまったのは、彼がYouTubeにうぷている動画シリーズがヘンに面白いんだよね()。
これはマルちゃんの最新アルバム、“FLUR”のプロモーションの一環であるらしい。そしてそのシリーズの推測されるコンセプトは、〈ヘンなピアノを、ヘンな場所で弾く〉

いちばんさいしょに自分の関心をひいたのは、〈無限回廊ヤマハCP-70を弾く〉、という動画だった()。マルさんのホームタウンである独ワイマールに、そのやたら長ぁ〜い廊下があるらしい。

その場所もいいけど、しかし何より、いまどきヤマハCP-70》てのがタマらない!

ご存じの方も多いと思うがCP-70は、1976年に発売の〈エレクトリック・グランドピアノ〉()。通常のグランドピアノに比すれば小型軽量で可搬性にすぐれ、しかもマイクセッティグの苦労ナシ、などの特長をもっていた。それで80年代あたりまで、その姉妹品らをもあわせ、全世界のポピュラー音楽界で広く使われていた。

……しかし90年代にあっさりとすたれていったのは、やはり中途ハンパだったから? どうしても生ピとは音が違うし、あと調律の手間は変わらなかった感じだし。

ちなみにこのヤマハCP-70系の演奏でもっとも自分に印象深いのは、ルー・リードさまのライブ盤『テイク・ノー・プリズナーズ』(1978)。とくに大詰めの楽曲「コニー・アイランド・ベイビー」で、イントロから終始チャラチャラとその特徴的なサウンドが鳴りまくっている。ああっ!!
これはけっこうイジってる音かも知れないが、しかしCP-70系ってこういう鳴りのもの、という気がする。内蔵ピックアップのキャラクターのせいか、独特のブライト感がある。

それと。ひでェ余談もいいところなんだけど、この『テイク・ノー・プリズナーズ』ではルーさまが“Pale Blue Eyes”で、これも当時の最新ギアだったグレコ&ローランド二社によるギターシンセを鳴らしている。むかしはそういう印象がなかったが、意外に新しもの好きの機材マニアだったことが、現在は知られている。
とはいえCP-70にしろギタシンにしろ、のちに軽ぅ〜くすたれてしまったので、とくに先見の明があったわけでもない(!)。でも演奏がいいので、すべてがすばらしい。

と、そんな古ものをどこから持ちだしたのか、今21世紀のヤングでホープなピアニストであるマルティン・コールシュテットさんが、それを弾いてるのだった。

しかし動画を視れば分かるが、このCPにはコード類が何もつながっていない。発音機構は生ピと同じなので、アンプなしでもどうにか聞こえるくらいの音は出る、それをマイクで拾っている。
まあそうすると、単なるヘボめのピアノの音になっちゃってる風味。でも自分が好きなんだよね、こういうあやしげな《ピアノ》の鳴りを。

で、このマルさんのおもしろ動画シリーズでは、〈デンマークの寒々しい海岸でフェンダー・ローズピアノを弾く〉、なんてのも印象的だったが()。
しかしいちばん自分を感動させたのは、〈ワイマールの自宅バルコニーで、マルくん幼時から使用しているピアノを弾く〉、というものだった。

これがどこ社製で何年式のピアノなのかという説明はないんだが、しかしアップライト型というにも異様に小型のもの。何か改造されていそうで、あちこちの板が取り外されており、かなり見た目がよくない)。
かつ、消音のためかと思うが、弦とハンマーらとの間に毛布みたいのが挟みこまれている。その毛布っぽいのがまた古ぼけたしろもので、実にビンボーたらしい感じ。

けど、それがいいんだな……。オレらのマルっちもかなりな《ピアノ・フェチ》であるようだが、こうやって《ピアノ》がヘンであればあるほど何かにコーフンさせられてしまうという性癖が、ある

むろん《スタインウェイ・コンサートグランド》みたいなアレらのよさとかを否定もしないが、しかし逆に、そんなごりっぱなピアノからは出ない音もある……はずだ。
そしてオレなんかどうしても、そのコンサートホールに象徴される文化制度の牢獄から逃れていく、そんなささやかで変ちくりんな《ピアノ》たちに共感してしまうのだった。〈ヘンなピアノをヘンな場所で弾く〉、という営為を応援したい!