エッコ チェンバー 地下

─ €cco ₵hamber ฿asement, Vaporwave / Đésir đupłication répétition ─

ctraltu: storybook (2020) - キミはチェット・ベイカーには、なれない(らしい)。

《ctraltu》という、実に奇妙なバンド名を名のっているアーティスト()。その素性やら何やらは、あとで追い追い、明らかにしていくとして。
実のところこの人が、《何》をしているのかというと。独り多重録音によるラウンジっぽいジャズのアルバムらを、大量に制作し発表し続けておられる。

その量が、すごい。2013年から現在まで、たぶん年あたり10作くらいのペースで制作中。
その量がすごすぎるので……。とりあえず最新のところから3年分くらいを聞いてみたら、これがけっこうイイんだよね。

述べたように《ctraltu》の音楽は──少なくともその近作らは──、だいたいラウンジっぽいジャズだと言える。かつ、ジャズっぽいラウンジだと言っても別によくて、そこは受けとめ方しだい。
その楽曲らの、テンポはほとんどがスロー、ムードはおおむねメランコリック。一辺倒だといえばそれはそうだが、しかしその中に起伏やふんいきの濃淡があって、こっちを飽きさせない。

そしてそのアンサンブルの中で目立つのは──、これがまたメランコリックなムードを盛り上げる──ハーモン・ミュートつきトランペットの哀愁味ある響き。
これがもちろんマイルス・デイビスへのリスペクトか何かだということは、追ってご本人も認めているけど。だが言われなくても、それが明らかすぎるサウンドになっている。

このような《ctraltu》の音楽が、自分の気持ちにはピタリとハマりすぎて、何だかふしぎな感じなんだ。他者から出ている音、という気がしないんだよね。

さて。そろそろネタを明かしていくと、《ctraltu》の実体は、トーマス・シュテフェン(Thomas Steffen)というお人。1965年生、独ドルトムント在住のマルチ・インストゥルメンタリスト()。

そして気になるバンド名の意味は、《Ctrl+Alt+U》というコンピュータ操作のショートカットのことらしい(!)。ただし、そのまた意味(というか機能)はよく分からなくて、そんなショートカットは一般的ではないっぽい。
けど、ざっと調べたところ、ある種のソフトでは、《アップデート》という機能をそれに割り当てているようだ。じゃあもう、そのくらいの意味に解しておくとして。

でも、作者さんの正体が分かったからって、別に音楽よりも面白い話なんてありはしない。むしろ一般的に、そんなものは存在しない、と言える。
ただ、シュテフェン氏が自らの作風を、《ローファイ・ジャズ》と呼んでいるところが、みょうに自分のフに落ちたんだよね。

てのも。コントロ・オルト・ユーのサウンドは、スムースジャズともちょっと違うし、クラブ系のジャジーグルーヴでもないし、かつダークジャズとも異なる。そのそれぞれに、少しずつは似てるが。
そこへご本人が出してきた、ローファイ・ジャズという言い方が、みょうな適切さをオレに感じさせている。

いやローファイったって、コントロの音楽は、まず楽曲や演奏は実にちゃんとしているし。また、ことさらに音質が悪いワケでもないんだけど……。
だがしかし、仕上げのあたりのびみょうな粗さが、なるほどローファイなのかな、と思う。たぶんマスタリングのふきんが、あまり念入りでない。おそらくそのゆえ、売り物であるようなスムースジャズラウンジ系らとは、耳に当たる感じが違う。

けれどもちろん、それはそれでいいと思っているワケだ。ただしオレは、このコントロ=シュテフェン氏の音楽について、ひとつだけモノ言いがあるんですよ。

それは──。ごくごくまれに、たぶんご本人による唄が入ってるトラックがあるんだけど。でもちょっと、この唄はあまりよくないかな、と。
どっちかっていうと下手だってこともあるが、しかし上手か下手かって話ではない。たとえばチェット・ベイカーの唄だって上手くはないんだが、しかしそこに《何か》がなぜか、あった。

で、ああいうりくつの立たないような魅力こそ、余人に再現できるものではなくて──。