ポ  サ  研

─ Post-Truth Sound Lab, Vaporwave / Désir Duplication Répétition ─

Jenevieve: Baby Powder (2020) - 世界のポップ とサイボーグポップ そして、さいごの人間らの欲望(想い)

《Jenevieve》──ジュヌヴィエーヴというR&Bの新進女性シンガーは、マイアミ出身でLAをベースに活動中の22歳()。そして“Baby Powder”は、その2020年3月発の2ndシングル曲。
かつそれが話題のナンバーで、おそらくは息長くヒット中。

そして、その《話題》の一端は、この楽曲のトラック部分のほとんどが、杏里「ラスト・サマー・ウィスパー」(1982)のサンプリング、きわめて豪快な大ネタ使いだということなんだ。

いや、まず。とくに構えることもなく「ベビー・パウダー」を聞いて、〈ああ、これはイイっスね〉と自分は思ったんだ。《いま》のR&Bとして、ふつうにイイなと。
で、次に原曲「ラスト・サマー・ウィスパー」を聞いてみたら──このテの曲は、むかしだいたい聞いたにしても忘れてるので──、それが思わずあっけに取られちゃったんだよね。ジュヌさんの側が、あまりにも変えていない、ほとんどそのまんまなんで!

おそらく原曲の低音あたりは、うまくツヤを出して補強されているもよう。コンプやEQらの操作の巧みさを感じさせるが、しかしピッチやテンポ等は、ほとんど変えていない気味。

さて、杏里「ラスト・サマー・ウィスパー」は、アルバム「ヘヴン・ビーチ」のA面・第2曲。その作詞&作曲は角松敏生、編曲は瀬尾一三による。
そして、もう40年近くも前に制作された楽曲で……。それがちょっとはお色直しされているとはいえ、なぜこの《いま》のサウンドに聞こえているんだろう?

いやはやまったく、杏里のサイドもすごかったし、そしてジュヌヴィエーヴの側もマジ卍。そして1980年代シティポップのポテンシャルの高さを、オレらはここでまた思い知らされたんだ。

ところで。こんなことを書いているにも、少しはワケってもんがあるんだよね。

とは、さっき何かのマチガイで、何かクソみたいなJ-Popに、うっかり数分間も耳を貸してしまったんだ。〈テクノポップ風味のアイドル曲で……〉か何かいう触れ込みに、ついつい引きこまれたのがアダ()。

ったく、何を考えてこんなクソをまき散らすタコがッ? ふだんヴェイパーウェイヴなんていうゴミ同然の音楽(もどき)を聞いてウハウハと悦んでいるバカタレを、ここまで怒らすのも大したものだが──。

──で、このあとにイヤミっぽいことをクダクダと書こうとしていたが、でもそれはよす。そんなのを見る皆さまも愉しくないし、自分のメンタルにも別によくないんで。

ともあれ最大の問題だと言いたいのは、いまどきのJ-Popで目だっていやがる、グルーヴ感がないを通り越して《リズム》とさえも呼べない、ガチャガチャしてセカセカしてるだけのビート。
ワールドワイドのポップらを、まあ少しずつチェキしてるけど、しかしそんなのに類するものはない。あるとしても、そのテのJ-Popの影響を受けちゃったものだけと、考えられる。
そしていまさっき〈ワールドワイドのポップら〉の現状を、あらためてザザッと調べていたら、ジュヌヴィエーヴ×杏里さんのゆかいな話がほっこりと出てきたんだよね。

で、そんなみごとなガラパゴス世界が、1990年代以降のJ-Popの、なかなか小さくもない部分。いっぽうでいま現在、角松氏あたりを筆頭として、80年代ニホンのシティポップが全世界からのリスペクトを、強力に集めつつあるってのに。
──なぜそれが、ここまで墜ちたのか? ソニーJVCDENONらの凋落と、わざわざシンクロしやがって?

あまりそんなことは考えたくもないが、しかし思い当たったことがあるんだ。
〈グルーヴ感がないを通り越して《リズム》とさえも呼べない、ガチャガチャしてセカセカしてるだけのビート〉、そんなものをことさらに追求していた先覚者──面白いお人──、それは平沢進大先生

じゃあアレか、ニホンのローカル音楽市場にて、オレらはススムちゃん先生の大勝利をまのあたりにしてるってのだろうか?

かつまた。もう10年以上前から思ってンだけど、あの《ボカロ曲》ってのがヘンに音らを詰め込んで、メカニカルなメロディをガチャガチャ・セカセカと鳴らす傾向が、大いにある。そこらにもまた、平沢進先生の影響が及んでいるのかも知れないが。
そしてオレの言う、いまどき特有のJ-Popらには、そんなボカロ曲らを人間がマネしてるようなおもむきが、大いにある()。いま名づけてこれを、《サイボーグポップ》とでも呼ぶ。

そんなサイボーグポップだが、しかしその存在に、何の意味もないとは言いきれない。いずれAIらの挙動をマネすることが社会生活のルールとなる未来、それへの意識下の訓練として、有用かも知れない。

……出てきた当時、あれほどクールでメカニカルに聞こえた最初期のエレクトロポップらが、いまはグルーヴィなヒューマニティのカタマリにしか聞こえない。ただそれは、もともとそういう性格があったんだと、オレは考える。局面により、違う部分らが目だってくるんだ、と。
かつ、20世紀の《テクノ》って音楽は、コンセプトからしてアイロニカル。別に人間の機械化を、本気で求めていたワケではないハズだ。逆にヒューマニティを照らしだすための契機として、メカや電子らを愉しんでいた。それは概観・概説として。

けれど当節のサイボーグポップには、すでにそんなアイロニーなど存在しない。スマホを持たないヒトがもはや人間扱いされない、そんな世相のシンプルな反映でしかない。
そしてゆくゆくは脳に直結で、もろもろの情報とコマンドらが瞬時に届き続けるような、効率的でクリーンな世界をそれは、あらかじめ声高らかに謳歌している。こういうことを、《加速主義》っていうの?

そしてそんなときに、オレらヴェイパーウェイヴの徒は、廃絶されたテクノロジーのゴミらを盾に、人間としての自分を守ろうとするのだろうか? たとえばVHSカセットの頼りないプラケース、その中身によせるファンタジーが、さいごの人間らの想い(=欲望)になり果てるのだろうか?

[sum-up in ԑngłiꙅℏ]
“Baby Powder”, a spring 2020 hit by R&B news star Jenevieve. The track for this song consists of a sampling of the 1982 number "Last Summer Whisper" by Japanese City Pop singer Anri.
When listening to and comparing both songs, the originality and sophistication of the original song are the most striking. Also, the Jenevieve production staff who reused it are really wonderful.
In this way, the respect for Japanese City Pop in the 1980s has increased in various ways. We also are Japanese, so we are proud of that.
However, the times have changed, and in the present J-Pop, the groove feeling of the former City Pop does not exist. It's just mechanical and has a hasty beat. We want to call them cyborg pop, along with dislike.
And is the cyborg pop a hymn of the future when humans become slaves to AI? At that time, can we human beings on the side of Vaporwave protect themselves as humans by using the garbage of abolished technology as a shield?

【参考Webページ】:[インディR&B] 2020年注目すべき女性アーティスト 7選 - Sakura Taps 音楽部(
余談だけれど、このサイトはタメになる。Sakura Tapsさんの選曲センスには、すごく共感させられる。それが自分の中の、やや趣味のいい部分に共鳴しているんだ。