ポ  サ  研

─ Post-Truth Sound Lab, Vaporwave / Désir Duplication Répétition ─

Karl Bartos: Off the Record (2013) - 古流独式電子音楽 1:光と影のエピック of 原子力文明

クラフトワークの結成メンバー、フローリアン・シュナイダー氏を追悼(1947-2020)。ということで、オールドスクール・ジャーマン・エレクトロニック特集を開催。

そして第1弾にご登場は、クラフトワークの元メンバー、カール・バルト。彼が在籍した1975-90年という時期が、クラフツのまあ全盛期だったとは、おそらく全世界共通の認識みたいなことで。

この機会に脱退の理由を聞いといてみると、〈中心メンバーであるフローリアンとラルフ・ヒュッターの、過剰な完ぺき主義……あまりに遅々として進展しない制作……〉くらいなことを、述べておられるもよう()。
じっさい彼が脱退後のクラフツは現在まで、シングル1コとアルバム1コしか制作できていない。ライブとかは計算外で。
また新作アルバムというのも、83年のシングル“Tour de France”を焼き直してふくらませたものだし。かつ1991年の再録音盤“The Mix”にも、ノンクレジットでバルトスさんが参加しているんだとか。

で、ともかくもクラフツを脱退後のバルトスさんは、彼の個人バンドみたいな“Elektric Music”を結成。ただオレとしては、このグループはそんなに……《音楽寄り》で一般ポップ寄りすぎるんじゃないかな……くらいに思っていたけれど。

それから2000年、名義を本名にして、彼の息子くらいの世代のテクノ・クリエイターであるアンソニー・ロザー()とのコラボで制作のシングル、“15 Minutes of Fame”。これがひじょうによかったので、ブーム末期のテクノ界へのカンフル剤に──、いや、とくにそういう効果はなかったようか。

だいたい《15分間の名声》とは何のことかって、アンディ・ウォーホルが1968年、〈誰もが15分間だけ有名になれる未来が来る〉と言ったんだそうで。
そして自分の記憶だと、こういう話が続いていたはず。〈たとえば高いビルのてっぺんに登って、地上に向かい「飛び降りるぞ〜ッ!」と叫んでみたらいい〉。

てっきりそういうシニシズムだと思っていたが、しかしどうもいま、お話の後半の存在が確認できない。何らかの似たような言説と、記憶がごっちゃになっていたのかも。
ただ現代人たちの、〈手段を選ばず有名になりたい〉という熱望に、そのくらいのヤケクソっぽさがないと言ったらウソになりそう。有名でないなら生きてないのと同じ、みたいなことを本気で思う人物たちは、実在しているような。

そしてバルトスの楽曲も、そういう名声欲の危うさをすくい上げるものだった、と認識している。その歌詞のラストは、〈(有名であることの無上のすばらしさを前提として……)じゃ、どうやって、アンタ有名になるつもり?〉、と結ばれている。

そこまでを見てきた感じ、クラフツの主流派ラルフ&フローリアンに対しバルトスは、ポップであるとかジャーナリスティックな感覚に、すぐれているように思える。バルトス以前のクラフツがものすごく高尚なバンドだった、そこにポップで時事的なフレイヴァを加えていった、そういうバルトスさんの功績があったんでは──という気がするが。

しかしまあ、ヘンに想像だけしていても仕方ないんで。そろそろ本題、2013年、カール・バルトスの“最新”アルバム“Off the Record”をご紹介。

その冒頭曲であり、シングルカットもされた“Atomium”は、やや“15 Minutes of Fame”に近いふんいき。〈原子力時代の興亡を象徴する世界的有名な巨大ビル《アトミウム》へようこそ〉、といった歌詞だが、曲の後半に荒れ狂うシンセサイザーの「キィィ〜、ギュイ〜ン」という唸りが実に不穏、かつカッコいい!

このような、半歩くらいパンクロックやインダスのほうへ踏み出した地点で、バルトスさんのよさが最大に発揮されるように思われる。
そういうスタイル、方向性を強く期待しているんだが。しかし続く楽曲らで多少それ風なのは、6曲め“Musica Ex Machina”くらいだろうか。

とはいえこのアルバム全12曲、クラフトワークでいえば“Neon Lights”のようなノンキ節、そして同じく“Numbers”風の抽象的でリズミックなポエム、等々が盛りだくさんで愉しめる。そしてまた、バルトスさんのポップで風刺的なエレクトロニックの新作が、遠くない日に発表されてくれることを願いつつ。