エッコ チェンバー 地下

─ €cco ₵hamber ฿asement, Vaporwave / Đésir đupłication répétition ─

ASTRO TV SYSTEM: SIGNALWAVE_2054 (2019) - あなたのキャプテンに言いなさい

コクがあるのに、聞き味スッキリ! いま時代は激しいスローダウンへ!
そう、じわっとした蒸気の波が、おだやかに心の痛みを取るんです! 効きます! お試しくださいシグナルウェイヴ、試聴は無料っ!!

……と、いうわけで《シグナルウェイヴ》──テレビCM等の短くてインパクトのある音声サンプルを活用したヴェイパーウェイヴ──、そのご紹介のお時間が、やってまいりました。ご案内はわたくし、モドキちゃんがつとめます。
さあ今回ご紹介のアルバムは《アストロ・TV・システム》による、そのタイトルもめでたい“SIGNALWAVE_2054”。いやもう、なんかそのまんまですねー。

さてこのアストロさんだけど、以前にご紹介した《天気予報》と同じ人なんじゃないか、という気が少し……()。ともにCMネタへとフェチ固執しまくっているシグナルウェイヴ系であり、かつ、両者とも大阪在住を自称しており。
ただしスタイルはけっこう違っていて、今アルバムでのアストロさんは、ネタのCM音声らをかなりイジっている。ストロガッツでスローダウンし、一曲完全燃焼の魂でツギハギしている。いっぽうのお天気さんが、あまり大きなサンプル加工をしない傾向にあるのと、そこは異なる。

そしてそのような手法で、おそらくは1980年代とかの浮かれたCMサウンドをどんよりと加工し、夢に破れたバブルの怨霊たちが地の底から「オイデ、オイデ……」と呼びかけてくるようなサウンドを作成しているアストロさん。そのきわめつけが6曲め、単なる順番により“SIGNAL_0006”というそっけないタイトルを付されたトラック。

新しい時間……ニューメディア……暮らしが変わる……
好きなときに……好きな情報が得られる……キャプテンシステム……
さらに、インテリジェント……高品位……衛星放送……

これぞまさしくハムレットの父》の亡霊の出現、冥界からの不吉な呼び声。もしくは「ペット・セマタリー」、さもなくば夜道で落ち武者のユーレイに遭遇、そのくらいのインパクト。
そういう《夢》に満ちあふれた《キャプテンシステム》のCMナレーションと、何らかの現代音楽のようなインダスのような不気味なサウンド。その組み合わせでアストロさんは、この血も凍るような悪夢の3分間を演出。ごていねいにサウンドの奥では弔いの鐘が、カランカランと鳴っている──そんな「芸こま」ぶりをも示しつつ。

なお話題の《キャプテンシステム》について、うまい説明はできないが最小限のことを言うと、むかしのテレビと電話線と専用端末を使った、インターネット以前の双方向性メディア。だがしかし、あまり成功せずに滅びた。つまりベータビデオやバーチャルボーイらの仲間、くらいに考えてよさそう。
というキャプテンと、インターネットとの大きな違い。インターネットにはいまだに基本無料みたいな性質が、かすかにはある。いっぽうのキャプテンは、完全に商業ベースで企業ベースのサービスだったもよう。その言っちゃ悪いけど《商魂》が、いまは霊魂としてさまよい、たまにこうして化けて出てくるのだろうか。

と、このものすごい大ネタが出ちゃって以降、今アルバムのトーンはおおむね《レクイエム》。そういうバブル・ドリームっぽい怨霊らへの鎮魂の祈りが、そこには込められている感じ。
そして最終トラックの1コ前、“SIGNAL_2054”──。これが、商業主義の峻厳にして慈愛深き神の前でわれわれが歌う、ミサ曲《アニュス・デイ》みたいな祈りの頂点。

なお、この曲はけっこう凝った作りのようで、何らかのサンプルを超スローダウンしたビートと、やわらかなストリングス系が奏でる葬送曲は、別の出どころから組み合わせたもののよう。いや、それは言わばふつうの制作工程だが、しかしヴェイパーの世界では手間ひまをかけている部類になる(!)。

だけれどしかし、さいごのトラックでは再びコマーシャルのメッセージらが不気味に連呼され、そしてこのアルバムはスーッと終わってしまう。──ということは、われわれの鎮魂の儀は不成功に帰しちゃったのだろうか。
いやむしろ。そういうあさはかなCMらとの相互寄生的な関係をエンジョイしているわれわれの消費への欲望、それがその亡霊たちの成仏を望まずはばんでいるのだろうか。

ところで《あなたのキャプテンに言いなさい》(Dis à ton Capitaine)とは、フランス・ギャルの1965年アイドル・フレンチポップの曲名だけど。じっさいわれわれは《キャプテン》たちに向かって言わなければならないのではないか、「あなた方はすでに死んでいるのです」──と。