エッコ チェンバー 地下

─ €cco ₵hamber ฿asement, Vaporwave / Đésir đupłication répétition ─

ʍindƨpring ʍeʍorieƨ™: @_@ (2014) - ばくぜんとした快楽のしつような現前

この《マインドスプリング・メモリーズ(MindSpring Memories)》を名のるヴェイパーウェイヴ・クリエイターの実体はエンジェル・マークロイド(Angel Marcloid)という米シカゴの人だと伝えられるが、この現在は女性であるエンジェルさんは、そう遠くもない過去にはジャスティン・マーク・ロイドという男性であったらしい。
そして2006年あたりから現在までこの人があちこちで使い散らしてきた芸名やバンド名の類は、おそらく30コ以上にものぼるもよう。

ヴェイパーの世界ではありがちと言えばそうだが、にしてもそんなでは、まるで確立された《アイデンティティ》みたいなものから逃避するための音楽活動なのか、という気もしてくる。けれども──。
──けれどもこういうのが、実に21世紀の《いま》だ。あちこちの掲示板やSNSやネットゲーム等で、多数のハンドルネームやパーソナリティや性別などの属性らを次々に使い棄てるわれわれの無責任さを代表しつつ、そんな態度を可能ならばアートっぽい地点にまで昇華させるべく、ヴェイパーはこのようにある。という気もしなくはない。

さて、安っぽいエレクトロニック音楽での活動歴はけっこう長いらしい現エンジェルさんの、ヴェイパー部門での第1作であるらしいのがこのアルバム、“@_@”。2014年リリースということは、ヴェイパーの草分け時代の末ごろの作品だと見られそう。ちなみに《ʍindƨpring ʍeʍorieƨ™》という異様な字面のバンド名が使われていたのは、これ等の初期作だけ。

で、やっていることは、大むかしのポップスやスムースジャズみたいなサンプルらをほどよくスローダウンして、さらにリバーブのドロドロシロップに漬け込む、というおなじみのヴェイパー作業なんだけど。しかしこのアルバムには、何かふしぎなテンションの高さがあると受けとめた。
いい意味で“作っている”感じがするというか、楽曲の長さにけっこうなコントラストのあることも、ちゃんと構成されていることの証しなのでは。にもかかわらず聞いている感じがきわめて迷宮的で、同じものがずっと続いているような既視感ならぬ既聴感、そのばくぜんとした気持ちよさの持続感だけが強く印象に残る。

じっさいアルバム中盤のピークをなすだろうスムースジャズ風の曲らには聞き憶えがありすぎで、ヘアカッツ・フォー・メンあたりが同じサンプルを使ってるのでは、という疑惑も残る。が、そんなところを深く追及してもあまり意味がなさそう。安直きわまる快楽を求めてやまない憧れの心が、ひたすらに長い時間くすぐられ続ける、そしてそのこと自体を快楽と感じているわれわれがいる。