ポ  サ  研

─ Post-Truth Sound Lab, Vaporwave / Désir Duplication Répétition ─

Windows96: Glass Prism (2020) - 喪われた未来をよりよくデザインする

もとはと言えばWindows彡96》を名のっていたバンドだが、たぶん2年くらい前からヒゲっぽい文字が省略されている。サンパウロ在住のガブリエル・エドゥアルド氏によるヴェイパーウェイヴ・ユニットなんだ()。

そしてこの人による現在までのリリースらの中で、2018年の“One Hundred Mornings”、これがもうスゴい大成功作みたい。YouTube動画の再生数が200万オーバー、コメント数も2700以上なんて、こんなマイナーな世界でめったに見れる数字じゃない()。

で、かんじんなこと、このWin96の音楽性。これはデビュー(2014年)からほぼ一貫してて、モヤ〜ッとした音質に終始するチルアウト作品。言い換えたら、ゆったりムードのシンセ・インスト大会。
たぶん、いちいち打ち込みで作っていそう。ひじょうにのんきなビデオゲームのBGM、みたいな感じもする。
まれに唄が入ってる曲があるけれど、それもまたモヤ〜ッとしたサウンドの中に包み込まれて、意識しないとボーカルの存在に気づかない。というほどの、モヤッと感の濃さなんだ。

そしていまこの記事は、Win96の最新作“Glass Prism”をご紹介するようなカマエだが。しかしこの人の作品は、2016年くらいからどれも大して変わらんのじゃないか?──ということは、正直思う。
それはディス(悪口)じゃなく、スタイルは一定、品質は高め安定、という意味で。だから、前述の“One Hundred Mornings”だけが突出して高く評価されている(っぽい)理由も、自分にはよく分からない。

で、どれにかぎらずWin96のサウンドを聞けば、モヤッと感に包み込まれて、なかなかいい気分。しかしちょっとは思うんだけど、これは《ヴェイパーウェイヴ》なのだろうか?
自分が思うヴェイパーってのは、もっと何かこう投げやりなシニシズム寸鉄っぽい批判精神などを含んだもので。だからこういうモヤ〜ッとしてて気持ちいいだけの音楽は、ちょっと違うかも。

どちらかというとWin96は、ヴェイパーよりも、その近縁ジャンル《チルウェイヴ》のほうに、より寄っているのだろうか。
たとえばそのチルウェイヴの最高傑作のひとつとされるアルバム、《Home》による“Odyssey”(2014)。それを聞いてみたら、タッチがきわめてWin96に近い()。

また、ついつい自分はヴェイパーを、美術で言ったら《ポップアート》みたいなものと考えてしまうんだけど。が、それにしたって“そのもの”と、ポップアート風のデザインとは、異なるだろう。

ただし、Win96が卓抜なデザインを生み出し続けていることは悦んで認めるわけで。

かつまた。多くの人が指摘する、Win96の音楽の近未来的なノスタルジーの感覚。その後ろ向きの奇妙な過激さが、いつか自分の心に届かないとも限らない、とは思うんだよね。

[sum-up in ԑngłiꙅℏ]
A futuristic sense of nostalgia created by Windows 96 music. That backward-looking weird extremism may reach my heart someday.