エッコ チェンバー 地下

─ €cco ₵hamber ฿asement, Vaporwave / Đésir đupłication répétition ─

James Ferraro: Troll EP (2017) と、山口美央子4thアルバム「トキサカシマ」の気配

ボードレールの美術批評「一八四五年のサロン」などを見て思ってしまうことのひとつは、「この人、残念な作品らをそれとなく紹介するのがうまい」。意外に社交性とか商売っ気みたいのが、なくもなかったっぽい? ただしそれらが、実の世間にはまったく通用しなかったようだが!
そこで自分もボードレールを見習いたいけれど、しかし見習ってなお、もっとひどいオチがつきそうなことは目に見えている。でも……。

で、以下もまた、グーグルさんがチョイスしてくれた《ヴェイパーウェイヴ》関連の最新情報らしいんだけど()。

──山口美央子、35年ぶりとなる4thアルバム『トキサカシマ』 松武秀樹との制作過程を語る──
テクノポップ旋風吹き荒れる80年代に登場し、3枚のアルバムをリリースした”シンセの歌姫”こと山口美央子が、実に35年ぶりとなる通算4枚目のオリジナルアルバム『トキサカシマ』をリリースする。(中略)
松武秀樹(Logic System)と共に作り上げたサウンドスケープは、ヴェイパーウェイヴやフューチャーベースなどに親しむ若い層にもきっと響くことだろう。(2018.12.27)

という、この記事の2ページめでアルバムからのサンプル2曲の動画を視聴できるが、しかしこれらは<ヴェイパーウェイヴやフューチャーベースなどに親しむ若い層>に対して、どうなのだろうか? いやそのリアクションはまったく想像もつかないが、自分としては「まあいいけど、1990年代にもあったようなサウンドだな」……という感想になってしまう。

ただしヴェイパー等をムリヤリにねじ込んできた人の気持ちも分かるので、もしこれが「オールドファンが待望・感涙!」というだけの話で終わっていたら、まったくもってつまらない、身もフタもない。だから、ウソでもいいので現在や未来らにつながる感じを出しておきたかった、その気持ちは分かる。気持ちは。
ただしさいしょにヴェイパーなんて言い出したことが逆に、「聞いてみたら古いじゃねーか」という受け手の反応を誘発している。……諸刃の刃ッ! うかつに振り廻すものじゃないらしい。

ならば、負けずに自分も関係なさそうな話をねじ込んでみると、この記事を発見したとき、ちょうど「James Ferraro: Troll EP」(2017)を聞いているところだった。ジェームズ・フェラーロはヴェイピストそのものではないが、そこに大きな影響を与えたとされるアーティスト。

このフェラーロはまったく型にはまらない創造者で、そのこんにちまでの作風は大まかに、超ローファイなインディロック→シンセポップ→ネオクラシカル、くらいな感じで変遷しているもよう。そのコンセプトやアチチュードといった部分には一貫性がありそうにしても、しかしスタイルが大きィ〜く変わっている。そしてシンセポップ時代の代表作「Far Side Virtual」(2011)が、ヴェイパーウェイヴの誕生を予告したものと高く評価されている。

そして「Troll EP」は、スタイル的にはシンセポップの部類に入りそうなミニアルバムだが、しかし名作「Far Side Virtual」あたりに比べたらひじょうに混沌とした──実に自由な──正直よくは分かりきれないしろもの。だがしかし、全5曲中の第2曲と第4曲あたりには女声ボーカルが入っており、そして調性感がなくもないメロディをごひろうするので、わりと親しみやすい。
このボーカルを提供した歌手が何ものなのかは、判明していないようだ。《レジデント・アドバイザー》のレビュアーは「ボーカロイドか?」と書いているが、でもあまり確信もなさそう。かつその唄、歌詞は英語のようでもあるけど内容はよく聞きとれない、とのこと()。

そして、そのオリエンタルなニュアンスをたたえるマシーンめいた女声ボーカルが、自分の中では、美央子先生の唄声とイメージがピタリ重なるのだった。まあ客観的にも、ぜんぜん似てないということはないだろう。
で、それと「トキサカシマ」の動画とを、入れ替わりで再生していたら、一瞬にしたって、ほんとうに区別がついてない状態に陥った。それで、あれぇ美央子先生の新作いいじゃん!?……なんて思ってしまったんだけど!

じっさい美央子先生は「Troll EP」くらいの新しい自由なことをやるべきだったので、古くさいポップのフォーマットを守っているだけの表面的な新作とか意味ない。そうじゃないならオールドファンらが悦ぶだけ、そのいっぽうの<ヴェイパーウェイヴやフューチャーベースなどに親しむ若い層>へのアピールなどムリなのでは?
かつ、実のところわざわざスタジオに入るまでのこともなかったようなところで、むかしの音源らをグチャグチャに崩して再構成してしまうだけでも面白い、表面的な創作よりも、よほど。……といった、そこまでの発想の転換を期待してしまうのはムリ難題なのだろうか?

と、あの、いや……。わが心の師匠ボードレールを見習って、ムムッと思うところでも、マイルドな評言を工夫するつもりだったのに。いや美央子先生の楽才や感性の鋭さなどは信じきっているので、ぜひこの次の作品ではプラスしてナウなところを、と……。