ポ  サ  研

─ Post-Truth Sound Lab, Vaporwave / Désir Duplication Répétition ─

オリンピックの顔と顔、ソ〜レソレ♪ - O山田・K-Goさんへの、友情ある提言

ニューズウィークだったかCNNだったか、それは忘れましたが……。
ひところそのようなサイトを見に行くと、〈トップビュー〉的なランキングに、《いまは廃墟と化した北京オリンピック会場の跡地!》のような記事が、ずぅ〜っと長きにわたり上位に居すわっていたのが、印象的でした。

さらに。その北京の大会は2008年開催ですが、2016年のリオ五輪などは、大会の閉幕からわずか半年で会場らが廃墟化、というみごとな仕事の早さを魅せつけたようです()。

そしていま、リオに続こうとしている東京五輪2020は──。

開催なんかされない前から、すでに廃墟化している……という、空前のすばらしい匠の技を、広く全世界へと誇示しているのでしょうか?

だいたい、私としては──。これでサッカーの少しファンですから、聖地・霞ヶ丘競技場をぶっ壊したあとに、ブタ小屋にもならないようなスタジアムもどきを建ててくれたあたりから、かなり頭にきているのですが。

で、この現在。その廃墟フェスタの開催まで、あとわずか一週間くらいというところで、またまた腐ったニュースが、世をにぎわせています。
それがまあ、ここでは名を伏せますが、Jポップのミュージシャン《O山田・K-Go》さんのことなのですけれど()。

え〜っと? 確か、前にもいくつか似たような……? 低劣すぎる話題らであるせいか、もうほとんど忘れていましたが……。

……あとさらに、エンブレムの意匠の盗用問題とかもあったのでしたっけ!

で、そうしたチン事らに続いてO山田さんが、また全世界へと、ニッポンなる国のある一面を、にぎやかにアナウンスしてくれているようです。
私の愛読書であるハトのおよめさん(by ハグキ先生)に登場する、ウサギのお母さん──彼女のことばを借りなくとも、〈国辱だわ!〉と、言いたいような気もします。

そして。O山田さんについて、何か擁護を言うご意見もあるようですが。しかし大かたの議論は、ここにつきているでしょう()。

ところで。私は例により、かの知性と良識と情報らの宝石箱──《タフスレ》によって、初めてそういうニュースを知ったのですが……()。
そこでまた紹介されていた、こういうツイートが印象的でした()。

「謝ればいいってものじゃない」って怒るひとは、どうせ謝らなくても怒るひとなので、結果的に「謝らないで無視する」が最適解になってしまう。
個人的には謝罪や許しよりも、忘れることが大事だと思っている。忘却がないと、断絶は広がるばかりだよ。社会も、愛情も、友情もね。

古市憲寿さん, 改行は引用者)

これを述べた方は社会学者であるそうですが──いや実は私も負けずに、某三流私大の社会学科にいたことがある感じですが──しかしそのご文は、ポエムですね!

すなわち。〈忘れる〉という述語の主語をぼかすことにより、そのあとのとうとつきわまるラヴ&ピースの登場を、強引に導いています。というか全体が飛躍まみれで、論理性というものがあまりにもなさすぎるようです。
この華麗にして優美なるレトリックに、説得力を感じた方がいるのでしょうか?

あっと、しかも。よく気をつけたら、〈O山田さんのことだが〉……という、話の前提までもが、きっちりとぼかされてポエティックです。にもかかわらず、このツイートにぶら下がったリプライたちは、すべてそういうお話として、これを受けとっているようですけれど。

しかしながら。

ここに、ひとつは、いいことが言われている──と、思います。
それは、〈忘れることが大事〉というフレーズです。
それを私は、やり場のない怒りや哀しみに苦しむ方々の側から、思うのです。

どうしようもない怒りや哀しみなどを、ひと通り味わってしまったら、なるべくすみやかに忘れ去ったほうがいい。具体的には、もろもろの愉しみらを生活の中に導き入れることで、その《有益な忘却》を少し促進できるでしょう。
──そのように、考えています。ですから、彼らの近くで気づかう人がいたならば、どうにかうまく、その愉しみらの導入を心がけて……と。

かつ、その反対のアプローチで。怒りや哀しみの源泉らを、少しでも彼らから遠ざけることもまた、その《有益な忘却》を促進するでしょう。
そういえば。さきにご紹介した、辞任済みの五輪関係者さま方の醜行らを、すでに私がほとんど忘れていた、という事実もありました。
引くべきときに引くことは、やはりかしこい身の処し方であるようです。

「東京五輪音頭 -2020-」制作発表会 - YouTube
「東京五輪音頭 -2020-」制作発表会 - YouTube
“五輪の音楽”、これだけあれば十分っショ!

だとすれば……? もはや《O山田・K-Go》という名前自体が、少なくはない人々の、怒りや哀しみの源泉になっているようですから……。
では、この社会とその歴史から、《O山田・K-Go》という名前を完全に抹消することが、傷ついている方々への最大の、償いと恩恵になるのでしょうか?

何しろ〈被害者〉であるような方々にとっては、〈加害者〉のプレゼンスそのものが、すでにひとつの攻撃です。それは、《有益な忘却》の進行を妨害します。

──と、そこまでは考えたのですが。しかしそれも、あまりなようです。
どういうお人であろうとも、彼には《人権》というものがあるのです。

では、ここから逆に、O山田さんの今後のうまい身の振り方を、考えてあげようと思います。《人権》をそなえた人間存在、その“すべて”への、友情の証しとして。

そもそも。問題が明るみになったとき、O山田さんには、〈事実無根のねつ造記事であると強弁〉、〈もう時効だからと開き直り〉、そのような対応の選択肢らも、なくはなかったでしょう。
がしかし、ご本人から謝罪文が出たことで、そういう態度はありえなくなりました()。

しかもその謝罪文が、人々をぜんぜんなっとくさせていないようです。それはそのはず、中途はんぱでびみょうな頭の下げ方でしかなければ、何の効果をもなさないと思うんですよね!

そんな風に、この場だけをかわしきったところで、なりません。
それでは今後、死ぬまで彼は、《いじめシンガー》、《ザ・ウ×コ・バックドロップ》、《公開全裸オ十二ー》、などの汚名らを生きるでしょう。いや、そんな後半生を、O山田さんは意図的に選択しているのかも知れませんが!

では、どうすれば? ……ということを考えれば、道はふたつでしょう。

まずひとつは、さっきも述べたようなことですが、《O山田・K-Go》という名前を棄てることです。ぜんぜん違う名前のミュージシャンとして、素性を隠して再デビューすれば、そのいまわしい汚辱の過去から逃れ、のびのびと活躍できるでしょう!

そうでなければ、もっと徹底的な反省と、具体性のある償い──、それらのジェスチャーを示すことです。

さいしょのステップ、五輪関係のギャラのすべてを、障がい児の教育関係あたりに寄付する──、まずそのあたりからでしょう。続いて、今後の芸能活動の“すべて”を、障がい者の支援と〈いじめ〉の根絶に、捧げるでしょう。
そこまですれば、4〜5年ほどのち、〈あのO山田さんも、りっぱに更生したな!〉と、人々のおぼえもめでたくなると思います。イェイッ

ちなみに、後者のアイデアは──。元アイドル歌手の《S井N子》さんが、覚せい剤の使用で訴追され、執行猶予の判決を受けたあとの、実にインプレッシヴな第一声からヒントを得ています。

芸能記者:これからS井さんは、どうなさるおつもりで?
N子さん:今後はぜひとも、反・覚せい剤の啓もう活動やキャンペーンで、〈お仕事〉をいただきたいと思っています!

……いや、しかしまあ。O山田さんの音楽をそんなには知りませんが、にしてもそのベースの姿勢は、スノビズムシニシズムであるかと考えています。
それがどういった《福祉系ミュージシャン》になれるのでしょうか、私にだって想像がつきません。

なので私のおすすめは、どちらかといえば、前者のバックレです

それにしても、ああ、東京五輪2020……! どうしても開催されるなら、もうこれ以上の害悪や不幸や醜悪さがなく過ぎてくれることを、心から望んでやみません!