エッコ チェンバー 地下

─ €cco ₵hamber ฿asement, Vaporwave / Đésir đupłication répétition ─

《寒中水泳入門》 - フェイクヴェイパーらの腐海に沈まぬための…?

Vaporwaveなどと呼ばれる音楽の墓場地獄の一丁目に他ならぬ場所で、たまたま駄作に耳を貸してしまったからと、怒っている姿もこっけいでしかない。しかし問題は、それが“たまたま”ではなかったとすれば?
また。いまどきのアレらがあまりにアレだからといって、しかし、いにしえの名品名作らを引き合いに出して「比較にもならんな!」みたいな言説こそどうにもならない、建設的でない…けれども?

1. OSCOB: JUNKIE (2018) - ハードヴェイパーShoppe、アレの専門店ではあるにしろ

で、まずは前々記事のHardvapourの話の続き()。ハードヴェイパー専門のレーベルといえば《Hard Vapour Resistance Front》、略称《HVRF》がもっとも有名…というか、「専門」といったらそこしか知らない。そして、あんな話の流れになったので、最新のハードヴェイパーはどうなのかと、そこへ調べに行った。
するとその時点での最新作が「OSCOB: JUNKIE」(2018)というアルバムだったのだが、しかしびっくりなことに、これは、HVRFとして丸1年ぶりのリリースであるもよう。…ハードヴェイパー界の全体を牽引しようってくらいの心意気があるべきHRVFが、1年間も寝て過ごしていた!? そんなでは、「ハードヴェイパーの2018年は低調」、という印象になるしかない。

しかもふざけたことに、その超ひさぶりのリリース「JUNKIE」の内容が悪い。前半の短い曲らはまだしもガマンできるが、しかし“ハーシュ”なノイズがギィ〜ギィ〜いってるだけの後半は低劣そのもの。
「ハーシュって何だよ、歯イシャかよ! …ンなくだらねー、うるせーだけのノイズはインダス界に持って行きやがれ!」、とも言いたくなるわけだが、でもたぶんあちらにも迷惑。インダスノイズの世界でも、こんな低レベルなものは要らないです、と言われそう。
いやはやこんなでは、ハードヴェイパーの未来に暗雲がどうにも…。まあ《未来》なんて実は知ったこっちゃなくて、いま面白いかどうかってことだが…。

2. Love Hotel究極: Service 1 (2018) -「歌ってみた」「弾いてみた」、そして「遅くしてみた」

と、それからちょくせつ関係ないけれども、ある媒体でわりと好意的に紹介されていた、《Sud Swap》というヴェイパー系レーベルのBandcampページを見に行った()。するとそのいちばん上のほうに、《Love Hotel究極》という、そそる名前のバンドのアルバムが4つ並んでいた。
で、どれほどの究極なのかと期待して聞いてみたんだが、これがまたてんでダメ。症状としては前に取り上げた《VHSテープワインダー》と似ていて()、何かむかしのR&Bを遅くしてるだけ。あとアニメから録ったような日本語の会話が入ってるが、だから何だと。ワインダーさんもそうだが、バンド名がよすぎると逆にアレなの?

ここで思ったが、むかしの一般的な名曲の動画をネットで探そうとすると、しろうとによる下手くそなカバーの「歌ってみた」「弾いてみた」みたいなゴミが引っかかって迷惑することがある。あれらと同レベルの、とりあえず「遅くしてみた」、みたいなものがヴェイパーでしょうか? いやご冗談も休み休みに。

とまあ、聞いたものは実にまずかったが、しかしよく見たらこのSud Swapは、あのマロプリューム()によるラヴリーな佳作「◟(✿•͈ᴗ•͈)◞: ☄」(2017)を出しているところだったので、掘り下げればもっと何かましなものありそう。しかし…。

で、ちょっと頭を抱えてしまったのだった。あの悪名高い、くだらない、スパムウェイヴの悪口を言ってられる時代はよかった()…って、つい先日だけど。このヴェイパーの世界には、スパムウェイヴよりもつまらないものらが平気で横行していると、知ってはいたにしろ意識したくないことを痛感させられ。

オバケウェブで銭清弘さんが《Vapormeme》――自分的には内心で《パロディヴェイパー》と呼んでいたブツら――を紹介している記事()、皆さまもあれをご覧のことと思うけど、あのような、あからさまなゴミヴェイパーは数多い、ものすごく多い。だがしかし、アレらはまだいいほうだと、ここで知らざるをえない。
それはなんでって、飽きもせずたゆまずゴミみたいなものらを生産し蓄積し続けるこの現代社会に対してまた新たなゴミを意識的につきつける…くらいのところで、かろうじてコンセプトが成り立っているわけだから。同様に、スパムが横行してる世の中だからスパムウェイヴ…というのも、あまりほめたくないが、分からぬではない。まったく賞賛はしたくないが。

だがそのいっぽう、ゴミをゴミだとも思わずに平気で生産し拡散することは、ヴェイパーのしわざではない。趣味が悪くてもヴェイパーは別にいいけど、しかしそういうスパムウェイヴ以下のアタマ悪さは通用させたくない。ジャンクヴェイパーであればちょっとだけ歓迎しないでもないが、しかしフェイクヴェイパーは侮蔑し唾棄すべき。かつ、ヴェイパーには資本主義の神経症を擬態・模倣してるようなところが明らかにあるが、しかし神経症そのものがヴェイパーなのではない。

3. ECCO UNLIMITED: LIQUID NITROGEN (2012) - ノイズを通り越してPOPの切断面へ

と、それからちょくせつ関係ないけれども、不勉強を自覚してるのでむかしの名作っぽいヴェイパーらの聞き洩らしをちょっとずつ聞いてるのだが、にしても、Internet Clubの変名らしいバンドによるアルバムECCO UNLIMITED: LIQUID NITROGEN」(2012)…これには激烈に撃ちのめされた。あまり注目もされてない作品のようだけど、しかしそんなことは関係なく。

これはサブジャンルでいうとVapornoiseってことになるのだろうか、まあとにかくすごいノイズ。遠い感じはするけれど単純にリバーブをかけてるとかいうのじゃない、またアナログ風でもない、何かふしぎな劣化プロセスを経た、ゴベェー、グワァー、ブィーン、のようなノイズの大渦。それらに併せ、ドローンみたいな響きが重なり混じり合い、しかもその全体がときどきデジタル的にブツ切れる。
あとびみょうに音楽っぽい要素もあって、このアルバムは約15分の曲が2コ入りだが、たぶん30分テープの裏表に収まるべき構成と考えられ、そのA面では8分音符が3つ単位で反復されるベース音、B面ではチップチューン風の「テレレレレ…」という装飾的な音列が、それぞれ耳に残る。また、A面はリズミカルで躍動的、B面は何か瞑想的、というふんいきの対照が意識されている感じもある。

で、この「LIQUID NITROGEN」は、きわめてきびしいノイズのかたまりでありながら、しかしなぜか全体の響きがひじょうに音楽的であり、しかも《POP》なのだった。何か根本のところにふしぎな明るさとキレた感覚があり、インダスのノイズとはまったく違う、ヴェイパーでなければこの音楽はできない。また、「ノイズだがふしぎにポップ」というタスクの達成度ではスロッビング・グリッスルの偉業らにさえ及ぶものがありそうだが、しかしこっちのECCO UNLIMITEDはもっとはるかにドライな態度で放り出されたしろもので、まさに21世紀の新しいサウンドになっている。

なお、このアルバムのBandcampページには“Armored Core”という文字列が見え、かつカバーアートもそれらしいことから、ロボットが戦争するビデオゲームアーマード・コア(1997, フロム・ソフトウェア)と、何らかの関連があるのかも。あるいはわりと単純に、そのゲームが出力した音声らを構成し直したものなのかも。
そういえば今アルバムのA面には、ブォーン、ドグヮーンと、大砲を撃つような音も入っている。かつ、凄絶な戦闘を描写しているようなふんいきも感じられなくはない。それはそれでなのだろうか?

例によって自分はヘンに調べてしまうので、参考までにネットに落ちている「アーマード・コア」第1弾のサントラなどもざっと聞いてみたが、それは全体に、職業的作曲家の人が考えたテクノ風とかドラムンベース風みたいなもの。「LIQUID NITROGEN」に特徴的な音を、そこから見つけることはできなかった。
いや、そもそもヒントがおぼろすぎ、「アーマード・コア」のシリーズ作は少なくとも5〜6コは出ているそうなので、かんたんには出元が分かるわけもない。いや、そもそもどうでもいいことかも。
とにかく目の前の“これ”がすごいのだから、そのすごさをとくと味わっていればよいのでは? じっさいこれほどのきびしいサウンドを、5〜6回ばかり繰り返し聞いてもぜんぜんイヤにならないし飽きない、という体験は新鮮だった。

赤い薔薇の花ことばは、「美」「情熱」そして「愛」…

かつ、ロボット戦争のゲームに関係ありそうというところから新たな見方を述べれば、これは死の商人》らが出店したモールのための音楽(Mallsoft)なのか、とも思えてくる。むろん無人のモール、ヒトらが死に果てた後でもAI駆動のロボットたちが戦闘と補給を繰り返し続けているディストピアユートピア
という人間味のなさ、《主体》の消失しているところに欲望だけがうごめき続ける、それが特有のPOP感のベースになっているわけで、つまりはこれがヴェイパーそのものなのだ。この世界では既成のポップソング等を素材に使うにしても、「人間どもの間で流通している音楽をAIが聞いたらどのような印象を持つのか」と、そのくらいの構えが前提でなければダメなのではないか。そもそも自分が人間であることを確信しきっているようなおニブ連ごときでは、ヴェイパーのスピードと過激さについていけるはずがない。

…というわけで?

今節のさいしょにも述べたが、この「LIQUID NITROGEN」は、かのInternet Clubとしてはもっともマイナーな作品のようで、先行のレビューらしい記事もほとんど見つからず、またYouTubeにある動画も視聴回数が現在わずか271回…。そんな《メンデルの法則》みたいなやつの再発見だからちょっと意味があるかと思うが、しかしこうして「むかしの人がすごすぎた」みたいな話では、いまいち元気が出ない。
むしろこのヴェイパーウェイヴは、いまだぜんぜん若いジャンル、まだまだ<伸びしろがあるんだわな>というネルソン監督(談)、多少むりにでもそういうお話になるよう、駄作凡作珍作愚作らの構成する海洋に口唇の上までもドップリと浸かりながら、われわれは求め訴え続ける。