ポ  サ  研

─ Post-Truth Sound Lab, Vaporwave / Désir Duplication Répétition ─

Jamie Principle: The Midnite Hour (1992) - その深夜、オレはオレの名を呼ぶ

《Jamie Principle》、ジェイミー・プリンシプルは、シカゴハウスの勃興期を象徴している男性ソウル歌手()。
そしてハウスに関わった歌手たち“すべて”、その中で彼はもっとも偉大なシンガーだと、自分は思い込んでいる。まあ、そう思ってるのはオレだけでもないようだが。

けど、なぜいまここで、あらためてその人をご紹介するのかというと?

これの前の記事で、レズビアンであることを主なモチーフとしているドリームポップ系の歌手、《girl in red》をとりあげた()。
それの対になるみたいな存在として、フと、ジェイミーのことが思い浮かんだんだよね。シカゴハウスの、ゲイカルチャーの一環であるような側面を代表するアーティストとして。

が、この両者が、〈対になるみたいな存在〉だと言いきれるのだろうか? ちょっとそこらに疑問は残るんだが、とりま音楽の話を始めてしまうと。

ジェイミー・プリンシプルの1992年の、“The Midnite Hour”は、彼の現在まで唯一の《アルバム》と呼べる作品()。そのプロデュースは、これも初期シカゴハウスの巨人、スティーヴ・シルク・ハーレイによる。全10曲・約48分を収録。

少し状況を説明しておくと、1988年の全世界的アシッドハウス大旋風の吹き過ぎたあと、90年代初頭のハウスには、《メジャー化》──もしくは一般のR&Bやダンス系ポップへの傾き──みたいな機運が存在した。
すなわち。本来ハウスなんて音楽には、既成の楽曲をちょっと加工しただけのトラックらをソッコーで粗悪なアナログにプレスして売り逃げる、みたいな側面があったワケだが。
しかしそういう安直でアヤフヤな性質を改めて、しっかり制作したアルバムをメジャーの会社から配給。そうやってハウスを、まっとうでスケールの大きな商業音楽にしていこう、と。

そういう流れから、マーシャル・ジェファーソンやテン・シティとかのキチッとしたアルバムが出たりしたが。けれど本来のハウスの持ち味、ラフであやしげな魅力がなくなって、イマイチ面白くなかったと思う。そうしてこの機運全体が、尻つぼみに終わったと言えそう。
そしてジェイミーの『ザ・ミッナイ・アワー』もそんな文脈から出てきたアルバムであり、キチッとメジャーから配給されている。にもかかわらず大傑作という、史上の例外なのだった。

それを言うなら『ミッナイ・アワー』というアルバムは、さまざまな意味で例外的作品であるのかも。ハウスから出たものだが、ハウスそのものではない気もするし。しかし一般のR&Bかといったら、やっぱりハウスだし。
いっぽう、このアルバムからカットされたシングルらには、もっとハウス(=ダンストラック)っぽさを強めたミックスらが収められているけれど、でもひじょうにいいとまでは思わない。各楽曲の、アルバムバージョンらの完成度が高すぎるのに比べたら。

また。これは伝聞情報だが、今アルバムの発表当時には、シブヤの大手レコード店なんかでも、〈ダンス担当者イチオシ!〉みたいな強いプッシュがあったそう。
だいたい自分が初めて今作を知ったのは、そのときつきあってた女性の部屋のCD棚の中に、これを見つけたからだ。そして彼女は、そういうレコ屋の推しに圧されてついこの盤を買ったが、でもあまりその真価を分かってないようだった。

などと付帯情報らを語ったけれど、しかし実は、そんなことどうでもいい。その『ミッナイ・アワー』から、自分が《何》を受けとっているか、それを述べたい。

で、その印象は、〈日ごと夜ごとの《享楽》を求めてさすらうゲイ男性の孤独と渇望〉、みたいなもの。《欲望》と《愛》とをごつごうで呼び換えながら、そのときその場の、瞬時・即時の肉体の熱さを《彼》は、求め続ける。
で、それが得られなければとうぜん苦しいが、また得られたとしても《彼》は、そこで満たされたりはしない。そうして、死ぬまでいやされることがないかのような渇望のうずき──、その起伏を、アルバムの各曲は描きつらねる。
そしてジェイミーのセンシュアル(官能的)なファルセットボイスが、そうした痛苦によって彩られた《享楽》の諸相を、表現しつくしているんだ。

そういうものかと思って、自分はそこに強く深くひかれ《共感》し続けているのだった。

そして。男の自分だが、ゲイではないっぽいのに、なぜそんなに共感できるのかを考えると。……けっきょくは男性のセクシュアリティなんて、ゲイでもストレートでも変わりがないからかな、と思う。場当たり的で、無軌道で。

ゲイということに関連してもうひとつ言うと、これの出た1992年は、エイズの脅威がもっとも強く警告されていた時代でもあった。
そしてアーティストみたいな人では、「ロック・ザ・ボックス」のシルヴェスター、キース・ヘリングメイプルソープフレディ・マーキュリーデレク・ジャーマン等々らが次々にその病で倒れていった状況の中、お構いなしにハイリスクな《享楽》を求めてやまぬという、その姿勢。
そんな姿勢を、《表現》にしても示していくことは、むしろ《主体》が求めているのは死であることを、暗示している、ような気もする──オレらの言う《享楽》とは、まさにそういうものだが──。そこいらに、また今作のすごみが?

そしてアルバム『ミッナイ・アワー』全編の、冒頭とさいごには、なぜか教会の鐘の音がカランコロンと、短く収録されている。それは性欲にほんろうされる《主体》を、あおりたてなから同時に断罪する、《超自我》の呼びかけなのだろうか。
だいたいジェイミーの、1987年の名曲“Baby Wants To Ride”にしてから──。それは性交やSMの女王とかを賛美するみたいな唄のあちこちに、いっぽうで神への祈り、またいっぽうで《米帝》とレーガン(元)大統領への皮肉、といった要素らの織り込まれた、きわめて重層的な表現だった()。

が、ところでなんだが。この駄文を書くために少し調べていたら、うっかりジェイミー本人の近年のインタビュー記事が見つかってしまい……()。
それによるとジェイミー本人は、意外だが、ゲイじゃなくストレートなんだとか。それを聞いて、インタビュアーもビックリしてるんだけど。

そう言われたら思いあたることとして、『ミッナイ・アワー』の各曲らの歌詞にしても、〈オトコ同士で〜〉、〈ホモなので〜〉、みたいな直截なフレーズは含有してなさそう。その点に関しては、ルー・リードとかもそうであるような、むかしの楽曲らの奥ゆかしさかとばかり思っていた。

ただしジェイミー・プリンシプルの音楽が、常にゲイピープルによってもっとも強く支持されてきたことは、本人も肯定している。そしてそちらのサイドに寄り添いながら、彼がその《表現》をなし続けてきた、ということも。
(……よってご本人がどうであろうと、彼の作品らがゲイ的な文脈の中のものとして受容されることは不当でない、と考えておく)

そういうところが、《深い》んだよなァ……と、自分はあらためて心動かされる。
つまり根本的には普遍的な性欲の苦しみというテーマかも知れないが、それをゲイといういっそう許されにくい立場に(暗示的にも)託すことで、その苦悩を、よりシャープに描出することに成功しているんだ。

そういうところが、〈私は“LGBT”、ですけど何か?〉とだけ言い棄てるみたいな、いまどきの《表現》とは、レベルがぜんぜん違う。まあそういう作品らも、何かの役には立ってるんだろうけれど。

とはいえ? オレの言ってきたような深みやら奥ゆかしさやらが、いずれは茶道のワビサビくらいに、“誰”からも理解されない美学になってしまう──。そういう近未来も、またすでに見えているものなのだった。

そうしてさいごに、『ミッナイ・アワー』以降、現在までのジェイミーについて。

どういうワケか、この傑作アルバム以降のジェイミーの音楽活動が、あまり活発でない。それからの作品らの中には、ゲスト参加でUKオルタナの《ゴリラズ》のヒップホップ風トラック、なんていうチン品もあるが()。
そうした間けつ的な活動らの中で、ワリに直近の、本拠地シカゴのトラックメイカーである《F.d.ハウスキャットとのコラボレーション。その一連には、少なくとも“ふんいき”が出ている。こういうことが継続されながら、いつかまた『ミッナイ・アワー』くらいのセンセーションの再来を望むっ!