《行方不明者リスト》──ニッポン人ら三名によるらしい、なぞのインディ・ロックバンド(☆)。
そのファーストアルバム『セカイ系症候群末期患者へ』は、ついさっきとも言いたいような、2026年5月末日・発。追って6月中旬の各種サブスク配信スタートから、バイラル的に、そして急速に、評判を高めつつあります。
そして私もまた、バイラル的に。敬愛するツイッター(現・X)のお知り合いたちが〈これはいい!〉と情報提供くださったので、一聴に及んだわけです。
そして、その印象。
んなッ……!! 何という超ヤベぇ、ローファイみがつよっつよのサウンド!! つか、ヒデぇ音!! これは、《行為者》以来のしろものかも知れないな!!
……と、ここでとうとつに名前が出てきたぜんぜん別のバンド、《行為者》。行為者/行為者/行為者……。
どちらかというと、その行為者が、今記事の主役です。《ゆくリス》ファンの皆さまには、ちょっとすみませんのですが!
【関連リンクのまとめ】──以下に続く拙文は読まなくても読んでもいいので、それぞれのサウンドを楽しみましょう!
さて。英語的には“doer”と称している行為者は、在・北海道の独りバンド。または《にしね》という名でも知られており、それは彼の本名の一部分らしい。
その行為者がYouTubeにポストしたサウンドを、私が初めて聞いたのは、遅くとも2022年5月。やはりツイッターがきっかけでしたが、細かないきさつは思い出せません。
憶えているのは……。一聴すぐにその音を気に入った、それが強く私の心にふれた、ということです。
追って行為者は、2023年にファーストアルバム『抑圧』、25年にセカンド『減退』をリリース。それでまだ大ブレイクとかはしていないようですが、やはりバイラル的に、小さくも熱い支持を集めている気がします。
それでこの行為者のサウンドが、まずはとんでもない超ローファイ!……であるのです。何をどうすればこうなるのかッ!?……と思うほど。
『抑圧』のリリース後、ツイッターに私が投じた紹介文が、以下です。
パンク/グランジ/シューゲイズ的、モチーフは憂うつ孤独自嘲。
似たような印象の130秒ほどの楽曲ら、ことさらにフラットでローファイな響き……それらの中に、密かな抑揚の巧みさを感じます。
と引用すると、行為者のサウンドについて、むかしは〈フラット〉という形容詞をよく使っていたな……ということを、いま思うのですが。
その記述には、ものすごく強い根拠があります。
というのも。行為者によるトラックたちを、Audacity(波形編集ソフト)で開いてみると、基本とんでもなくフラットなんですよね! べったりとまったいらに物理的リミットの線に貼りついた、あのいわゆる〈海苔波形〉ッ!!
……ああ、いや……。この広き世には、プロ&アマの〈音楽レビュワー〉みたいな方々が、すっごいいますけれど……。
がしかし、波形をチェキして何かを論じている人って、他におられるんでしょうか? さすがの変人だなァ私も、とは自覚するところです。
で、それで。その〈海苔〉っぽい音って、基本的には私は好きじゃない。
たとえば《ダリアコア/ハイパーフリップ》あたり、海苔くささの濃いぃジャンルですけれど、しかし私の好きなアーティストたち(leroy, tdstr, takahiro shiranui, etc……)のサウンドは、そんなには海苔じゃないです。いま調べてみたら。
ですが行為者に関しては、完ぺきに海苔であるのに、なぜか耳にさわったことがことなく、〈好ましいフラットさだ!!〉と感じ続けているのです。
──といったような流れから私が、ゆくリスの超ローファイなサウンドについて、〈行為者以来の!?〉などと、ついつい感じてしまったのですが。
しかしよくよく考えてみたら、この両者……。
- ともあれニポン語のロックであること
- ネット上のバーチャルくさいバンドであること
- 楽曲らのかなりなコンパクトさ、その現代21世紀的ポップ性
- そしてとうぜんキーワードとしての〈ローファイ〉というポイント
……といったところはいちおう共通と、見られますが。
しかし意外に、対照的なところも多いのかも!?……という気がしてきたんですよね!
どういう両者の対照性を感じたかを以下、箇条書きライクに述べますれば──。
📢 📼 🤔
【ローファイ性】
ロックにおける〈ローファイ〉の早い例というと、私はベックさんの超絶大ヒット曲「ルーザー」(1993)が、つい思い浮かぶのです(☆)。それは、こんにち広く知れわたっているローファイ美学の元祖かなあ……との意味で。たんに音質の悪いロックは、もっと原始時代からあります。
それでその「ルーザー」のような、高音域が甘やかにつぶれ気味で、中低音にはヘンな厚みと温かみ……。この音は、カセット等のアナログメディアを通せば、イヤでもそういう傾向になる、いわば“自然”な劣化の結果です。それがいまは、けっこう広く、好まれもしています。
ところがゆくリスのローファイさは、そんな“自然”なもので、まったくなさげ。歪みのヤバさもさることながら、中低域──たぶん200〜600Hzあたり──がきょくたんに削られた、超ヘンちくなサウンドです。しかも、その下である超低域は意外に残っていることが、きわめて“不自然”! 作為的! まあそれが個性だし、それがスゴいのかな、とも思いますけれど。
で、それに比してしまえば行為者のローファイみは、ヒドいんですけど、まだしもよっぽど“自然”なものと感じられてしまいます。とくに、低域をちゃんと残しているのが、私への一大アピールポイント!!
ちなみに行為者のサウンドが堂々たる海苔であることを、さっき摘発し告発しましたが、いっぽうのゆくリスは海苔じゃないです。むしろ波形が頼りない感じで、ワビとサビを想います。
【楽曲構造】
ゆくリスの楽曲の構造はきわめて複雑怪奇、そしてきわめて緩急に富んだもの。アルバムを掲載したBandcampページには、マスロック(Math Rock)というタグがあります。
それ以外に似たようなスタイルの音楽というと、ニッポン特有の、過剰に作りこんだボーカロイド曲とか、そういうトレンドに乗ったようなアニメソングとか……?
なお。とっぴなことを言いだすようですけど、アニメ『らき☆すた』の主題歌「もってけ! セーラーふく」(2007)……(☆)。これも一種のマスロック&ミクスチャーロックみたいなもので、〈歌詞の粗密によって緩急を演出〉という近ごろよく聞かれる構成は誰が始めたことか分かりませんが、それがそれらにある。
もう少しこじつければ、「セーラーふく」ではスラップベースが、ゆくリスではギターが──ひそやかに──ファンク的でけいれん的なリフを鳴らしている。そこらにも共通性を、感じてしまったようです。
……と、そういうゆくリスの21世紀的かつニッポン特有的で破格な構成を見たあとでは、行為者の楽曲たちが、いたって意外にまともなロックンロールの感じなんですよね! 起伏に対する、さきに述べたフラットさがある。
〈つまりこれは、メロコア(メロディック・ハードコア・パンク)に近いものなのか?〉という気もしてきたし。そのいっぽう、アレンジ面などで、意外に〈ネオアコ/英語では、“Jangle Pop”〉由来らしき点も多々ある。
どっちにしても20世紀的、かつきわめて正統的なもの。だがそれらを、彼独自のテイストでまとめた上で、破格のローファイさでやけくそ気味に提示しているところに、新しみ──新しい《意味》があると感じます。
【歌詞・モチーフ】
おなじみわれらが行為者の、「倦怠感/死ねばいいのに/ダメ人間/非常に非情」……といったウツい曲名らを見ただけで、おおむね分かってしまいそうなことですが。
行為者の楽曲らのテーマとかモチーフとかは、雑に要してしまえば、非モテ・ド陰キャ・“底辺ワープア”……めいた青年(ら)の、ボヤキと自嘲・自虐です。こんなにも身にしみて、心の奥底に響き、実によく分かる題材らはなァいっ!!(涙)
ではありつつも、それらを提示する形が、きわめて卓抜だということ。さんざんに述べてきた独自のローファイさと、楽曲ら自体の奇妙な明るみが、ふかしぎにあいまって。重くもあり、軽みもある。でなければ、そんな陰キャの嘆き節なんて、そう何度も聞きはしません。
で、そのいっぽう。ゆくリスのテーマとかモチーフとかは、これまた曲名らオンリー観察にても、超・明らかすぎ!
その曲名ら等に出没している映像作品ら、『新世紀エヴァンゲリオン』/『serial experiments lain』/『リリイ・シュシュのすべて』……。そしてそれらから起ちあがる、《セカイ系》やら《中二病》やらの重要キーワード……。まあそういったような、〈セカイ〉なのでしょう。そもそもアルバムのタイトルが、『“セカイ系”症候群末期患者へ』なのであり。
ちなみに曲名「さよならを教えて」とあるのは、セカイ系的なむかしのアダルトゲームの題名らしく、フランソワーズ・アルディさんや戸川純さんとは関係なさそう。間接的には、何かがありえましょうけれど。
ですがしかし、〈セカイ系患者〉でも中二病者でもなく、いわゆる〈オタク〉でさえもない私には、あまりそれはよく分からないセカイです。そりゃまあ『EVA』とか、むかしは視ましたけれど……。
そういえば、アルバムの第3曲「飛ぶ鳥」の歌詞に、〈さいごに笑うのは、いつだって私!〉とあるのは、「もってけ! セーラーふく」からの引用かもです。というか、よく聞くとこの楽曲全体に、もってけセーラーが意識されているふしがある。『らき☆すた』もまた、一種のセカイ系なのでしょうか。
👧 🤖 😭
……と、いうことで比較・検討は、ほぼ終わり、以下は結語です。
つまり行為者と行方不明者リストの、両バンド。そんなには、似てるところが多くないんですよね!
ただし。〈ともにローファイみが、超・強いけれど?〉…という問題意識から両者を比較・検討した結果、行為者をみょうに私が好きな理由の一端が、分かってきました。かなりきわまったローファイさという鬼面の下に、意外なすなおさや正統性があるからだ、と。攻めている部分と陣地構築との、バランスのよさ。
そういう〈俺得〉な気づきの記録です、この記事は。
そして、そういえば。
行為者ファースト『抑圧』について、2024年4月、こんなことをツイッターで述べていました。
大げさ言うようですが……。
私はこれの中に、ジャックスや裸のラリーズ、またいわゆる“東京ロッカーズ”……そのあたりから続く、J-ロックの地下の暗い流れの〈集-結〉を感じるんですよね。
という見方を、いま撤回するつもりはないです。そういう側面は客観的に、まあ、ぜんぜんなくもなさそう。あるいは私(たち)の中に、そういう暗ァい流れの〈集-結〉への期待が根強くあり、それに行為者が、ちょっとくらいは応じています。
ではあれ、こんど聞きなおしてみたら。
むしろ前述のように英語のロックの、メロコアやネオアコ……。そこらから継承していそうな要素らの多さを、新たに感じたのでした。
また、少し違うことを述べますと。
〈自己チューな男の、自分かってな自己憐憫〉という、ひどく呪われた一種のロック系ジャンルが、私の中にありまして。それを好きなんですが、思いあたる名前を言えば、ルー・リードさんとかトム・ウェイツさんとか、そうそうたるものがあるんですが。いや、もともとのルーツである《ブルース》からしてそんなもの、という視点もあるんですけれど。
そして、われらが行為者もまた、その系列の、みすぼらしい頽落しきった21世紀ニッポン版なのかも知れません。その一大特徴の、ゴミを窓から投げ出すようなボーカル・スタイルからしても。
それと、さいごにもうひとつだけ。
ゆくリスのアルバム『セカイ系患者』のラストは唯一のインスト曲で、「放送終了」という、私ら好みのタイトルです。
その“私ら”とは、《ヴェイパーウェイヴ》と呼ばれるチン妙なサウンドの愛好者どもです。それがまたローファイのヒドさの限界を追求するような側面を有するジャンルなので、まあそういう音楽に、私はもともと耐性があった感。
それで、そのラスト曲「放送終了」──またものすごい音の、たぶんマスロックで、とくにドラムスの音の壊れようがすさまじい──。それがアルバム中、私はもっともいいなァと感じました。
なぜでしょうね? じっさいその楽曲がいいことにプラス、いわゆる〈アニメ声〉の女声ボーカルを、あまり私が好きではないせいかも知れません。しかも、ゆくリスの場合、それをことさら、キンキンした響きにしているわけで。
かと言って、〈ぜひとも今後のゆくリスは、このインスト路線で!〉などというむちゃな要望は、口には出しません。たぶんそれは、あまりウケないでしょうから、いまのマーケットでは……。
[sum-up in ԑngłiꙅɦ]
行方不明者リスト (List of Missing Persons) vs. 行為者 (Doer) - 21th Century Ultra-Lo-Fi J-Rock SAGA
This article introduces two Japanese rock bands that have taken “lo-fi” to the extreme with their incredibly terrible sound. Both are “virtual” bands that operate primarily online.
One is “行為者 (Doer),” which has been active since 2022. The other is “行方不明者リスト (List of Missing Persons),” which emerged this year, 2026, and is rapidly gaining a following.
However, while these two bands are arguably the twin pillars of terrible sound, they also have contrasting aspects.
Even though both are terribly lo-fi, the poor sound quality of Doer is still somewhat “natural”—akin to organic degradation—and retains a certain warmth. On the other hand, the poor sound quality of List of Missing Persons feels unnatural, giving the impression of deliberate electronic manipulation.
Also, the songs themselves are “orthodox” in the style of Doer—roughly speaking, they’re close to melodic hardcore and jangle pop. That’s why I find them approachable.
On the other hand, List of Missing Persons is characterized by complex song structures that blend math rock and mixture rock. Or perhaps they’re closer to Japan’s uniquely over-produced Vocaloid tracks or anime songs influenced by them.
The thematic focus of the lyrics is also different. The songs by Doer, to put it roughly, express the self-mockery and self-deprecation of a “loser” type of young man. This is actually very easy for me to relate to (lol).
On the other hand, the thematic focus of List of Missing Persons songs is “Sekai-kei,” a term that also appears in the title of their debut album “セカイ系症候群末期患者へ / To Patients with End-Stage Sekai-kei Syndrome”. The motifs of the songs themselves are drawn from visual works like Evangelion, serial experiments lain, and so on. In other words, they’re quite otaku-oriented, so there are aspects that I find hard to relate to.
Aside from “lo-fi,” another characteristic that both bands share is the compact nature of their songs. There are almost no tracks longer than three minutes. This is a hallmark of 21st-century pop music.
And. As you can probably tell from all this, I’m a much bigger fan of Doer. However, I do greatly acknowledge a certain freshness in the sound and direction of List of Missing Persons as well!






















