ポ  サ  研

─ Post-Truth Sound Lab, Vaporwave / Désir Duplication Répétition ─

日向奈くらら/石川オレオ「私のクラスの生徒が一晩で24人死にました。」 - だからといって、どうしろと?

そのタイトルがあまりにもショッキングなホラー作品、「私のクラスの生徒が一晩で24人死にました。」。これの原作小説は2017年に出ているもので()、そのコミック版がいま、コミックウォーカーにて掲載中。もっか、その第4話の前半までを拝見したところ。

そしてタイトルから察せられるように、今作の叙述の視点は、青少年らではなくて、クラスの担任の先生にある。そこに自分は、ちょっと新しみを感じたのだった。

飯能市あたりの私立進学高の女性教師、《北原奈保子》。その担任する2年C組に深刻なイジメが起こっていることを知って、対処しようとはするが、しかし事態を改善できない。
やがて夏休みが訪れて終わり、そして、2学期の初日。イジメの首謀者3人と被害者の計4人が、なぜなのか失踪していることが明らかに。
そしてその夜、受け持ちの生徒らからのナゾめいたEメール(か何か)の相次いだことに、危機を感じた奈保子。そして彼女は、急行した彼女のクラスの教室で、恐るべき光景を目にする──。

つまり24人の生徒が、そこで死んでいた。それも、お互いに殺しあったか、さもなくば自殺した、かのような体で。
いやはやナゾだし、奇々怪々である。どういう理由でこんなことになったのか、黒魔術とかクトゥルーの邪神とかによることなのか。また、いっぽうで失踪中の生徒ら4人は、どこでどうしているのだろうか?

そういうツカミの興味深さを、まず大いに認めながら。しかし自分がいっそう引きこまれるのは、このお話が教師である奈保子の視点から語られている、そのあたりなんだ。

とは……。ただでさえ激務であるらしい進学高の教師、その上にイジメ問題の発生、さらに生徒らの失踪、そしてトドメに、この惨劇──。そのいちいちで奈保子は責められ詰められ、しまいには2ちゃん的な掲示板で〈無能教師〉と名指されたりで、まったくもって、やるせないにもホドがあるのだった。
誰がもっとも気の毒なのか? それがよく分からなくなってくるんだ。

もしも地獄先生のぬ〜べ〜だったなら、何でもかんでも事件なんか解決してしまうんだが。しかし奈保子には、そんなとくべつなチカラはない。
そして、怪奇と酸鼻さをきわめた事件のさ中にあって彼女は、むしろ自分の未来や将来を憂慮しているのかも知れない──が、誰にそれを責めうるのだろうか?

さらに。お話が進むと、やがて叙述の視点は、地元警察の刑事らへと移っていくんだが。その彼らにしたって奈保子と同じで、とくにサエたところが何もない。
よって、妖怪ハンターこと稗田礼二郎のように、怪奇な事件を鮮やかに解明していくことなどは、とうていデキない。ただ、気の重いめんどうな仕事として、彼らはそれにかかっているだけ。

自分にとっての今作の目新しさは、そういう平凡なオトナたちのつらみを、みょうにリアルに描いていることなんだよね。そのいっぽうの、事件の突飛さとの対照もくっきりと。

だいたい本来の《まんが》なんてものは、子どもや少年少女らの視点から描かれるもの。「地獄先生ぬ〜べ〜」の主人公はオトナだけど、しかし子どもたちから見てのヒーローとして描かれているワケで。
いっぽうこのお話「24人死にました」にしても、ほぼ同じお話を生徒の視点から描くことは可能だったかも、しかしそうはなっていない。それは原作が小説だからってのもあるんだろうが、ともあれ結果として、ヘンな新鮮味に帰結している。

いや、実のところ、ことの真相が黒魔術だろうが邪神だろうが、未知の奇病や寄生虫のせいだろうが、そんなのは、別にどれでもいいのでは? それはまあ邪神も怖いが、しかし現実社会で何らかの思わぬ責任を問われ、キャリアをロスし路頭に迷うとか、そっちのほうが、よほど怖いことかも?

ところで。このシリーズ作「24人死」について版元は、〈嫌ホラー〉というキャッチフレーズで、それを売り込もうとしているんだけど。
だがしかし、さわやかでハッピーなホラーなんて存在しないに等しいんだから、どういうことを指して〈嫌ホラー〉と言うのだろうか。ちょっとそれは、ハッキリ言われていない風。

ことによったら、悪魔や邪神より、現実の人間とその社会のほうが、よっぽど怖い──そんな興ざめでイヤな事実を突きつけてくるので〈嫌ホラー〉……。なんてことはないと思うが?