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梶原一騎/やまさき拓味「英雄失格」(1977) - 敗者たちにも、《何か》を与えたい

梶原一騎やまさき拓味による「英雄失格 ─アンチ・ヒーローたちの詩─」は、週刊少年サンデー掲載のスポーツ劇画。掲載時期は、1977年37号からの約1年間。単行本は全6巻。
しかしその単行本らが、ずいぶん長らく品切れ状態にあったもよう。それがいま現在ウェブで無料閲覧できるので、この機会にぜひ、とお伝えしたいんだ。こういうネットの無料なんて、いつまでも続くとは限らないしね。

(追記:そのように述べました通り、追っていつしか無料のリンク先が消えてしまっています。はかない……!)

さてこの「英雄失格」は、どういうお話かというと。

見かけはサエないが敏腕のスポーツ紙記者が、シリーズの案内役。この記者が、ヒーローになりきれなかった男たちの物語を追うオムニバス長編。
野球であれば長嶋や王、プロレスは馬場&猪木、といった絶対的ヒーローらのいた時代──、そのようにはなれなかった男たちの、哀しい宿命らが描かれていく。題材となる競技らは、ボクシング、プロレス、空手、野球、柔道、キックボクシング、等々。

で、ここで思うんだが。劇画界の永遠の太陽であり続ける梶原一騎先生の、キラ星のごとく輝き続ける名作群……! それらの中には、バッドエンドというのか、悲劇的な結末で終わっているものが実に多いんだ。読んでおられる方々は、よくご存じのように。
単に〈多い〉というより、かなりのほとんどがソレかも知れない。ネタバレは避けたいので、具体的タイトルは挙げないけれど。

いや考えてみたら、星飛雄馬にしても矢吹丈にしても伊達直人にしても、本格的なヒーローになることには失敗しているワケだ。そしてそういう梶原劇画の、苦さカラさの味わいを、地味にコンパクトに集約してしまっているのが、今作「英雄失格」なのだった。

……いやはや、こういうお話はウケないよね! いまの週刊少年ジャンプを頂点とするまんがの世界、主人公がけっして負けず勝ちまくって大ヒーローになるという、そんな楽しいストーリーばかりが歓迎されているのであり。
そういう道理で今作も、あまり賞賛されたりはせず。そして数十年間にもわたって、《幻の作品》かのようになっていたのだろうか。

でもオレが好きなんだよね、一騎先生の奏でるこうした哀切なブルースを。まあそれもけっきょくは、自分が負け犬っぽい生き物だからなのか。

梶原一騎/やまさき拓味「英雄失格」第5巻 - クレイジーマンガ
「英雄失格」第5巻 - クレイジーマンガ
ダルマくんは《鬼》になれるのか?

イヌっていえば、図示した第1巻のカバー画。これは第4巻から始まるエピソード、「鬼と仏」からの一コマ。青年が泣きながらイヌの首を絞めているんだけど、ショッキングだよね。これはまた、なぜこんなことになったかというと──。

チカラは強いが心のやさしい柔道選手、《ダルマ》くん。その彼に対して五輪チームの鬼コーチが命じる、〈金メダルを穫りたくば、人の心を棄て《鬼》になれ!〉。
だからまず稽古から、常に相手を殺す気で闘れッ。さらに鬼の非情さを身につけるため、ちょっとそのへんの野良イヌらを絞め殺してこい、と(!)。

という、いまの時代では、まんがに描くことも許されないような外道な命令に、ダルマくんは逆らえない。なぜって彼の家はきわめて貧しく、彼はぜひとも柔道で名を挙げ、身を立てなければならないのだった。

……そうして哀れな野良イヌを、ダルマくんはけっきょくどうしたか? また、オリンピック本番の試合はどのように運んだのか?
と、そういうことらは、本編をご覧になってのお楽しみとして。

人の心をそなえた敗者であるべきか、または冷酷非情な《英雄》であるべきなのか──? オレたちの梶原一騎先生の作品たちは、問いかけ続けている。