エッコ チェンバー 地下

─ €cco ₵hamber ฿asement, Vaporwave / Đésir đupłication répétition ─

いわゆる《岡村発言》 と、猿渡哲也の劇画「TOUGH―タフ―」のリアリズム

2020年4月下旬、有名コメディアンであるらしき岡村隆史氏による、世に広く問題視された発言。なるべく信頼できそうなソースによると、こうだったそう。

岡村隆史さんは、今月24日未明に放送されたニッポン放送のラジオ番組「オールナイトニッポン」で、「(…)コロナが終息したら絶対おもしろいことあるんです。短期間ですけれども、美人さんがお嬢やります。なぜかというと、短時間でお金を稼がないと苦しいですから」などと発言しました。

岡村隆史さん ホームページでラジオ番組の発言を謝罪」 - NHK

それに対してネットでは、次のようなリアクション、もしくは《お気持ちの表明》が相次いだ、とされる。

<貧困にあえぐ女性たちを買うために待っている金持ちの道楽…これはやばい>
<漫画の世界にこんな悪役いそうだけど、岡村は女性を何だと思ってるんだろう>
<たちの悪いポン引きじゃん…コロナのおかげでシロートの美女とやれるよって>
<いくらなんでもこの発言はひどい…芸人だから? でも人間としてどうなの?>

岡村隆史(…)コロナで貧困になった女性が風俗(…)楽しみ」 - Tablo(

んっ? これらのお気持ち表明が、それもまた、セックスワーカーに対する差別偏見の表明もしくは助長でないの、という気はするけど?
──ともあれそんなで岡村氏は、謝罪を余儀なくされたもよう。

だがしかし、「ぜんぜん悪いこと言ってねェからちくしょう!」、くらいに内心で考えていそう。そのことは、容易に想像がついちゃうよね。

なぜってひとつも違法なことを、実行してなく教唆もしていない。むしろ合法の産業に対し、カスタマーらの関心をつなぐ、という社会的に有益なことをしたのかも。
ではあるが、人気商売のタレント業だから、一般ピーポーの《お気持ち》には逆らえず、ポーズで頭を下げてみせたのみ。実のところは反省のしようがねェ、と。そんな想いが、謝罪の文面にも出てるっぽいよね。

とはいえ?

コロナ禍に限らず大不況が到来すれば、若い女性らが不本意、“風俗に沈む”。そんな社会はおかしい、醜い、それはオレも思う。
だがしかし、いったい《誰》がそんな醜い社会を作り、そして平気でそれを維持しているのか。
そしてそういう社会の醜さから目をそむけたいだけの一心で、その現実をばくろしただけの者を非難し、謝罪にまで追い込む。沈黙は金、見ぬもの清し。それで問題の“すべて”がスッキリと、ハッピーハッピーに解決してしまうのだろうか。イエイッ

かつまた。
オレもすなおな《お気持ちの表明》をさせていただけば、〈…あなたはクソだ〉と、思わないことはない。しかし、このテのクソ野郎どもが堂々と社会にまかり通っている、そんな事実を世に周知せしめたことにぜんぜん意義がない、とも思われない。

ここでわれらの巨匠・猿渡哲也先生による名作格闘アクション劇画、「TOUGH―タフ―」(2003-12)を参照。そのシリーズの中盤すぎに、《ヤクザ空手家・富岡伴内》という人物が登場する。そして、その人の背負った《哀しい過去》なんだが──。

根性の腐ったヤクザの組長が、伴内の妹に目をつけて、ムリヤリ自分の愛人にした。ヒラ組員の伴内に、それを阻むすべはなかった。
しかも悲劇はそこで終わらず、〈その妹は… 薬物中毒にさせられ 人間をやめさせられ 終わった…〉。その生活の苦痛に耐えられず、彼女は自殺してしまった。

そして妹の遺骨を抱え悲しみにくれる伴内に向かい、ニヤつきながら組長はこう言った。

伴内よ お前の妹には ぎょうさん 金(ゼニ)を使うたん やで
ええ服(べべ) 買うて 美味いもん くわして なぁ
まぁ しまりのえぇ アソコ しとったから カネ返せとは 言わんけどな
ブヘヘヘヘ

猿渡哲也「TOUGH―タフ―」28 “302nd Match 伴内の過去”

──ということばを聞いた伴内が、次に何をどうしたのか? それはぜひ、本編のほうでご覧になられたいわけだが。

さて。いくらなんでも、この外道組長レベルのゲス野郎などは、この世には実在しない? いたとしてもレアすぎて、自分らの人生にはぜったいに関わってこない? のだろうか?
まあ、そういうふうに思うのも、人それぞれの心の自由ではある。じっさいここまでのシロモノが、どこにいるのかを自分は、はっきり知ってもいないしね。

ただオレら、猿渡劇画の愛読者たちは。われらが《猿先生》の人間観の、ときにきびしくときに温かな、その両方における鋭さ。そういうものを、好きとか以前に、ただ目が離せないんだ。そこに透徹したリアリズム、極限的フィクションから突き出るムキ出しの真実が、存在しているからだ。
……あ、いや、しかし猿先生が、常に“それだけ”を描いているとも思わないがなあっ。

で、そしてそのいっぽうのドリーミィでファンタジーな《お気持ち》の世界に生きる人々は、現実社会の醜さを見ないため、逆に必死。ムダな事実を言うヤツにかみつき、そしてもちろん《猿漫画》も見ない。まあ、まんがのことなどは別にいいとしても、だが少し何か、ね。